第20話 上手なスキルの使い方

 何度目かの初心者向き探索地点の遺跡に向かう。

 もちろん他のフィールドや探索地点に行っても良いのだが、初心者用の遺跡ぐらいは踏破しておきたいのである。

 初めてのパーティによる連携、時々出る――ただし中身は相変わらず――な宝箱、上手く倒せるモンスター。達成感と前進感、そして何よりも共同作業が楽しくてたまらなかった。

 そろそろ遺跡の奥近くに到達しており、この辺りになると少し他の冒険者の姿も減ってくる。

「奥の辺りは人が少ないからさ、やっぱり稼ぎが良くなるよね」

「だが、油断はしないでいこう」

「そうだよね。慣れた頃が、一番危険だって言うもんね」

 アヴェラが前に立って警戒し、後ろのノエルが後方を警戒する。

 通路は左右並んで歩ける広さだが、同時に剣を振り回し戦うにはギリギリの幅だ。特にノエルは訓練用の重い剣を使うため、最大の効果を発揮するには思いっきり振り回さねばならない。だから自然と前後に並ぶスタイルとなっている。

「油断する気はないが、この感じなら問題ないかな。そりゃ、よっぽどの数が来るとマズいかもしれないけどな。もしかすると、これならオインクでも充分に行けるかもしれない」

「オインクって、ここのボスだよね。卒業検定の時に襲われたって言ってたけどさ。ねえ、それってどんな感じの敵だったの?」

「見た目は肥満気味の大柄で顔は豚。吼えて体当たりしてくるけど、威力は……ケイレブ教官の打ち込みの半分ぐらいだな」

「うわー、あのケイレブ教官の半分ぐらいなんだね。それってさ、けっこう凄いね。注意しなきゃだよね、うん」

「まあ、まだ挑むのは早いけどな。では、行こうか」

 そしてアヴェラとノエルは遺跡の中を進みだす。

 ヤトノは白蛇状態でアヴェラの襟からひょっこり顔を出し寛いでいる。時折あくびなどしているのは、ここ数日の戦闘をみて、とりあえず自分が出張る必要はないと安心しているからだ。


 順調に進んでいく。

 幾つかの交差や二股があるものの、さして複雑でないため覚えている通りに歩いて行く。

 そして、前方にグアイオラーレ三体を確認した。ほぼ同時に向こうにも補足され、一斉に駆け寄ってくる。辺りに獣の荒い唸り声と足爪が石を叩く音が細かく鳴り響く。

「スピードダウン」

 効果範囲に入ったところで、アヴェラは先頭の一体にデバフスキルを放った。

 そのグアイオラーレはいきなり足をもつれさせ転倒。後ろの一体はすかさずジャンプして回避したものの、残る一体は避けきれず巻き込まれた。

「いまっ!」

 既にノエルが飛びだし、ジャンプから着地した瞬間のグアイオラーレに避けようのない一撃を放つ。命中と同時に短い悲鳴があがり、そのモンスターは動かなくなる。もちろんアヴェラも動き、倒れた二体に呪いの剣を突き込んで戦闘を終了させていた。

 さっと飛びだすヤトノが少女の姿に変わる。

「素材は回収いたしますわ」

 ペタペタ素足で走り、残された素材に駆け寄っていく。一つずつ屈んでは集め革袋に入れていくのだが、その仕草に合わせ背中では長い髪が滑らかに揺れている。

「良いです。お二人とも、ばっちりですね」

 ヤトノは上機嫌に小さく手を打ち合わせた。

 それは女の子が喜んだときによくやる仕草だが、実はノエルがやるのを見て最近覚えたものだ。厄神の一部とは思えないほど――否、厄神の一部だからこそ人間の真似事を面白がってやっているらしい。

 ヤトノは素材の入った革袋を両手で包み込むようにして持った。

「ふむ、この調子でしたら直ぐ一杯になりそうですね」

「ここは競争相手も少ないからな」

「御兄様も戦い慣れまして重畳ですわ。あのグアイオラーレを転ばせたところ、凄いです最高です!」

「上手くいって良かったよ」

 以前はひと戦闘毎にスキルをフルに使用していたのだが、慣れてきた今は相手のモンスターや、その数によって調整している。とはいえ、ここに来るまで何度かの戦闘をこなしているため、そろそろ使用回数が心許ない頃合いではあった。

「さっきのって狙ってやったんだ」

「ん?」

「スピードダウンを使った後でグアイオラーレが転んでたの。あれってさ、狙ってやってたんだね」

「そりゃ走ってる途中で、足が思ったように動かなくなると転ぶだろ」

「うーん、そうなんだ……」

 アヴェラは不思議そうに言うが、しかしノエルの方はもっと不思議そうだ。なぜなら、そうしたバフやデバフの効果が身体全体に及ぶという事は、誰も疑いすらしない常識なのだから。

 些細な部分とはいえ、やはりアヴェラは別の常識、別の認識を持っているのだった。


 そうこうしながら順調に遺跡の奥を進み、少し大きめの区画に入った。三叉路の交差部が大きく膨らみ広くなった空間と言うべきだろう。

「御兄様、何か来ます。足音多数ですよ」

「まさか、また女の子が走って来るとかないだろな」

「そんな痴女は、そういませんよ」

 両者は囁きあうが、アヴェラは結構本気の困りであるし、ヤトノは結構本気の笑いだ。もちろん両者が誰をどんなシチュエーションで想像しているかは明らかで、ノエルは顔を赤らめた。

「もしかしてだけどさ、それ私に言ってます? もーっ! だから勘違いなんですから、ちゃんと私に対する認識を改めて下さいよ!」

 ノエルは両手を下に振り、前のめりになってまで一生懸命主張する。ニヤニヤ笑うヤトノは相手にせず、白蛇状態になるとアヴェラに取り付いて引っ込んでしまう。一応は人が来ると言う事で隠れたつもりらしい。

「ほんとにもうっ、私の評判がいろいろ酷いような気がするんですけど」

「ヤトノがすまない。さあ、そろそろ来るぞ」

 アヴェラが警戒態勢になって前方に意識を集中すれば、それでノエルも渋々ながら警戒に移る。この遺跡の中は不思議と明るいが、遠くまで見通せるものでもない。確認できるのは音だけで、それは少しずつ確実に近づいて来ていた。

 しかし足音の様相が少し違う。

「これは……モンスターに追われている!? どうも数が多いな。これは今の内に逃げた方がいいか?」

「アヴェラ君。そういうのってダメなんだからさ。追われてるなら、同じ冒険者同時で協力しなきゃだよ。うん、助けてあげよう」

「そうか……」

 これがパーティを組む事だとアヴェラは認識した。

 自分だけであれば、面倒を避けるため確実に逃げたところだ。しかしパーティであれば、仲間の考えや思想に合わせる必要がある。時には自分の意に沿わない展開があって当然だった。

 アヴェラは静かに頷いた。

 我が儘な子供ではないのだから、自分の意見を押し通す気はない。

「もう少し横に行こう。ここらだとぶつかる」

 真ん中に立っていては、走ってくるであろう相手と衝突する可能性がある。しかもモンスターに追われ逃げて来た先に立っていれば、相手が驚いて立ち止まってしまう可能性もある。

「御兄様、よろしいですか。冒険者のルールでは、他人の戦闘には頼まれるまで手を出してはなりませんよ。ですが緊急時はこれに当たらずとなっておりますので、その辺りを上手く見極めて下さいね」

「分かった……来た!」

 飛び込むように現れた相手は女性二人であった。

 どちらも必死の形相で、しかし見覚えがある。それは以前にノエルと行動を共にし、ノエルをクィークの中に突き飛ばし見捨てた相手だ。

 思わず構えた剣先が下がってしまう。

「あれを助けるのか?」

「もちろんだよ。困ってるなら助けてあげないとだよ、うん。そうしなきゃダメなんだからさ」

「自分に言い聞かせてるな。って……こっちに来るが何のつもりだ?」

 あろう事か、二人は進路を急に変えアヴェラたちへ向け突進してきた。その勢いのまま躊躇わず肩から突っ込んでくる。明らかに狙った行動だが、その思わぬ行動を何とか回避したアヴェラとノエルはバランスを崩してしまう。

 続いてクィークの集団が飛び込んできた。

 その数は十以上で、キィキィと声をあげ武器を振り回している。

 もちろん二人組の女は既に逃げ去っており、クィークの標的は残されたアヴェラたちへとシフトし一斉に向かって来た。きっと先の二人組よりノエルの方が上質の獲物と判断したに違いない。

 何にせよ――ピンチだ。

「この数はマズい!」

「流石にこれって、酷いんだよ。ごめんね、私のせいで!」

「そんな事を言ってる場合か! 走ろう!」

 とても戦うどころではない。

 アヴェラはすぐさまノエルの手を取って走りだした。咄嗟のことで手近な通路へ飛び込むのだが、そこはまだ進んだ事のない箇所であった。

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