第19話 初宝箱初解錠初罠初……
「アタックアップ、スピードアップ」
ノエルはスキルを使用すると同時に飛びだした。
前方にいたクィークは、突然加速する相手に目を瞬かせ、次いで迫る剣の勢いに極限まで目を見開いた。もちろん避けようなどなく、板のような分厚い剣を脳天に叩き込まれモンスターの生を終わらせた。
勢いの付きすぎた剣を止められず、その先が石床を打ち火花と砕けた石片が飛び散る。しかしノエルは続けて振り回し、次のクィークに剣を叩き込む。肉を抉り腰骨を半ば砕き弾き飛ばした。
そこまでは順調だがしかし。
踏み込んだノエルは小石を踏んで足を滑らせてしまう。持ち前の不運による影響だ。その蹌踉めいた隙に残ったクィークが錆びたナイフを振りかざし攻撃に転じた。
「スピードダウン、アーマーダウン」
しかしアヴェラがスキルを放ち攻撃に移る。
優美なヤスツナソードを構え飛び出すと、ちょんちょんと軽く振るう。あまりにも無造作な動きだが、鋭い刃はクィークの体を深く斬り裂き致命傷を与えている。
その間に崩れた体勢を整えたノエルは力強く踏み込み、最後の一体を剣でぶん殴り戦闘を終わらせた。
パチパチと小さく手を叩きヤトノは白い衣の裾を翻した。
「お二人とも、お疲れ様です。この辺りのフィールドなら余裕な感じですね」
「まさか初日で深くまで来られるとは思わなかった」
「ぴったり息が合っておられますから、これでしたらさくさく進めますね」
「ああ、それとヤトノが素材を拾ってくれるからな。それも助かっているぞ」
「御兄様、わたくしを褒めてどうするのですか。こんな時は最初に褒める相手がいますでしょ」
ちょいちょいと突かれ合図された。
その先には剣を収め、荒い息を整えるため胸に手を当て――ただし手を胸に乗せているようにしか見えない――深呼吸するノエルの姿がある。今の戦闘の動きで疲れたというよりは、ステータス上昇効果が切れた反動が来ているのかもしれない。スキルを熟練すればそうした反動も減るそうだが、しかしノエルはスキルを覚えたばかりなのだ。
頷き、近寄り、水袋を差し出す。
「お疲れ」
「あっ、お水ありがと。今の戦闘ってさ、良い感じだったよね。これならもっともっと進めちゃうとか?」
「どうかな。スキルの使用回数からすると、そろそろ戻った方がいいと思う」
「そっか、そうだよね。戻る途中での戦闘を考えるとさ、確かにそうだね」
スキルも無限に使えるわけでもなく、回数制限がある。ただし、なんとなく感覚で把握しているだけなので、実際に使おうとすると誤差がある。ぴったり正確に分かるまで慣れるには、まだまだ時間がかかりそうだった。
散らばったクィークの残骸は溶けるように消えていき、素材が遺跡に転がり残される。これは他のフィールドの森や山でも同じ状況だ。
素材回収係を引き受けたヤトノが石床をペタペタ歩いては拾っていく。些細な作業に思えるが、いちいちしゃがんで拾い集めるのは意外に疲れるものだ。先程アヴェラが言ったように助かる事だった。
「お二人とも、これを見て下さい」
そんなヤトノが軽く興奮した声をあげた。
振り向くと、いつの間にか木箱が転がっているではないか。まるでずっと、そこにあったかのように鎮座しているが、間違いなく先程までは存在しなかった。もしあったなら戦闘中に蹴躓いていたに違いないのだから。
「宝箱だな」
「宝箱だよね」
両手で抱えて持ち運べる程度の大きさで、板は長い年月を日に晒され白んだような風合い。やや錆の出た細板と鋲で補強がされ、もちろん大き目な鍵穴がこれ見よがしにある。いかにも宝箱だと主張するような箱だった。
「モンスターを倒すと出るとは聞いていたが、実物を見るのはこれが初めてだ」
「一応なんだけど、私ってスカウトスキルⅠを受講してるんだよね。だからさ、簡単な鍵開けが出来るのだけど……」
「だけど?」
「これが初宝箱なので、はっきり言って自信がないです! あははっ」
ノエルは頭に手をやり宣言した。
「えーと、そうです。こんなのどうかな、このまま外に持って出るの。初宝箱を記念に持って帰るっていうのもさ、案外と乙なものと思うんだよね、うん」
「少し動かすと消えるとか誰かが言ってたな」
「そういえば、そうだったかも。うん、講義で言われた覚えがあるね。こうなるとさ、やっぱり私が開けるしかないって事だね」
「鍵開け技能がないから頼むよ」
「はい、任されました。さあっ! ここは気合いを入れ、鍵開けに挑戦してみたいと思います。よーし、頑張っちゃおうかな。でも緊張するね」
ノエルも軽く興奮した様子で口数が多くなっている。
この初心者が挑むような探索地点の宝箱であればスカウトスキルⅠで充分に対応できる。後は本人の運次第で……おそらくは、それが一番の不安要素だろう。
宝箱の前でノエルは両手を合わせ、気合いを入れるポーズを取ると膝を突いた。後ろに付いたアヴェラとヤトノはワクワクしながら見守る。
「何が入っているのでしょう、わたくし期待します」
「そうだな。今一番欲しいのは、お金だな。でも、あっても額は少ないだろうがな」
「宝箱……なんだかワクワクします」
「そうだな」
ヒソヒソ喋っていると、ノエルが振り向いた。口をへの字にして目付きが険しい。
「あのさ後ろで喋るのってさ、やめて貰えますか。集中できないからさ」
慌てて首を竦めた見物者を軽く睨み、ノエルは視線を木箱に戻した。そして、手を伸ばし木の板に触れると目を閉じ集中する。そして――。
「よっと……うん、開いてませんね」
触れただけで何もしておらず、ましてエフェクトもなければ効果音もない。
「ピッキングツールで鍵穴を弄って何かしたりとかしないのか?」
「うん? スキルなんだから、そんなのしないよ」
「……そうか」
「何だかさ、そこはかとなく残念そう。でも、頑張って開けますか」
それからノエルは再びスキルを使った。やはり運の悪さが如実に表れて、何度も失敗していく。だんだんと額に汗が浮くのは、疲労しているからと言うよりは、ばつの悪さからくるものに違いない。
やがて小さく解錠の音がカチャッと鳴っただけだ。
「や、やっと開いた。開いて良かった……」
「パカッと開いて光りが出るとかないのか? なんか凄く地味なもんだな」
「うっ、地味だったかな。私としてはさ凄いと思うんだけどな……」
ノエルは宝箱の蓋に手をやったまま、がっくり項垂れた。初宝箱初解錠で張り切って、それを成功させたところに地味と言われ、どんよりしている。
すかさずヤトノが身を乗り出し慰める。賢妹良妹はフォローも万全なのだ。
「そんな事ありませんよ。ノエルさんのスキルがなければ開けられなかったのですし、凄いですよ」
「えっと、そう……かな?」
「よく頑張りました。ほら、良い子良い子」
「もう、なんだか気恥ずかしいや」
ヤトノに頭を撫でられるノエルは照れている。
気まずいアヴェラは軽く咳払いをして宝箱に手を伸ばした。
「あー、それなら中でも確認するか。開けていいか?」
「くすぐったい……あっはい、どうぞ」
「それじゃあ開けさせて貰おうか。しかしスキルってのは便利だな、一発で鍵も罠も外すとはな」
「いえいえそんな、大した事ないからさ。それに私は鍵を開けただけだから」
「えっ?」
アヴェラは蓋を開け、中から噴き出した白い粉末を浴びた。
顔や髪を真っ白に染め盛んに何度も咳き込むアヴェラの姿に、ヤトノは両手を頬にあて絶叫した。
「御兄様ーーーっ!」
「騒がなくていい、これはただの小麦粉だ」
「むっ……これは確かに小麦粉の味……ですが気を付けてください、御兄様。もしこれが、毒だったらどうするのですか? 御兄様の無茶ぶりは相当なアレで危険が危ないレベルに達している点は、むしろ感心さえしてしまいます。いいえ、今更言っても詮無きこと。今は御兄様のご無事を喜びましょう。あっ、でも小麦粉の汚れは濡れると落ちにくいので大変です」
ヤトノは大騒ぎしながらアヴェラに纏わり付き、パタパタと白い粉を払っていく。それで自分が汚れようと関係なしだ。なかなか甲斐甲斐しいのだが、アヴェラはそれを迷惑そうにして宝箱の中を確認した。
「なんだこれは……鍋ばっかり!? しかも全部穴が開いてるぞ」
「あっ、本当だよね。でもさ、この鍋に使われてる素材が何か凄いものという可能性が微少に存在するかも」
「これはどれも鉄みたいだな」
「つまり……外れアイテムって事? やっぱり私のせい? ううっ、不運だ」
「まあ仕方ない。とりあえず折角出たんだ、持って帰ろう」
「そうだよね、売れるとよいね」
結論から言うと売れた。
ただし、凄く安かった。鉄鍋は重くてかさばり運びにくく、それを苦労して持ち帰った労力に見合う額とは到底思えない。
なんにせよ回収したモンスター素材を売ってクエスト報酬を加味すれば、折半してもソロで行くよりは多少儲かっていた。何より仲間がいるという事の頼もしさと楽しさもあって、二人はパーティ結成の初リザルトに満足するのであった。
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