第18話 冒険者が冒険者になる事情
「今日は何かと酷い目に遭ったな」
都市の建物群を仰ぎ見ながらアヴェラは唸った。
足元はレンガを敷き詰めた道で、横には小さな池がある。亜人系らしいネコ耳少女がじっと魚を眺めて舌なめずりしているが、それに手を出せば市長権限で退学と噂されるため見ているだけだ。
「ごめん。アヴェラ君にはさ、とんだ迷惑だったよね」
「悪いのは、あの見張りの女だから。ノエルが気にする必要はないさ」
「それでもさ、やっぱり謝るべきだと思うからさ」
「なるほど、それならそれでもいいけど」
両脇には丈の高い木が並び、程よい木陰を提供してくれている。
この付近の区画は上級冒険者に与えられた部屋が多いため、歩く者は疎らだ。研究職らしい白衣エルフや、如何にも歴戦といった年配冒険者、怪しげなローブ姿といった者を見かける程度である。
のんびり歩くアヴェラは、ちらりとノエルを見やる。
木漏れ日を受ける彼女は明るく快活で、気取った様子は少しもない。ケイレブ教官の奥さんのお古らしいが白系綿のシャツ、それに茶の柔革のチュニックとパンツに膝近くまである腰巻き。旅装に近い服であるのは、冒険者として活動する事に配慮してくれたからに違いない。
アヴェラより少しだけ背の低い彼女は女の子らしいスタイル。
不運の神の加護を受け、これまでいろいろ大変な目に遭っている事は間違いないのだが、さっぱりした性格は少しもそれを感じさせない。明るく快活な雰囲気は見ただけで分かる。
こんな少女が隣を歩いてくれる事が今でも少し不思議だ。
「うん? 私がどうかしました?」
視線に気付いたノエルは不思議そうに小首を傾げ見上げてきた。軽く微笑んでさえいて、そこに嫌そうな気配は少しも無い。
アヴェラは照れながら、しかし流石に見つめていただけとも言えず慌てて言い繕う。
「いや、初心者の遺跡程度なら普通の服でも大丈夫と聞いたなと思って」
「それ私も聞きました。だからさ、元からあんまり防具は気にしてなくて。うん、防具はボチボチ揃えていこうかなと考えてたよ。それで新しい武器でもと考えてたんだけど……これはもう、都市の支援金で買うしかないかな」
「支援金と言っても借金と変わりないだろ。それから予備の剣があると言ったが、それは訓練用の剣だ。それで良ければ使ってくれ」
「うんっ、ここはさ遠慮しても始まらないとこだよね。と言いますか、実はちょっとその言葉を期待してましたー。えへへっ、ではでは甘えさせて貰いますので」
冒険者は武器がなければ始まらない。
魔法メインの魔術師や神術師であろうと、それは同じだ。格闘スキルを身につけたグラップラーでもないかぎり、杖や槍や棍棒など種類は異なれど何らかの武器を装備し戦いに備えねばならない。
ここでノエルが遠慮したとして、無理矢理渡す気でいた。
「訓練用の剣は譲るよ。殆ど新品だからな」
「え? それはつまり、同じ剣を新しく買い直したという事です?」
「いやそうじゃない。ほらケイレブ教官との戦闘を覚えてるかな。あの時に前に使ってた剣は破壊されたんだ」
建物と木々の間を抜けると、都市の中で大きめの通りとなる。
近くには食堂があるため食欲を誘う匂いが漂い、もちろん人通りは増えている。個人バザーもチラホラみられ、余った素材やクエスト達成用品などが売られてもいた。
もう少し先に行くと、クエスト受注所があって一番賑やかな場所になる。
「うん、覚えている。あのとき確かにさ、アヴェラ君の剣はバッチリ砕かれてたよね。凄い一撃だった……それでも今の剣とは別に訓練用の剣がある。はて、これ如何に?」
「ヤトノがケイレブ教官を脅して新品を貰った」
「うわーっ、そんな事したんだ。でもさ、何だかやりそうだね。うん……」
「それを少し使ったけど、思い直して結局直ぐに新しい剣を探す事にしたんだ。で、これを手に入れたんで使わなくなった」
アヴェラは剣帯に吊された剣を叩く。そして、ちょっとだけ自慢したくなる。
「ちなみにタダ」
「タダ!? それを? どうやってです? 今後の参考に、教えて!」
ノエルは両手を挙げ驚いたかと思うと、即座に拝むように手を合わせた。
その感情表現豊かな態度は面白く、しかもそれをするのが女の子なのだから悪い気はしない。だから青空市場での一件と、そしてコンラッド商会であった事を説明する事にした。
アヴェラは一生懸命に話した。
しかし前世では部下に配属された女の子と仕事の指示さえ上手く話せなかった。ボソボソ話して目さえ合わせられなかった覚えがある。それを陰で笑われてバカにされていた事も、やっぱり覚えている。
だから、自分が上手く話せているだろうかと心配になるのだが、しかしノエルは何度も頷いて興味津々の様子だ。なんと言うべきか、これは凄く嬉しい。
やはり異性との会話は心が沸き立つ。ヤトノとの会話もそうであるし、幼なじみのニーソともそうである。しかし、養成所に入ってからは加護の影響もあって他人との付き合いを控えてきた。だからこうして連れだってゆっくり歩くなど久しぶりで――そこで気付いた。
言っておかねばならない事がある。
「そうだ、トラブルがあるから気を付けて欲しい」
「トラブル? それってどんなです?」
「ほら厄神の加護持ちだろ。それで時々な……アサシンとかに狙われるんだ」
「……え? いや、それって冗談だよね」
ノエルは声を抑えながら驚く。
剣と魔法の世界には当然ながらアサシンも存在する。
しかし、それが身近な存在であるかどうかは、また別だ。泣き止まない子供にアサシンが来るよと脅したり、権力者が突然死すれば酒場で存在が噂される程度の関わりあいである。つまり、裏の世界に存在はするものの、普通に暮らしている限りは遭遇するものではないのだ。
「今は頻度が落ちたけど、前は週一で襲われた時もあったな」
「私の加護も大概と思ってたけどさ、うん。アヴェラ君も苦労だよね」
「冒険者になったのは、いろいろ楽しみたかったからなんだが。でも、強くなる必要があったからでもある。そうでないと殺される危険があるからな」
「そ、そうなんだ」
「実を言えばフィールドに出たり探索するのも危険は危険なんだ。下手すると襲われるかもしれない」
「でも入口とか見張られてるからさ。さすがにアサシンだなんて……」
「卒業検定でなぜかオインクが襲って来た」
「うわぁ……」
遺跡のボスは、入り口付近には出現しない存在である。
そうなると何者かが故意に誘導、もしくは捕獲し放った事は間違いない。つまり探索都市にはアヴェラを快く思わず、始末したい思っている存在がいるという事だ。
これから先も同じような危険性は常にある。
パーティを組めば、ノエルもまたアヴェラと一緒に危険な目に遭う可能性は充分にあり得るのだ。
「だからパーティを組むのも、実は結構危ない。もし――」
「ちょっとさ、それ待とっか」
ノエルは一歩前に出ると、アヴェラの前で両手を広げ立ちふさがるようにした。
「なるほどさ、これはアレだよね。話の流れ的にさ、恐いなら仲間になるのを止めろって言うアレだよね。でも大丈夫だよ、私の人生だっていろいろ大変だったから。今更ちょっとやそっとの事で、怯んだりしないんだからさ。ドーンと来いってとこだよ」
不敵に笑ってみせるノエルが、なんとも頼もしい。
「それにさ、私は言ったよね。末永くよろしくお願いしますって、それに二言はないんだよ。だからさ、そんな事は言わないで。一緒に頑張ろうよ」
ノエルは両手を腰に当て胸を張り、明るく朗らかにそして高らかに宣言してみせた。その姿はとても眩しく、気遣ってくれる心が嬉しくありがたい。ありがたいがしかし――。
「何と言うか、その……早く行こう」
「どうしたのさ?」
「んっ、つまりこんな場所で勘違いされそうな事を言われると、つまり……困る」
「はい?」
言われてノエルは辺りを見回した。
そこはクエスト受注所付近の広場で、冒険者が仲間と待合したり荷物の確認をしたりする場所になる。もちろん個人バザーもあちこちにあり、その間で捜し物をする者も多くいる。
時間帯的には夕方と、各地のフィールド帰還してきた者たちの波が一段落した頃合いだ。それでも、まだ大勢の冒険者がいる。
そんな中での、末永く宜しく宣言――あちこちから舌打ちが聞こえ、石床を殴る姿だってある。年嵩女性の集団はクィークを睨むような殺意に満ちた目を向けてさえいる。
「えっと、あのさ……あははっ、どうしましょう」
「明日からの探索は、これまで以上に気を引き締めておこう」
「すいません、私は女子寮暮らしなんですけど。そこではどうすれば?」
「知らん」
「そんな事を言わないでってばさ、これどうしたらいいのさ」
「武器は早めに渡しておくよ」
「心配してるそばから、襲われる前提で言ってる!?」
そんなワイワイ騒ぐ様子というもを端から見れば、じゃれ合っているようにしか見えず――実際、じゃれ合っているのだが――周囲の視線はキツくなるばかりであった。
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