第17話 先輩冒険者の金言痛み入る
「そう怒らんでやってくれ」
教官に与えられた部屋――教室と呼ばれる部屋で、ケイレブは自分の部屋で苦笑しながら言った。
口元を引き締め威厳を見せてはいるが、それは今にも緩みそうなもので、明らかに笑いを噛み殺しているとわかった。勘違いによって婦女暴行犯として拘束された相手に対する態度としては、凄く不適当なものだ。
「そうは言いますけどね、ちょっと酷いと思いませんか」
アヴェラは下唇を噛みつつ不満を表明する。すっかり疲れ切った顔だが、つい先程まで拘留所に押し込められていたので無理もない。
あの上級生の女戦士は無実を訴える声――しかもそれにはノエルの声も混じっている――にもかかわらず、少しの耳を貸さず辺りの応援を呼び可哀想で気の毒な少女を保護。そして使命感と正義感に燃えるがまま、卑劣なる男を拘束し金切り声で罵倒し悪態雑言を投げかけ続けたというわけだ。
結局アヴェラは、担当教官のケイレブが呼ばれるまで拘留所で拘束されながら過ごす羽目になったのである。
「酷いとは思うが、女性冒険者というものはいろいろ大変なんだ。実際問題、襲われたあげく暴力で言いなりになるよう脅される事件はある。今回の件も、そのように誤解されても仕方あるまい?」
「それは分かりますけどね」
「ひと言で言えば運が悪かった。ただそれだけだ」
もっともらしく言うケイレブであるが、その口元がにやけだしているため説得力はない。
クィークに襲われかけた女の子を助けたら自分が犯人と勘違いされたなど、確かに酒場の笑い話にぴったりだ。きっとアヴェラも話を聞けば軽く笑っただろう、それが自分の身に起きた事でなければだが。
「これも良い勉強になったと思って――」
ケイレブのにやけ顔は次の瞬間、背筋に氷を入れられたように引きつった。
教室の隅に佇むヤトノが放つ殺気を直接浴びたせいだ。
黒髪の少女は表情さえ抜け落ち、白いリボンの飾りや白服の上に白衣装を重ねた姿は人形のようにさえ見える。纏う気配は完全に人ではないのだが、辛うじて理性は残っているらしく暴走はしていない。
何にせよ、アヴェラが拘束される間ずっと耐えていた事もあって凄く凄く機嫌が悪い。ギロリと眼球だけを動かし緋色の瞳でケイレブを睨み付けている。
「おっと、睨んでも無駄だな。小遣いを駆使し、知り合いの賢者から手に入れた呪い除けの護符がある。賢い冒険者ってものは、こうやって危機から身を守るものさ、勉強になったかな」
ケイレブはいそいそと護符を取り出した。
それは判読不能な文字が描かれた紙片で、魔術に疎い者であってもそこに何らかの護りの力が存在すると分かる代物だった。しかし――ヤトノが目を細め一瞥すれば、瞬時に燃え上がり消滅した。
「……で?」
「まて、話し合おう」
「…………」
「確かに早とちりはあったが、誤解されても仕方がない理由もある」
遺跡や郊外にある探索地点という場所はある意味で密室。
そこは広く複雑に入り組みモンスターが出現する。しかしそこを探索する冒険者は多数いる。それぞれが生活の糧を得るため活動しており、金が絡めば争いが起きて当然なのだ。
しかし、それとは別に生死をかけた戦いの後で気が昂ぶり滾ってしまう者は少なからず存在するのもまた事実。都市はその対策として、公設娼館を設置しているぐぐらいだ。とはいえ、そこまで我慢できない者や金のない者は一定数存在する。
そのためソロ活動の女性冒険者が襲われる危険性は常に存在していた。
「アヴェラを拘束した冒険者女史も、過去に未遂とはいえ被害を受けたらしい。それでつい過剰反応したそうでな、今は反省していると言っていた」
「そう言えば許して貰えると?」
「許すしかないじゃないか。ただし一応は処置はしておいた、教官権限であの冒険者女史は職務不適格としておいた。もう同じ仕事にはつけないはずだ。それで勘弁してくれないか」
しかしヤトノはその程度では不満らしく、その目線は鋭くなるばかりだ。部屋の中は日射しがあるにも関わらず、どこか薄ら寒く背筋が冷え込むような雰囲気に陥っていく。
緋色の瞳をした目が獲物を狙うように細められ、視線を逸らさぬまま動けば素足でペタペタ歩く足音が妙に響く。
だがしかし、そんなヤトノをアヴェラが制して止めた。
「まあ仕方ないさ。ヤトノ、それ以上言っても仕方ない。むしろ、直ぐに拘留所まで来てくれた教官に感謝すべきだ。教官が来てくれなかったら、父さんか母さんが呼ばれたはずだぞ。もしそうなったら、どうなっていたと思う?」
「うっ……」
ヤトノは想像したに違いない、知らせを聞いた二人がどんな反応をするのかを。
息子が卑劣な犯罪者にされかけたと知れば、それこそ担当部局に乗り込みかねない。多分やる、間違いなくやる。しかも、あれでなかなか人望が有るのだから警備隊の面々まで巻き込み公私混同で徹底的に報復をするだろう。
間違いなく大騒動だ。
「はあ……仕方ありませんね。いいでしょう、ここ引き下がりましょう」
厄神の怒りを免れ、ケイレブは安堵しながら頭を掻いた。
「うーん、トレストとカカリアは相変わらずか」
「まさか知り合いでした?」
「同年代で一緒にパーティを組んでいた時もある。あの二人のラブラブ度合いは……うん、まあいろいろ酷かったな。毎日無理矢理砂糖を食べさせられる気分だったよ」
「それはすいません」
「なに、アヴェラ君が謝る事ではない。僕は少し前まで他の国を回って、ようやく身の回りも落ち着いたところだからね。そろそろ挨拶ぐらい行くつもりだと、二人には伝えてくれないか」
まるで家庭訪問のようで少し嫌だ。
しかし、そうとも言えず頷くしかなかった。
「お邪魔しまーす」
教室のドアがノックされ、ひょっこり顔を出したのはノエルであった。白系綿のシャツ、柔革のチュニックとパンツに膝近くまである腰巻きといった新しい服だ。
「ケイレブ教官ありがとうございます、奥さんから服を頂いてしまいました」
「気にする必要は無い。稼げるようになったら、嫁に花の一つでもやってくれ」
「はい、そうなれるよう頑張ります」
素直に頷くノエルも、ケイレブの指導する対象であった。
「ふむ、君ら二人が組むことになるとはね。前のパーティから抜ける件については、僕の方から手続きをしておこう。移籍については後で揉める事が多いからね、そこはしっかりしておいた方がいい」
「そう言えば、そのノエルが組んでいた二人はどうなりました?」
「彼女をクィークに差しだしたという二人かな? 普通に戻ってクエスト報酬を受け取ったよ」
「なんですそれ?」
流石にアヴェラは眉をひそめ、ヤトノとノエルも面白くなさそうだ。
ケイレブはしかし手を軽く左右に振って苦笑した。
「文句を言いたいのは分かる。だが、どうしようもない事だな。まず一つ、証拠がない。次に一つ、相手が認めない。都市の外は誰の目も届かないからね、被害者側の主張だけでは裁きようがないのが現実だ。おかげで都市外部での犯罪行為はほぼ野放し状態だよ」
「都市は、それをどう思っているんです?」
「個人としては不愉快だが、組織としてはどうも思っていないな。勘違いしてはいけないが、そうした危険も含め君らは冒険者になる事を選んだのだ。それが嫌なら冒険者なんて辞めてしまえ」
窓の外が明るすぎ薄暗く思える室内でケイレブは笑う。椅子にどっかりもたれ、肘掛けに両手をのせ軽く足を組んだ男は、この世界の現実を告げてくる。
「だから僕は言おう。信用出来る仲間こそが、冒険者にとって一番の宝だとね」
「はぁ……なんでしょうかね。ありきたりな事を言った割には、まるで良い事を言ったようなドヤ顔っぷりです」
「なっ! 蛇娘よ、ありきたりとは失礼じゃないか。僕がいま言ったのは凄く良い事だと思うのだがね」
「しゃーっ! 誰が蛇娘ですか、なんと無礼な。呪いますよ!」
賑やかな横でアヴェラはノエルを見やり確かに一番の宝であると思い、また自分もそうなれるよう頑張ろうと考えていた。
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