第16話 ソロソロペア冒険者パーティ

「私、決めました!」

 ノエルは力強く宣言した。

 目の前の厄神の一部という少女に肯いてみせつつ、少し離れた場所で剣を握り周囲を警戒する相手を指し示す。その眼差しには強い意志があった、決意があった、希望があった。

「私はあの人に従って共にあると決めましたよ。どうせクィークに奪われたかもしれない人生だったわけですし、私の人生全部を差し出し従っちゃいます。だから末永くお願いします!」

「まあ、これは思わぬ棚ぼた」

 ヤトノは両手を打ち合わせた。それはもう嬉しげに。

「人生全て差し出すとは、このヤトノ感心しました」

「あれっ? これそういう意味だったと思うんだけど? さっき全てを差し出せとか言いましたよね。言いましたよね?」

「言いました。ですがパーティとしての協力としてのつもりでしたが」

「ええぇ、そんなぁ。だったらさ、やり直しとか――」

「あっ、すいません」

 言葉を遮り、ヤトノは視線を宙に彷徨わせた。

「あなたの加護神コクニが、わたくしの本体に菓子折持って挨拶に来たようです。あれもフットワークが軽い神ですね」

「えっ……嘘……」

「わたくしは嘘が嫌いですよ。それこそ呪い殺したくなるぐらいに。では、末永くお願いいたしますよ」

 にっこり笑うヤトノ。

 ノエルはドヨーンと石床に両手をついた。もう自分の姿など気にもしておらず、いろいろ見えてはいけない部分が見えてしまっているぐらいだ。

「うっ、別に決意した事に後悔はないのにさ。なんだろう、この凄くやっちゃった感はさ。と言うかさ、絶っ対に勘違いさせる気でしたよね!?」

「さあ?」

「はあ……物申したい所はありますけど。もう、いいや。これからお願いします」

「こちらこそ、よしなにお願いいたします」

「それなら、さっそく聞きたい事がありますけど。いいかな?」

「構いませんとも。さあ、何なりとお尋ね下さい」

「あの人、なんて名前ですか?」

 そういえばと、まだ名乗っていなかった事にヤトノは気付いた。

 手招きされたアヴェラが自己紹介し、改めて名乗りをあげる。そして――。

「こちらのノエルさんがパーティに加わるそうで、しかも出会ったばかりの御兄様に人生と貞操を差し出して良いと仰ってます。いきなり奴隷宣言、凄いですよね」

 たちまちアヴェラは動揺し狼狽えている。

 そしてノエルは多少の遠慮を見せつつ、突っ込みを入れた。

「あれ? 何だかとっても曲解されて言ってません? それにさ、そもそも勘違いさせるような感じで誘導した部分とかさ。そういうとこ、ちゃんと説明して下さいよ」

「まぁまぁ、いいじゃありませんか」

「良くないから! つまり主に私の評価というものが! そこに至った決意とか決断とかさ。いろいろ台無しなんだよ、もうっ」

「その辺りはいずれ睦み合う仲になった時にでも、ご自分でお話しなさい」

「……? ごめん、睦み合うってなに?」

「ふふふっ、いいでしょう。そのうち御兄様が教えて下さる時が来ますわ」

 そんな賑やかしい会話に、えへんっと咳払いが注意するように割って入った。

「ヤトノ、あまりふざけるんじゃないぞ」

「あら御兄様。もう構いませんよ、このままこの場でノエルさんを押し倒してオッケー、もう受け入れバッチリ。ええもう、いっそこの場で――」

「だから、そういう変な事を言うんじゃない」

 アヴェラは慌てた。

 このノエルという少女が仲間になってくれた事はとても嬉しい。これからもパーティを組んでいて欲しいわけで、その為には嫌われるような事は慎まねばならないのだ。セクハラ発言のせいで嫌われ解散なんて最悪ではないか。

 ノエルが既に覚悟を決めている事など少しも気付かないまま、一生懸命に紳士ぶったアヴェラはヤトノの頭に拳を落とし涙目にさせてしまう。

 そんな調子に、ノエルは何度か瞬きをさせ首を捻っているばかりだ。


 石床に正座したアヴェラは丁寧に頭を下げる。

「まあ何と言うべきか。これからパーティを組むという事で、よろしく」

「いえいえこちらこそ。ふつつか者ですが、よろしくお願いさせて貰いますです」

 向かい合う二人に、ほくそ笑むヤトノ。気を利かせ背嚢の中から携帯食糧を取り出し、飲み物を用意するなど歓待の準備を続けている。

「まず何から説明するか……ヤトノについてかな、素性は分かったと思うが基本的には戦闘に加わらないという事で、アテにしないでくれ」

「御兄様、そのような言い方をされますと、わたくしは哀しみを覚えます。御兄様に成長して頂くのも大切なことと、この良妹賢妹ヤトノはお手伝いしたい気持ちを耐え見守っておりますのに」

「とか言ってるが……ヤトノがさっきのように力を使うと、いろいろ問題があるんだ。つまりその余波がここに降りかかるんだ」

 アヴェラは自分自身を指し示してみせた。

「さっきはそれで、かなり酷い目にあうんだ」

「えーと……それ何だか分かるかも」

 頷くノエルであったが、そちらもヤトノが振るう力の余波を受けている。それとは違うと言いたいところだが、アヴェラはノエルの惨事を思い出し、この話題には深く触れない事にした。

 それで自分の紹介に移る。

 とはいえ、それはパーティとしてやっていく上での説明なのだが。

「戦闘方式は戦士メインで、武器は見てのとおり剣を使っている。デバフ系スキルもあるので、弱らせて戦う事も可能だ」

「あ、そうなんだ。私も戦士がメインだよ。でも今は剣がないから困っちゃったかな。とりあえずエンチャント系で自己強化して戦えるから。それと、スカウト系スキルで鍵開けと不意打ちができるよ」

「なかなか器用なんだな」

「もともとソロ覚悟だったので」

 あのケイレブ教官との戦闘で、ノエルが不意打ちするシーンを思い出す。相手が悪かっただけで、その時の動きはなかなか鋭かった。

「それでしたら、お二人とも相性がよろしいという事ですね。御兄様が敵に嫌がらせして、弱ったところをノエルさんがエンチャントでぶん殴る。これは楽しみですわー」

 ヤトノは白い袖ごと手を合わせ、満面の笑顔でウキウキ状態だ。言い方が気に入らないが、確かにその戦い方が一番効率良いに違いない。

 そんな時に、ノエルが小さく可愛らしいくしゃみをした。

 アヴェラは携帯食糧の欠片を口に放り込み立ち上がる。

「まあ、細かい自己紹介はおいおいしていこう。そろそろ街に戻ろう」

「それ賛成です。私も結構寒くなってきましたので……あっ、しまった!」


 急に声をあげ、ノエルは頭をくらくらさせ項垂れた。

「今日の私は人生最大のピンチを乗り越えたわけですけど。それが何と言いますか、装備を全部失ったので殆ど無一文になりまして。明日からどうしようと言いますか、むしろ今日からどうしよう」

「生活費とか、服の予備とかは?」

「寮は来月まで振り込んだので何とか。服はあるけど少し前のだから小さめでして、キツいのですよ。あっ、もちろんお腹周りとかではないですよ」

「そ、そうか……」

 アヴェラは思わずノエルの胸を注視してしまい、急いで視線を逸らした。恐らくきっとそこに違いない。

「服がないのは大変だ」

「そうなんですよ、頑張って古着屋さんで良いのを見つけないと。でも……予備のお金で足りるかな……装備とか考えると大変かな、とほほ」

 糸を紡ぎ生地を織り布を縫い、その全てが手作業で膨大な手間と時間を要する。おいそれと捨てられない品であり、持っている服が一着のみという者も多い。大量生産大量消費の世界では消耗品扱いの衣服でも、この世界で貴重品で財産の一つに数えられるぐらいだ。

「こっちも金欠だが……まあ服は誰かに相談しよう。でも武器の心配は無い、予備があるからそれを渡そう。後の事は戻って考えよう」

「いきなり、とんだご迷惑を」

「気にしなくていい。これからはパーティの仲間なんだ。仲間が困った時は互いに助け合う、それがパーティってものだから」

「そうだよね! ありがとう!」

「気にしないでくれ」

 アヴェラは力強く頷いてみせた。

 相手の信用信頼を得るには、惜しみなく恩を売っていくべきだ。前世ではそれをして良いように利用され終わってしまったが、しかしこのノエルという少女には見返りを期待せず全力で恩を売っていきたい。

 それだけの事をする価値がある相手だ。

 勢い込むアヴェラの様子を見やり、ヤトノは白服の袖ごと手を合わせニコニコ見つめる。それは凄く嬉しそうな、微笑ましいものを見るような目であった。

「御兄様、頑張りましょう」

 手を差し伸べながら白蛇になったかと思えば、アヴェラの腕に巻き付いてしまう。まだ慣れないノエルが驚きの顔をするものの、特にお構いなしだ。

「よし、戻ろうか」

 遺跡の中は静かで誰の気配もなかった。人もモンスターも現れそうな様子はなく、狭い空間の中で二人っきり。並んで歩くが互いに少しばかり遠慮やぎこちなさがある。

 そうして来た時の道を戻り、幾つかの角を曲がり歩いたところで出口に到着した。相変わらず、見張りを請け負った上級生が控えている。

 いつの間にか交代しており、今は女戦士が生真面目な顔で立っていた。

 気を張っているのかもしれないが、愛想の欠片もなくアヴェラたちを冷たい目で睨み付けてくる。

 嫌なタイプだと思いつつ、アヴェラは女戦士の前をそそくさ通り過ぎた。

「待ちなさい!」

 だが、呼び止められた。

「そっちの子はどうした!」

「ん?」

 指し示されるのは全装備を失い気落ちするノエルだ。

 明らかに男物の服を一枚だけ着用し、下はタオルを巻いた素足。襟元に覗く鎖骨や首元には赤いひっかき傷。まるで何か酷い目に遭わされたような様子である。

 警備の女戦士はアヴェラを最低卑劣漢悪であるかのように睨み付け、あまつさえ剣に手まで掛けている始末。どうやら彼女は強い正義感の持ち主で、なお且つ思い込みが激しいらしい。

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