第14話 世界を歩けば人に当たる
新たな剣を手に次々モンスターを倒し、アヴェラは快調に進む。
だが、ふいに立ち止まり視線を遺跡の奥へと鋭く向けた。剣を握る手に力を込め警戒する。吸った息を軽く止め耳をすませ、頷いて吐く。
「足音がする。何か来るようだな」
「そのようですね、ふむ相手は一体? でも油断なさらず」
「何が来ようと問題ない。この剣で斬り捨ててやるさ」
呪われたヤスツナソードを手に意気込むアヴェラの前に、ある意味で最強の相手――即わち、ほぼ裸の女の子が現れた。
「えっ……!?」
辛うじて服の切れ端が身体に引っかかっているだけで、下着さえ身につけていない。胸は手で抑えるものの際どい部分しか隠しきれていない。有り体に言って、全裸よりむしろいかがわしい。
驚き戸惑うアヴェラが見つめれば相手の女の子はそれに気付いて悲鳴をあげた。
「ひゃああっ!」
何もない場所で躓いたかと思うとアヴェラの前を両手を投げ出しながら通過。ポニーテールをなびかせ、そのままばたっと倒れ床に顔と胸を打ちつけている。
「……ううっ、痛い。もうこんな目に遭うとかさ、本当酷いよ」
そんな声を聞きつつ、アヴェラとヤトノは静かに白く滑らかなお尻を眺めやる。いろいろ見えてはいけない部分まで見えてしまっているが、ついさき程すれ違った後衛の少女に間違いない。
ある意味でとんでもない再会だった。
「御兄様、いけません痴女です。近づいてはいけませんよ」
「いやいや待って下さい、それは違いますって! 逃げて来たから! 貞操が危険で危ないところから間一髪で逃げて来たから! それなのに痴女とか呼ぶのは、酷いって思います!」
ポニーテールの女の子は膝を抱えるように身体を丸めた。両手を使い腿を合わせ恥ずかしそうに裸を隠しているが、それはそれで何と言うかつまりやっぱりいかがわしい。
「あなたの事情なんて知りませんが、まあいいでしょう。何に襲われたのです?」
「クィークです! ああっ、まだ追って来てる!」
通路の奥から甲高く短い鳴き声が聞こえ、そして大きくなってきた。
目を血走らせたクィークの群れが現れる。その様子ときたら、エロで頭が一杯の中学生並みの様子で、絶対に少女を逃がす気がないといった執念が感じられた。
――確かに逃がしたくないな。
アヴェラは足元で絶望する少女を見やり頷き納得する。
「ううっ、もういいよ。あの二人みたいにさ、私を置いて逃げていいからさ。こんな事に巻き込まれて犠牲になる事ありませんって。あっ、でも自決用の刃物を残してくれると助かります。故郷のお母さん、ごめんなさい」
その女の子はもうガックリ絶望しきっている。
アヴェラは剣を構えたが、しかしクィークの数は多い。この剣であれば倒せない事もなさそうだが、それはあくまで自分一人の場合。少女を庇いながらとなると間違いなく無理だ。
苦渋の決断で傍らを振り返る。
「非常に不本意だが、不本意だが頼む」
「ああっ御兄様に頼られてます! わたくし頼られてます。なんて幸せなのでしょう! 分かりましたやりましょう、もちろん出来るだけ力は抑えますとも。わたくしは学べる女ですので。さあ――怯えよクィークどもっ!」
気合いと共に腕が振り抜かれ、ぞわりとする気配と共に辺りに厄神の気配が撒き散らされる。同時にアヴェラは目眩に襲われふらつき、胃が突き上げる気分となった。それを歯を食い縛り堪える。まだ戦わねばならないのだ。
「はっ、ひぃっ!?」
女の子は本能的な恐怖に圧倒され、頭を抱え悲鳴をあげた。
恐慌に陥り右往左往しだしたクィークへと、アヴェラがヤスツナソードを構え斬り込んだ。目眩とふらつきはあるが、それよりも相手の状態が悪いのだから全てを倒すことは容易であった。
一振り二振りと心の中で数えては意識を集中させ、自分の行動を一歩引いた気分で見つめ動く。それで全てのクィークを斬り捨てた。後は遺跡の壁に手をつき、荒い息を繰り返す。
クィークの群れに遭遇したにしては何の被害もない。
あるとすればアヴェラの精神的な苦痛、そして助けた女の子が厄神の気配を間近に受け乙女の尊厳を決壊させてしまったぐらいだろう。
「もうちょっと抑えて欲しかったな」
「申しわけありません、つい嬉しさが天元突破してしまったので」
そんなやり取りの横で女の子がシクシク泣くのは、助かった喜びではなく股間を濡らす生暖かさのせいかもしれない。
「ええっとですね、私はノエルと言います。ええと、その……うん、助けて貰ってありがとうございます。いろいろ思う所はありますけど、はい」
ノエルという少女は丁寧に頭を下げた。
とりあえず上はアヴェラが着ていた革チュニック、下はタオルを巻いている。胸元はかなり窮屈そうであるし、下も軽く引っ張り抑えている状態だが、それでも先程までのボロ布状態よりはずっとマシだろう。
服を提供したアヴェラは肌着姿で、肌寒さを感じていた。ただし少しの後悔もなく、ノエルの姿を気にしてチラチラと見ている。目眩が残った状態でも欲望には忠実なのだ。
ヤトノは白い衣の袖越しに手を合わせ身を乗りだす。
「こんな場所でクィークの群れに襲われるとは、ついていない方ですね。普通は、もう少し奥の辺りで出ると聞いておりましたのに」
「それはその……」
「ふむ、ふむふむ。なるほど、これが原因ですか。あなた不運の神コクニの加護持ちですね。それもかなり強く」
「えっ? どうしてそんな事が分かるんですか!?」
本当はすぐにでも逃げるべきなのだが、しかし彼女はヤトノが力を使う様子を見てしまっている。口止めをしようとしたところ、ヤトノが少女に興味を示し話しかけたのだ。
「どうして分かるのか知りたいですか?」
「えーと、なんだかさ。知らない方がいいような気がしてきたかな」
「仕方ないので教えてあげましょう」
「待って、待って! そんなの誰も頼んでないからさ!」
しかしヤトノは少しも聞いていない。
座った状態から軽く腰をあげ、そのまま後ろへと跳ぶ。そのままくるっと後方回転すると、白蛇となって降り立った。鎌首をもたげ、しゃーとか叫ぶ姿は歌舞伎の見得切りを連想させる。
「……はいっ?」
目を瞬かせるノエルの前で白蛇は身をたわめ跳び、また元の少女姿に戻り白い上着の袖をなびかせ、素足でぺたりと石床に着地してみせた。
「分かりましたか?」
「えーとなんだろう。人の姿が蛇に変わったように見えたかな。私の目って、どうかしたかな。そっか、いろいろ大変な目に遭ったからさ。つまり精神的にマズい状態なんだろね」
「大丈夫ですよ、ちゃんと姿が変わりましたから」
「そうなんだ、それは良かった良かった……いやいや、そんなのってありえないですって。ありえないって、なんなんですかもう」
「なぜなのか聞きたいのですか? そうですか聞きたいのですか」
ヤトノは嬉しげに呟くのだが、ノエルは両手を前で振って後退る。裾がめくれてしまい、かなり際どい状態だが少しも気付かない。ついでにアヴェラが食い入るように見ている事にも、やはり気付いていない。
「あのですね、それ聞きたくないんですけど。ほらさ、こういうのってあるじゃないですか。これを聞いた以上はタダでは済まさないぞっ、とか何とかっていうものが」
「私、厄神なんです」
「だからさ、聞きたくないって言ってるのに……って、えっ? えっ? えーっと……本当に?」
「本当に」
戸惑う少女にヤトノは含み笑いを浮かべた。気に入った相手をちょいちょいと弄るのが大好きなのだ。
「えーっと、ほらさ。冗談でもそんな事を言ったらダメだからさ。厄神ってあれだからね。ほら名前も言えないぐらいの恐い災厄の神、最悪最低の邪悪の権化なんだから。出会ったら死ぬとか、他の神様ですら避けるぐらいとか、ちょっとでも関わると末代まで祟られるって言われてるから」
「まあ、なんて無礼な娘なんですね」
ヤトノの目が怪しく光れば、もうノエルは相手がやばい存在だと魂で理解した。
落ち着かせるためアヴェラはそっと水袋を差し出してやった。量が殆ど残っていないのは、先程ノエルや石床を洗うために消費されたからだ。
「あ、どうも。すいません」
数度口をつけたノエルはなんとか息を整えた。
「ふう……これって結構にマズい感じだよね。あっ、いえ別に水の味とかではないのですけど。つまりその、厄神様というのは内緒の事なんだよね」
「はい、内緒にしておりました」
「そうなるとだけど、これって口封じ案件なのかなーと。あははっ、やだなぁ」
「うふふっ」
ヤトノが口元に手をやり優しげに笑えば、ノエルはその前で遺跡の床に両手をつき項垂れてしまった。もう周囲の声など聞こえないぐらいに、どんよりしている。
「うぅ、なんでこう私は不運ばっかなんだろう。日頃の行いは良い方だと思うんだけどさ、やっぱり加護のせいなんだろね。もう何だか悲しくなってきたよ。うんうん、泣きそうだけど頑張らなきゃ私。ここはポジティブに考えてみよう、厄神に会えるなんて超激レア体験でしょ。これで不運な人生とおさらば、次はきっと幸せになれるはず。お母さん、私はここでお終いです。先立つ不孝をお許し下さい……あははっ、はぁ……」
なんだか嘆きだしている。
その隙にヤトノがちょいちょいと手招きし、けれどアヴェラが少女観察に熱中しているため、近寄って突いて我に返らせ耳打ちした。少しだけ口を尖らせているのは嫉妬かもしれない。
「御兄様、御兄様。この娘、なかなかお買い得ですよ」
「えっ、ああ……ん? お買い得という言い方はどうかと思うが、そりゃまたどうして?」
「この娘、加護の影響で不運体質となっております。ですが、これは悪い事ばかりではありません。確かに普段は不運を受けますが、常にそうとは限らないのです」
「へぇ?」
「本当のピンチに陥ると全ての不運が逆転して、この娘は豪運になります。たとえば、クィークに襲われ逃げた先で偶然にも心優しき神霊に遭遇するとか、そういった天運レベルで」
「それって凄いのでは?」
「凄いです。ですから、このまま仲間に引き入れましょう」
ヤトノはぴんっと人差し指を立てながら提案した。
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