◇第二章◇

第13話 冒険のすゝめ

 初心者向け遺跡に出現する獣型モンスター、グアイオラーレが落とす素材は牙や爪。

 浅い層の素材という事で、大した品質ではない。しかし同時に、一番よく回収され流通する素材でもある。その牙は硬すぎず柔らかすぎず大量供給大量消費に向いており、たとえば釣り針や革を縫う針などの日用品に加工されるなど用途の幅が広い。

 そのためクエスト掲示板には、グアイオラーレ素材の回収依頼が常に並ぶ。慣れない初心者冒険者にとっては危険だが、生活を支えてくれるありがたいモンスターであった。

 アヴェラもグアイオラーレ関連のクエストを引き受け、遺跡に挑んでいる。

「御兄様、二体おります」

「分かった。さあ、この剣の斬れ味を試させて貰おう」

 探すまでもなく少し歩いたところでグアイオラーレに遭遇。四つ足の獣は軽い足取りから一気に加速し、躍動感ある動きでまっしぐらに駆けてくる。

 アヴェラは剣を両手に握り、剣先を下に向け気負わず立ち向かう。

 グアイオラーレが見る間に迫り、大きな口を開け食いつこうと跳躍した。それを横に避け下からすくい上げるように振り抜く。殆ど手応えを感じさせず、スッパリ胴を輪切りにしてしまう。毛、肉、骨とそれぞれ固さの違う部位を何の手応えもなく剣は通り抜けていた。

「よしっ!」

 元々の斬れ味もあるが、呪いの効果による影響も大きいに違いない。なにせそれは、厄神に呪われたヤスツナソードなのだから。

 悲鳴すらあげず二つになったグアイオラーレには見向きもせず、そのまま次に向き直る。だが、思ったよりも早い。既に飛びかかって来るところを回避しながら剣を振るう。不安定な状態からの攻撃では剣先が軽く掠めるだけだ。

 着地したグアイオラーレは出血にも怯まず素早く向きを変えてくる。

「浅かったか――んっ?」

 果敢に再攻撃を移ろうとしたグアイオラーレであったが、しかしいきなり喀血した。そうかと思えばドサッと倒れ、舌を出し痙攣し動かなくなった。


 警戒するアヴェラは剣先を向けながら慎重に近づいていく。

 だが、そのグアイオラーレの身体は崩れるように消え、後には牙が残されただけだ。

「死んだ? どうしてなんだ」

「ふむ……これは見事な呪いの効果ですね」

 白蛇状態のヤトノが顔を出した。

「今は御兄様のため、この剣めも呪いを抑えておりますが。それでも、この程度の低ランクモンスターには耐えようがないという事でしょうね」

「なるほど、恐ろしいが便利なもんだな」

「流石は御兄様、呪いの効果を便利だなんて普通じゃありません。なんて素敵!」

 呪いというものは普通、恐れ怯え竦み忌避すべきもの。それを平然と扱って便利と言うアヴェラの感性はおかしかった。もちろん、それを感心するヤトノの感性もまた同じだ。

「しかし、これは斬れ味が凄いな」

「元からもありますが、それも呪いの効果の一つです。ええ、もちろんわたくしの本体たる厄神の力なのです」

 ヤトノは得意そうに言うのだが、しかしアヴェラは渋い顔をしながら素材を拾い上げた。それを回収用の袋に入れつつ、軽く唸る。

「うーん……だが斬れすぎるのが何とも」

「はて、気に入りませんか? 斬れ味が良いのは良い事なのではありませんか」

「斬った時の手応えが、いまいちこうな……どうにも斬った気がしない」

「それはつまり、肉を裂き骨を断つ感触を味わいたいと? 御兄様にそのような嗜好があろうとは、流石のわたくしもビックリです」

「意味が違う意味が」

 アヴェラが言いたかったのは、あまりにも斬れすぎて困るという事だ。

 特にこれまでは訓練用のゴツくて重い剣を使い、ぶっ叩くようにして戦っていた。使用感覚が全く違いすぎ、逆に扱いづらくなっている。

「これはしばらく感覚を掴まないと、斬れすぎて困る――」

 しかし雑談はヤトノの警告によって終わる。

「御兄様、何かが来ます」

「次の敵か」

 アヴェラは即座に身構え前を見据える――だが、直ぐに剣を鞘に収めた。

 向こうから近づいてくるのは同じ冒険者だったのだ。見たところ相手は三人で、それも女性ばかりのパーティらしい。各地の探索地点を多数の冒険者が探索しているのだから、どこかでこうして遭遇する事も当然ながらある。

 ただし冒険者相手でも警戒は解けない。

 同じ都市の冒険者とは言えど、警戒せねばならない。生活がかかり金銭が絡めば、上手くやっている相手を快く思わないのは誰だって同じ。まして生と死が隣り合わせとなった探索ともなれば、気が立っている事もある。それで些細な事でトラブルになりやすいのだ。

 稼ぎを奪うためであったり、成功しているように見える相手が気に入らなかったり、ただ単に他人の足を引っ張りたいだけだったりと理由は様々。だが、なんにせよトラブルは多いと聞く。

 冒険者同士の争いを抑えれば都市の収益もあがると言われるぐらいだ。


 やって来た相手はアヴェラを見るなり揶揄するように笑った。

「うわっ、あいつソロ! マジ信じらんない」

「友達いないんじゃないの、可哀想ー。それか孤独を愛するとか気取っちゃってるとか?」

「しっ、聞こえるって。やめたげなよー、可哀想じゃん」

「そうだね、怒ったら襲ってくるかもしれないし」

 三人組の前衛二人はクスクス笑い、ギリギリ聞こえる程度の声でアヴェラを小馬鹿にしている。後衛の一人だけは本当に申し訳なさそうな顔で何度も頭を下げてくれるが、それでも不快な気分に変わりはない。

 イラッとするが――そんな事より左腕を抑える方が忙しかった。

 服の中でジタバタ暴れるヤトノは、今にも飛び出しそうだ。もちろん、それで何をする気なのか分かっているので出せやしない。

 アヴェラは腕を押さえながら早足で去るのだが、どうやらそれを逃げたと思ったのか、後ろから少女二人の爆笑が追いかけてきた。そこには馬鹿にし嘲るものが多分に含まれている。

 気分は悪いが、しかしそれどころではない。

「シャァァァーッ! あの下郎ども!」

 暴れる白蛇ヤトノの尾を掴み、逃がさないようにせねばならないのだ。そうでなければ這い進み、今の相手を襲いに行く事は間違いない。

「御兄様になんたる無礼。呪いましょう、いえ呪います!」

「やめるんだ、大人しくしてろよ」

「なぜです、悔しくはないのですか!?」

「悔しくない。あの程度なら前世に比べれば大した事ない」

「え?」

 戸惑うヤトノにアヴェラはあっさり言った。

「人格を否定しながら何時間も立たせて説教するとか。顔を合わせる度にネチネチ嫌味を言ってくるとか。蹴ったり殴ったりゲーム感覚でやってきたりとかな。それを思えば、あんな序の口だろ。相手にする気も無いな」

「そこは修羅世界ですか……」

 白蛇ヤトノは目を瞬かせ口をパカッとあけた。

 すっかり毒気を抜かれ、もう先程の怒りも消え失せているようだ。

 どうやら厄神という災厄の神であっても、今の内容は呆れ果てる事らしい。しかし、アヴェラが前の世界で体験してきた事は黙っておいた方がよいだろう。もし知れば、そちらの世界に大災厄が起きるに違いないのだから。


 しかし――アヴェラは想いを巡らす。

 この生まれ変わった世界は朴訥としたところが残っている。人と人との間に信頼があり協力があり寛容さがある。その理由はなぜかと言えば、人間は絶対強者ではないために違いない。モンスターに怯え、天変地異や疫病など災厄に恐怖する。

 人が優しく他人を思いやる事が出来る理由は、その傷みや恐怖を知っているからに違いない。つまり死や破滅が身近であるからこそ、人は互いに手を取り合う心が強く残っているのだろう。

「災厄こそが人を優しくする、か……」

「どうかされましたか?」

「いんや、厄神様は良い神様なんだなと思っただけだ」

「……はいっ? そんな事を言われるのは初めてなのですが」

「厄神様は世界に愛とか平和とか優しさの存在する意義を教えてくれる神様なんだろうな。これからも災厄を振りまいて頑張って欲しいと思うんだ」

「えっ、なんで……わたくし厄神……災厄なのに。そんな、ありえない……」

 ヤトノは白蛇の頭を何度も振り、うわ言のように何かを呟き困惑しきっている。それは当然で、災厄を願う者など存在するはずがないのだ。災厄を司る厄神という存在は、世界の全てから恐れられ忌まれ憎まれ避けられる事が普通なのであるから。

 だがアヴェラはヤトノの困惑など気にもせず、背後を振り向いた。

「それより後衛の子、可哀想だったな」

 もちろんそこに誰の姿もない。

 すれ違ったパーティはとっくに立ち去っているし、遺跡の中は見通しが悪く少し先で薄闇に閉ざされている。それでもアヴェラは奥を見やった。

 きっと、あの少女は前衛二人に利用されているに違いない。

 かつての人生でも似たような経験がある。一人でいるのが辛く、なんとか友人をつくろうと人との交流に頑張った事がある。しかし、結局は上手くやれず。それどころか、友達になってやるといった態度の相手から下に見られ、良いように利用されるだけでしかなかった。

 あの後衛の少女に自分を重ね気になってしまう。

 辛いことを思い出し何だか寂しいような哀しいような気分でもあると、ヤトノが白蛇から少女へと姿を変えた。そしてアヴェラの腕にしがみつき、にっこりとする。

「そんな事されると動きにくいが」

「良いではありませんか、しばらくこのままがいいのです」

「そうか」

 アヴェラは照れたようにそっぽを向いた。

 今は一人ではなく、こうしてヤトノが傍にいてくれる。この存在にどれだけ心温められた事だろうか。やっぱり厄神には本当に感謝しかない。だからこそ強くなってフィールドを探索し、そこにある宝を回収し応えてみせたいのだ。

 とはいえ、今は腕に感じる優しみに身を委ねたかった。

「仕方ないな、敵が出るまでだぞ」

「はい!」

 そしてヤトノを抱きつかせたまま遺跡の中を進んでいく。

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