第12話 その剣は呪われている
案内された奥の部屋はグレードが上がり、調度品も豪華で間違いなく上得意を歓待する部屋だった。テーブルには赤い毛織物が敷かれ、その上に十本の剣が丁寧に並べられている。
いずれも呪われており、数が数だけにテーブルの上には見るからに危ない気配が漂っていた。中には死霊でも憑いているのか、顔のような靄がちらつく剣もある。
お陰でニーソは怯えているが、しかしコンラッドは平然としたものだ。
「こちらが当店にあります呪い装備の幾つかですな」
「なるほど壮観ですね。では、取りかかりましょうか。ヤトノ頼むぞ」
アヴェラがテーブルに手を差し伸べれば、袖口から白蛇状態のヤトノがしずしずと登場した。こんな事が起きれば普通は驚くだろう。しかし事前に何も説明していなかったにもかかわらず、コンラッドは平然としている。内心はどうか分からないが、穏やかな笑みを湛えた顔は全く変化がなかった。流石は大商人というものである。
ヤトノはテーブルの上を這うが、尻尾の先は上機嫌に揺れている。
「うふふっ、わたくし御兄様に頼られています。さあ、いきますよ。ちょいさー」
その尾が剣を軽く打った瞬間、バチッと閃光が弾けた。
「ちょいさーちょいさーちょいさーちょいさー……」
そして尾で打つ事を繰り返していけば、その度に閃光が弾けていく。そして十本あった剣は次々と呪いが払われ、代償としてアヴェラは頭痛になやまされる。
「っ……どうぞ確認してみて下さい」
「では、さっそく」
コンラッドは躊躇うことなく手を伸ばし剣を手に取った。
もしニーソが小さく制止のような悲鳴をあげねば、アヴェラも顔に出していたかもしれない。テーブルの上に漂っていた嫌な気配は消え失せているものの、だからといって先程まで呪われていた品を躊躇わず触れるかと言えば、なかなか難しいだろう。
その肝の太さには舌を巻くしかない。念入りに確認していくコンラッドの姿をみやり、大商人というものの恐ろしさの片鱗を味わっていた。
「ほうほう、確かに呪いが消えてますな。しかも完全に。なるほど、そちらの蛇のヤトノ殿でしたかな。こうして呪いを祓うことができると……」
そもそも厄神とは世界そのものに取り憑いた災厄の存在で、この世のどんな呪いよりも強力な呪いといえる。ヤトノは厄神の一部となるため、たかが剣一本に取り憑いた呪いや死霊などは簡単に弾いて消滅させてしまう。
アヴェラが閃いたのは、毒をもって毒を制すというものだ。
つまり厄神の力をこんな事に利用して良いかは分からぬが、しかし使えるものは使うべきであるし、探索のための資金稼ぎとすればきっと文句は言われまい。
「満足いただけましたか」
「これは予想以上でしたな、このコンラッド感服いたしました。では、今後もお願いできると考えまして宜しいでしょうかな」
「定期的に商会にお邪魔しますので、その時に祓う形でいいですか。もちろん急ぎの何かがあれば、ニーソを経由して自宅に連絡を入れて頂ければ伺います」
「ニーソ君は貴方の幼馴染みで、しかも貴方が計算なども教えられたとか」
「ええ、まあ。いろいろと教えました」
「なるほど、そうした教育を施したという事は身内に招くおつもりですかな」
「身内みたいなもんですよ」
質問の意図が理解できないままアヴェラが答えれば、ニーソは頬を染めつつ声を出さずにバカッと口を動かしていた。そんな一部始終にコンラッドは面白そうに微笑むのだが、その姿はどこか好々爺といった風情がある。
「なるほどですね。では、そうした手筈でニーソ君を貴方の担当として、出来るだけ頑張って貰うとしましょう。それとお支払いなどは呪いの強さに応じて、という事でどうでしょうかな」
「よろしくお願いします」
「さて貴方に差し上げる剣ですが、そうですな……ノサダソードかマゴロクソードか。うむ、どちらも実用剣として高い評価を得ている剣ではありますが……しかし、しかし……そうですな……少しお待ちを」
席を立ち戻って来たコンラッドは一振りの剣を持っている。そして分厚い金属籠手を装着した。
「こちら真銀の籠手でないと抜けないぐらい強力な呪いでしてな。これを祓えますかな?」
慎重に鞘から抜き出された剣は、視覚化した呪いが黒い靄の筋となって巻き付くほどの代物であった。同席するニーソが悲鳴をあげ椅子を引き、のけぞって引っ繰り返りかけた程のヤバさが漂っている。
しかしアヴェラは気にもしない。
そっと卓上に置かれた剣を見つめ呟いた。
「凄い剣だ」
身幅は指二本半と程よく、厚さもしっかりとしている。長寸で先も伸びた姿はすらりと美しい。そこにゆったり流れるような刃が厚く付き、煌めく筋が見事な模様として現れている。じっくりと眺めれば、淡雪をまぶしたような美しさがある金属の中に薄らと複雑な模様が垣間見えた。
呪いの黒い靄さえ気にしなければ、明らかに非凡な気品のある剣だ。
「遙か昔、ホウキ国に居た伝説の名工が鍛えたヤスツナソード+3ですよ」
それを聞いたニーソがしゃっくりのような声と共に、小さく国宝と呟いている。そちらを見やったコンラッドは悪戯が成功した子供のような顔で笑った。
「邪神を斬って呪われたとも聞きます。もし呪われていなければ国宝にさえなっていたでしょうな。これは買い入れ額で二千五百万Gと、つまり私がやらかしたものですよ」
「邪神を斬った……?」
白蛇状態のヤトノが、どれどれと覗き込んだ。
「ふむ……どうやらこれは本体を傷つけたものですね」
「ほほう、そちらの白蛇殿。本体とは何の事ですかな?」
「はい、わたくしの本体は厄神をやっております」
流石にコンラッドは大したもので、とんでもない答えにもポーカーフェイスを崩さなかった。しかし、注意深いものが見れば額にじっとり汗が浮いた事が分かっただろう。
そうしたやり取りの間もアヴェラは剣を眺め続けていた。
「凄いな……」
「ふむふむ、これを祓えと言われるのは癪ですね。それはそれとしまして、わたくしと同質の力なので逆にこれを取り除くのは難しいことです」
「だったら呪われたままか」
「はい、そうですね。これが使えるのは、我が本体の加護を受けた御兄様ぐらいのものですよ」
「そうなのか。二千五百万Gもするのに勿体ない」
アヴェラは何気に手を伸ばした。
見ていたコンラッドとニーソが止める間もなく。あっ、と小さく声をあげた時には既に柄を握っている。たちまち黒い靄が触手のように蠢き、アヴェラを侵食しようとするかのように襲い掛かった。
しかし、その動きがピタリと止まる。
黒い靄は確認するように数度アヴェラの手に触れたかと思えば、するする戻って剣の中へと吸い込まれ消えてしまった。そうなると少なくとも見た目は全く何も呪われているようには見えない状態だ。もちろんコンラッドとニーソは到底触る気にはなれなかったが。
しばし眺めたアヴェラだが、ややあって名残惜しげに剣をテーブルに置いた。
「勝手に触ってしまって申し訳ありません。剣は戦士や騎士の命で他人が触るのはマズいのでしたね」
「いえ、構いません。剣というものは手に取らねば分からないものですからな。それにですな、その剣に触れる者はおりませんのでな。アヴェラ殿以外には……よろしいでしょう、その剣を差し上げます。どうぞ、お納め下さいな」
「えっ……貰ってもいいのですか」
「ご遠慮なく。元々、呪いが祓えれば差し上げようかと思っておりましたのでな」
「そうですか、では頂きます」
アヴェラは平然と剣を受け取った。
そのやり取りがあまりにも自然であったため、横で見ていたニーソは何が起きたか分からずキョトンとしていたぐらいだ。一呼吸か二呼吸置き、とんでもない金額の品が右から左に動いたと気付き、唇をパクパクさせ喘ぐような息をしていた。
◆◆◆
「ありがと。えっとね、そのね……ありがとう……私ね、アヴェラの事がね……」
「なに気にするな、幼馴染みを助けるぐらいどうって事ない」
「うん、幼馴染みだよね……」
ニーソはどよーんと押し黙り、上目遣いをしながら小さくバカッと呟いた。
呪われたヤスツナソードを手にするアヴェラを見送るのだが、隣には異例な事にコンラッドが見送りに出ているため、小さく手を振る事しかできない。
先程からドキドキしっぱなしのニーソであったが、そこは駆け出しとは言えど商売人。アヴェラが通りの向こうで角を曲がって姿を消すと、直ぐに気持ちを切り替えた。
「会頭、どうしてアヴェ――彼にヤスツナソードを渡したのですか?」
「使える方に使って頂く……と言いたいところですが。実を言えば勘ですね、これは私の勘ですが。彼はきっと大成しますな」
「当然です、アヴェラは凄いんですから」
ニーソはまるで自分の事のように得意げに言った。
「でも、あんな呪いの剣を世に出してしまって大丈夫なのですか?」
「まあ良識……いえ、損得勘定のある方ですから上手く使いこなして頂けるでしょうな。なんにせよ彼は間違いなく上位冒険者の類に足を踏み入れるでしょうな」
「つまりその時に、うちの商会を御用達にしてくれたら宣伝効果抜群と?」
「少し違いますな。私は彼を通じて冒険がしたいのですよ。私の紹介した武器や防具に道具を使い、彼が数々の冒険を繰り広げる。それを想像し後で冒険話を聞く事が、私の冒険なのですな。商売ってものはですね、ただ売れば良いのではありませんよ。そこにロマンがあって楽しみがありませんとな」
「ロマンと楽しみ……」
「若いニーソ君には、まだ分からない感覚でしょうな。何にせよ、これから彼の対応はニーソ君が専属で最優先に行いなさい。よろしいですね、頑張りなさい」
「はいっ!」
元気よく心の底から返事をしたニーソは、アヴェラが姿を消した曲がり角へと視線を向けた。目を輝かせ微笑み微かに頬を紅潮させた様子は、少女らしい華やかさを引き立てている。
その様子を見守るコンラッドは、こちらのロマンも楽しみだと考えていた。
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