第11話 冒険者+商人=持ちつ持たれつ
奥のドアが開き、ニーソの案内で大柄な男が現れた。
白が大半となった黒いフサフサ髪に、 鼻が高く目の大きな彫り深い顔。大柄な体格は太目ながら、元の体格がよいためか不健康な印象はない。仕立ての良い上質な生地を気軽に着こなし、ゆったりと大股でやって来る。
それがコンラッド商会の会頭たるコンラッドで、立ち上がったアヴェラの頭を下げる様子を穏やかに笑っている。先にニーソから聞いた話では、若い頃は冒険商人をして各地を旅してたという事で、もちろん穏やかなだけの人ではないはずだ。
「なるほど、貴方があのトレスト隊長さんの息子さんですかな」
「失礼な呼び出しをして申し訳ありません。また応じて頂きありがとうございます」
ビシッと両手を横に付け、腰を直角に折った謝罪の仕方は前世の経験によるものだ。この世界で権力や財力といったものは絶対で、地位ある相手に下手な事をすれば破滅待ったなしだ。
「どうしてもお会いしたかったので、失礼を承知で父さんの名を出させて貰いました。もちろん、この件は父さんと一切関係ない話です。個人的な商売に関するものになります」
「なるほど、確かに失礼ですな。しかし商売の話となれば、これは聞き逃せませんな。さあ実りある話を期待させて貰いましょうか」
「ありがとうございます」
茶目っ気を持ってウィンクしたコンラッド会頭に安堵した。ここで怒って席にも着いてもらえなければ話をするどころではなかったのだ。
しかし、ここからが正念場ではある。
座りながらそっと息を吸い、改めてコンラッドをみやる。
商会を背負っている人物だけあって顔には自信と覇気があった。けれど、こうした人物にありがちな陰がない。つまり人を出し抜こうとか押し退けようとか、そういった嫌らしさが少しも見られないのだ。したたかさはあるが、同時に優しさや温かさを持っているに違いないと見受けられた。
しかも警備隊の皆でさえ、義理も人情もある店で売り方が正直と言っていたではないか。
――これならニーソの件は問題ないな。
きっとアヴェラが何もせずとも、大きな問題にはしなかったに違いない。
これでニーソは責任感の強い性格なので、心配するあまり悩んでいたのだろうが、この人物であれば問題はなかったはずだ。
アヴェラが好意をもって頬を緩ませると、コンラッドの方も似たような顔をする。きっとそちらも観察し、アヴェラを好ましく思ったのかもしれない。
会頭の登場に周りは少しざわついている。
何人かの客はさっそく挨拶をしたそうだ。それを他の店員たちが、やんわり制している。そうとはいえ店員は店員で――さすがに教育が行き届いているため露骨ではないにしても――アヴェラの正体が気になるのか、ちらりちらりと視線を向けていた。
しかしコンラッドの意識は全てアヴェラに向けられている。
「さあ、どんな話を聞かせて頂けるのでしょうな」
「ニーソが仕入れでミスした事は、もう御存知かと思います。失礼に失礼を重ねお聞きしますが、損害はどれぐらいでしょうか?」
「そうですな、呪われたナガミツソード+2の話でしたな。あれは仕入れ値が千二百万G、強力な呪いのため解呪は不可能。損害と言うのでしたら、その金額そのものでしょうな」
他の客には聞こえぬ程度の声ですらすらと言ってのける。
商会の中をしっかり把握しているからなのか、それともニーソのミスが大問題だったからなのかは分からない。しかしアヴェラには前者に思えた。
こうした商会の資金力は個人が思うより遙かに大きい。
そこからすれば千二百万G程度の損失は織り込み済み、無視はできないが痛手ではないはずだ。
しかし会頭の横にちょこんと座ったニーソは魂の抜けたような顔をしている。改めて事実を突きつけられショックを受けているのだ。
「なるほど、では次です。こちらには、まだ他に呪いの装備はありますか?」
「ふうむ、正直に申せばありますな。新人が呪いの装備を掴まされるのは通過儀礼みたいなものでしてな。どこの商会もそうですが、外には出せず倉庫の片隅に封印した品が幾つかあるものです」
それを聞いてニーソは顔を輝かせた。
「本当ですか。私だけじゃなくて、みんなやってるのですか」
「ニーソ君が引っかかった呪い装備の損害額は、うちで過去二番目に高い。なかなか豪快なものですな」
「うっ……すいません」
「ちなみに過去最高の損害を出したのは、誰だと思います?」
コンラッドはニヤリと笑う。
「実は私でしてな、なんとこれが二千五百万Gと。これにはまあ誰も勝てますまいて。はっはっはー」
なかなか、お茶目な会頭だった。
会頭なのだから表の顔だけでない事は分かっている。仕入れなんてものは正規の市場だけには頼っていられない。旅の行商や転売屋など、時には裏世界に足を突っ込んだ連中と取り引きせねばならない事だってある。そうした連中と堂々とやりあう顔は必ずあるはずなのだ。
世の中は綺麗事だけではないのだと、警備隊長をする父親からそれとなく聞いている。もちろん前世でも古物商や骨董商はそんなものだとの話も知っていた。
しかし、それを踏まえた上でアヴェラはコンラッドに好感を抱いた。
「そこで商売の話です」
アヴェラは背筋を伸ばし堂々と言ってみせた。
「その全く売れない呪いの装備が売れるようになったらどうします?」
「ほほう、なかなか興味深い」
「呪いを何の問題もなく簡単に祓って不良在庫を有益な商品に変えてみせますよ。もちろん、ニーソの仕入れたナガミツソードも含めまして」
「なるほど。では、そちらの要求は?」
普通はここで出来るかどうか確かめようとする。だが、コンラッドは真っ先に要求を確認してきた。これは本物の商売人だとアヴェラは舌を巻きつつ気を引き締めておく。
「まずニーソのミスを不問とは言わないでも、問題を軽くしてやって欲しいです。それと、後は自分の為です。つまり……剣を一本用立てして欲しいのです」
「なるほどなるほど。まず三つ言いたい事がありますな」
コンラッドは指を三本立ててみせた。
「一つは、ニーソ君のミスはもともと通過儀礼として損害は織り込み済みですな。実際、これで彼女は仕入れの時により慎重となるでしょう」
「つまり失敗の経験をさせているのですか」
「ええ、もちろん。失敗しない人間はいません。とはいえ、なかなか豪快な失敗でしたが」
少し疑問だったのだ。新人が通過儀礼で呪いの装備を掴まされるのであれば、それを注意し防ぐはずだ。それをしないのは、人を育てる為ということらしい。身を切らせて骨を断つではないが、なかなかどうして商売人も凄いことをする。
「次の一つは、世の中には呪いの装備を欲しがる方もいらっしゃるという事です。ですから、たとえ呪われた剣でも、売ろうと思えば売る事はできるのですよ」
「コレクターの業は深いって事ですか」
「全てがコレクターではありませんよ。たとえば嫌いな相手に呪いの装備を贈るのですが、政敵や恋敵やいろいろですな。ですが、これはまあ大した問題ではない。普通に売った方が間違いなく儲かりますからな。最後の一つは、ありきたりな確認です。あなたは本当に呪いを祓えますかな」
真正面からじっと見られる。
その目に茶目っ気はなく、完全に商売人の目だ。
あのケイレブの威圧するような目とはまた違うもので。鑑定し真贋を見極め値踏みをし、相手の価値を推し量ろうとするような目である。
気の弱い者なら萎縮しそうなところ、アヴェラは嬉しくなってきた。
――ああ、なんて凄いのだろう。
コンラッドは前世で言えば大企業の社長のような人で、そんな凄い人が対等に話してくれる。一人寂しく孤独に死んだ、ただの冴えない男が今ここでドラマのようなやり取りをしている。
これが嬉しくならずにいられようか。
「実際やってみた方が早いと思いませんか?」
「まっ、そうでしょうな。では、呪われた剣を何本か試してみるとしましょうか。それが見事に祓えましたら、良い剣を見繕ってお譲り致しましょう」
「ありがとうございます」
「礼を言われるのは、まだ早いですな」
「早くはありませんよ。これはチャンスを頂けた事への礼なのですから」
「なるほど、これは一本取られましたな」
コンラッドは額に手をやり微笑んでみせた。
「よろしい、それでは試しましょうな。ですが、流石にここでは場所がマズいというものです。私は品を運びますので、ニーソ君は彼を奥の部屋に案内してさしあげなさいな」
会頭という立場のわりに、コンラッドは意外にもフットワークが軽かった。スタスタ奥に戻って行く姿はどこか楽しそうで――ふとアヴェラは思ったが、コンラッドもまた人生を楽しんでいるのかもしれない。
しかし、ニーソは不安そうなままだ。
「アヴェラの事は信じてるけど……本当に祓えるの? 期待してもいいの?」
「もちろんだ。ニーソのために頑張るさ」
「えっ、あっ……うん」
ニーソは頬を染めた。
潤む目でそっと見つめられるが、しかしアヴェラはそれに気付かない。既に心は呪いの解除に向けられ、その算段を立てていたのだ。
ニーソは軽く頬を膨らませ、バカと小さく呟いた。
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