第10話 異世界幼なじみはトゥンクしますか

 灰色石材を使用した建物は落ち着いた雰囲気だ。スッキリと簡素な見た目だが、よく見れば目立たぬ場所に細かな彫刻が施されている。入り口部分は雨宿りが出来る程度に奥まり、ドッシリとした両開きの扉があって全体にさり気ない高級感を醸し出している。

 良い店だと思ったアヴェラだが、近寄った扉の横に『コンラッド商会』とあっさりプレート一枚で記された文字に、ますます良い店だと感じ入った。

「お邪魔します」

 そっと挨拶しながら入った店内は、シックで落ち着いた雰囲気であった。

 石の壁はあえて一部にレンガが使用され、明るさがあり床は明るい木材が張られている。多めに設置された魔術灯の下に商談スペースのブースが幾つかあって、カウンターテーブル調の仕切りの向こうには整然とした商品棚が並んでいた。

「いらっしゃいませ。何をお求めでしょうか」

「何か良い剣がないかと探してます。見るだけでもいいでしょうか」

「ええ、構いませんとも。剣などの武具でしたら、このまま真っ直ぐ進んで頂けますか。武器専門の担当がおりますので、そちらが応対させて頂きます」

「ありがとうございます」

 歩きながら他のブースを失礼にならない程度に見ていくと、手前では何組かが商談の最中であった。どうやら客が商品を選ぶのではなく店が用意するらしく、店員が話を聞きつつ要望をまとめていたりしている。

 武器防具が置かれた付近に到着すると、待機していた担当の女性店員がやって来て――そして、お互いに面食らった。

「あれっ、アヴェラなの? どうしたの?」

「……ニーソじゃないか」

 緑色を帯びたショートの髪の相手は幼馴染みだった。

 アヴェラが冒険者になると決め、養成所に入る少し前の頃。どこかの商会に勤めが決まり、それから会っていなかったが、どうやらここで思わぬ再会であった。

 店の衣装を着た彼女を改めて上から下まで見やる。ほっそりした体つきはあまり変わらないものの、しかし随分と女の子らしくなった気がした。

 慣れない店で緊張していたが、アヴェラはようやく安堵できた。

「久しぶりだな、意外な場所の意外な再会で驚いたよ」

「そろそろ連絡しようと思ったのに……あのね、ようやく武器防具の接客を任されたの」

「接客なら店の顔って事だな、凄いじゃないか」

「アヴェラのお陰。ここを紹介して貰えたのも、計算とか教えて貰ってたからなの」

 前時代的なファンタジー世界で店に雇われるという事は、実を言えばかなり難しい。

 店側にとって人を雇う事は死活問題だ。

 雇った相手に辞め癖があったり、能力が足りなかったり、性格的に問題があったりと常にリスクが付きまとう。もちろん見知らぬ者を内部に招き入れるため、それが素性を隠した盗賊の手下や他店の送り込んだスパイという危険性は常にリアルに存在するのだ。

 そこで大事にされるのは縁故採用となる。

 前世においては諸悪の根源とされていたが、この世界では極めて有益なシステムとして作用している。つまり紹介する側にも面子や責任があるため、能力や人間性や家族構成まで見極め、これぞといった見込みのある者のみ身元を保証して紹介するのだ。

 ニーソが商会という破格の就職先を紹介されたのも、極めて高い事務能力を見込まれての事となる。もちろん、その容姿や穏やかな性格も大きく影響したに違いないのだろうが。


「ここに来たなら、何か買いに来たの?」

「冒険者になれたから、新しい剣を探そうかと」

「そっか頑張っているのね……それに引き替え、私は……ねえ、いつもみたいに助けて。アヴェラならなんとか……ううん、変な事言ってごめんね……」

 接客ブースでニーソは項垂れた。

 どうやら、仕事上でとんでもないミスをしたらしい。それでも精一杯平静さを装っていたところにアヴェラが現れ、ついに気が緩んでしまったようだ。

 その様子にアヴェラは及ばずながら助力しようと決めた。

 なぜならば、この幼馴染み女の子であるニーソは、前世の女性たちとは違って変な顔はしないし、話しかけてもくれるし、何より凄い事に笑いかけてもくれた。おかげで異性というものが、そんなに恐くもなければ嫌でもないと気付かせてくれたのだ。

 それで幼い頃は一緒に遊びつつ、調子に乗って読み書き計算に前世的なマナーや礼儀作法に立ち居振る舞い、行動規範や倫理感など。この世界では知り得ない情報まで教えてしまった。

 だから困っていれば苦労を厭わず助けてやりたいと思ってしまう。

「無理かどうかは、言わなきゃ分からないだろ」

「…………」

「さあ困り事を相談してくれ。何かできるかもしれない」

 一瞬の迷いをみせた後、ニーソは小さくしっかり頷いた。

「んっ……実は、初めて仕入れを任されたの。それでね、ビシュウ国のナガミツソードを上手く仕入れたの。それって名工作ってだけでなくって、+2まで強化されてる凄い剣なの」

「なるほど、それで周りに妬まれてパワハラかモラハラでも受けたか」

「違うの、そんなんじゃなくって。あのねその剣……呪いの剣だったの」

「ああ、なるほど」

 アヴェラは納得した。

 各神の加護があって魔法があって、モンスターとして死霊が彷徨く世界。

 命のやり取りする場で使われる武器防具はとても呪われやすい。大きな戦いがあれば一本や二本は呪われた装備が誕生するし、高位のモンスターを倒してもやはり誕生してしまう。

 発現した呪いの作用は千差万別。

 動きを阻害する呪い、モンスターを呼び寄せる呪い、強迫観念が付く呪い、周囲が全て敵に思える呪い。愛する者を殺させる呪い、人に忌み嫌われる呪い。中には性格が異性風に変化する呪いや、語尾が可愛くなってしまう呪いまであるという。

 なんにせよ、持ち主にとっては害にしかならない。

 しかし呪いを解除する事は困難だ。高位の魔術師か教会に依頼し祓って貰うしかないが、大きなリスクを伴うため依頼料も高額となる。もちろん成功しても品が消滅という場合もある。

 故に呪われた装備は、その事実を隠したままこっそり流通する場合が案外と多い。

 そしてトランプのババ抜きと同じように、運の悪いそして迂闊な誰かへと押し付けられるのだった。


「さっき会頭さんに報告が行ったとこなの。怒られるだけならいいけど、解雇されるかもしれないの。もし、そうなったら紹介してくれた親戚の顔を潰しちゃうよ。私、もうお終いかも」

 頭を抱えて嘆くニーソを、白蛇状態のヤトノが顔を出して見つめた。

「ふむ、御兄様が目をかけたニーソのためです。その会頭という者が問題であれば、ここはひとまず呪い殺し始末するとしましょうか」

「ヤトノ様違います、それやめて下さい」

 ニーソは小さな白蛇を拝み倒すようにして頼んだ。

 もちろん幼馴染みなだけにヤトノの存在を――さらにはそれが厄神という事まで――知っている。しかもやると言えば本当に呪ってしまい、それでどんな惨状が引き起こされるかまで、実際に見て知っているのだ。

 慌てて当然だった。

「遠慮などいりません。わたくしに打ち明けてくれた御兄様に対する気持ち――」

「あー! わー! 今はそれやめてー!」

「御兄様の事を――」

「わーーーっ! それ言ったらダメなのーー!」

 大声を出すニーソに、向こうで接客中だった店員が咳払いでもって注意を促した。それで余計に落ち込み、頭を抱え机に突っ伏してしまう。もはや魂が抜けたような顔であった。

 これでもヤトノは心配して励ましているつもりなのだ。

 なんにせよアヴェラはどうすべきか腕組みしながら考え込んでいる。

「そうだ、待てよ……」

 突っ伏すニーソのつむじを見つつ、アヴェラは閃いた。

「ヤトノ、ちょっと確認したい事があるけど」

「何でしょうか御兄様? ニーソめを助けてやる方法を思いつかれましたか」

「上手くすればだけど」

 そして幾つかの確認をし答を得る。

 アヴェラはにんまり笑い、ニーソの肩を優しく叩いて起こした。

「会頭さんに取り次いでくれるか、直接話をしてみたい事がある」

「えっ? ……そんな事を言われても、いきなり会頭に会うとか難しいのよ」

 ニーソの言い分も当然で、商会の長である会頭は他店との交渉、領主や市長といった身分の高い人々の相手をする立場にある。それだけに格が求められ、よほどの上得意ならともく、会いたいと言っておいそれと簡単に会ってくれる相手ではない。

 前世で言うのなら、突然押し掛けた会社で社長を出せと言うに等しいだろう。

 つまり非常識極まりない。

「悪いようにはならない。ニーソの仕入れミスを何とか出来るかもしれないんだ」

「でもアヴェラが謝ってくれても、どうにもならないと思うの」

 ニーソは自分で言い出した事ながら、思わぬ方向に話が進んでしまい困っている。きっと、単に愚痴がてら相談したかっただけなのかもしれない。

「大丈夫だ謝るわけじゃない。むしろピンチをチャンスに変えるだけだから」

「何か思いついたの?」

「もちろんだ。と言うわけで取り次ぎを頼む、もし会頭が会ってくれないなら……そうだな、父さんの名を出しても構わないから」

 トレストは正七位の下級騎士でしかないが、警備隊長という職にある。今日も警備隊が盗品バイヤーを取り締まっていたように、商会にとってはありがたい存在である。反面、心象を損ね睨まれてれては恐ろしい存在でもあった。

 その身内が面会を求めれば、商会の会頭とて簡単には嫌とは言えないだろう。

「おじさんの? でもアヴェラって、そういうの使うの嫌だったよね……」

「もちろん嫌だ。嫌なんだが、ニーソを助けるためなら手段を選ばない」

「……ありがと」

 頼もしい言葉を聞き、ニーソは頬を染めていた。

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