第9話 剣を探して彷徨いて

 街の広場にある青空市に多くの簡易店舗が並んでいる。

 青空の下に行き交う人々は冒険者風もいれば職人や市民、お忍び風に姿を隠した人やお付きにと様々。さらには種族も人にエルフやドワーフなど入り乱れ混み合い、活気が絶えず喧噪が凄い。

 市とは呼ばれるものの正式な市場ではない。

 元々は広場に行商や農家などが勝手に集まり商品をやり取りしだした事が始まりと言われている。そこに、いつしか職人の卵など自分で店を構えられないクラフターたちが拙い出来の品を売り出すようになり、今では都市の賑わいの一つとなっていた。

「こういう時にネットがないってのは辛いな……」

「ネットをお探しですか? 魚捕り用でしたら、先程売っておりましたよ」

「情報は嬉しいが、そのネットじゃないんだ」

 耳元で囁く白蛇ヤトノに答えつつ、アヴェラは右に左にと視線を向け歩く。

「でも、この雰囲気はいいよな」

 地面に布を敷いただけの店もあれば、簡易テントを組んだ店、どう見ても本格的な造りをした店まである。そこでは様々な品が売られ食料品も多いが、もちろん武器防具もある。

 駆け出し冒険者にとって、安価に装備を調える事が出来るありがたい場所だ。

 ただし玉石混淆のため思わぬ拾いものがある一方で、極めて品質の悪い粗悪品や偽物、さらには盗品があるため注意が必要となる。言わば前世のネットオークションみたいなものだろう。

「御兄様、あそこで剣を売っております」

 ヤトノは器用に尾を持ち上げ、ツンツンと簡易テントを指し示した。

 それなりに客が集まり物色中だ。アヴェラは近寄ると、背の低い亜人種の頭越しに商品を覗き込んだ。木の台上には剣が無造作に広げられ、どれでも一本三万Gと書かれた札があった。

 剣を探す者たちは掘り返すように探り、ガチャガチャと金属音が響く。

「…………」

 直ぐに肩を竦めて素通り、店探しを再開した。

 売り方が嫌だった。新米クラフターが修練中の品を出しているが、どう見ても失敗作を処分している感じだ。売る扱いが雑な点を見れば、製造過程だって雑に決まっている。

「気に入りませんか?」

「教えてくれて嬉しいが、今の店は止めておこう」

「構いませんよ。御兄様の満足する品を探しましょう」

「うーん、やはり青空市だと難しいか……そうかと言って購買所は品揃えが悪い……どこかの店を探した方がいいかもしれないが、そちらは予算的に厳しい。やはり青空市か……」

「今日ここで買うわけではありませんし。気長に探してみましょう」

「そうだな」

 もう少し進んでみる。

 しかしどこも同じような売り方をしており、良さげな掘り出し物はなさそうだった。

 そんな時、少し先にある屋台風の店がアヴェラの目を惹いた。

 布を敷いた上に丁寧に剣が置かれているのだが、ちょうど店の者が八万Gと書かれた値札に横線を引き、特価六万Gと直したところだった。

 初心冒険者がよく買う剣は指定購買所で五万Gで、それより少し高い。だがしかし元値を考えれば、かなりお買い得だ。


 アヴェラは近寄った。剣を見た感じ雰囲気は悪くなかったが、それ以上は手にとってみなければ分からない。どうすべきか迷っていると、威勢のよい声が響く。

「そこの僕っ、手に取るなら買っておくれよ」

「……はあ」

 面食らってしまったのは『僕』と呼びかけられたからだ。確かに見た目は若いがしかし、この『僕』と呼びかけられる程の若さではない。さらに元からの精神年齢の高さもあるので戸惑いが勝る。

 店の者はやや年配の男で、愛想はいいが腹に一物ありそうな雰囲気だ。

「触ったら買う必要がありますか」

「新米冒険者の僕は知らないか。剣ってものは、戦士様や騎士様の命なんだよ」

「はあ……」

「分かんないかな? 戦いで自分の命を預ける剣だよ。それを他人に触らせるのは、僕だって嫌だろう」

「そうですか? 剣は別に剣で――」

「あーぁ、もっと人の心の機微を学んだ方がいい。そうでないと長生きしないよ」

 海千山千の雰囲気の店主は思った事をそのままポンポン言ってくる。

 それなら職人や商売人が触れた場合はどうなのかと思うのだが、どうやら験担ぎのようなものなのだろう。しかし二本目の剣を使う経験からすると、やはり一度は手に取って軽くでも振ってみなければ具合や癖が分からない。

「僕ねえ、冒険者として大成したければ武器に使う金を惜しんではいけないよ。名剣を持ちなさい名剣を、名剣を持たないとモンスターに食われて死んでしまうよ」

 店主はからかうように言った。

「この剣はお得でね、もう直ぐにでも売れてしまうよ。さっきも見るからにベテランって冒険者の人がね、これを買おうか悩んでいたよ。もう一本迷ってる剣があるとかで、今はそちらを見に行ってしまったけど。でもまあ、見て御覧なさいよ。これは良い剣だろ」

「まあ……そうですね」

「その人に、もう少し値下げして欲しいって言われてね。確かにそれもそうだと、ちょうど思い切って値下げしたところさ。どっちにしろ、あの人が戻って来たらだ。これを買うだろねぇ、間違いなかろうよ」

 チャンスは今しかなさそうだ。

 しかもベテラン冒険者が迷う程の品なら、きっと悪くはないはず。値下げもしているのなら、これはもう買うしかないだろう。このチャンスを逃したら、こんなに安くは手に入らないかもしれない。

「じゃあ買おう――」

「おおっと、アヴェラの坊ちゃん。それは止めといた方がいいですぜ」

 そこに野太い声が割り込んだ。

 振り向くと鉄槍、鉄兜に鎖帷子、赤いコートを装備した兵士がいた。髭面の強面ながら、ニッと笑った顔は案外と人懐っこさがある。

「ビーグスさん?」

 知り合いの登場にアヴェラは軽く驚きの声をあげた。しかも、他にも何人かの兵士たちが揃っている。もちろん全員が顔見知りであるのは、いずれも父親トレストの部下だからだ。ときどき家にも遊びに来ては――それは主に給料日前――カカリアの振る舞う手料理を食べていく。

 アヴェラにとっては、そんなわけで顔見知りの連中だ。


「そういえば、ここは父さんの管轄だったか……」

 呟くアヴェラを余所に、兵士たちは店の男を拘束し商品を回収しだした。

 周りの店や買い物客は一瞥するものの、大して気にした様子もない。そこからすると、こうした事はよくある事なのかもしれない。

「えーっと、もしかして盗品だった?」

「そのバイヤーですな。ちなみに坊ちゃんが買おうとした剣は盗品ではないですな。ですがねぇ、昨日までの値札は五万G、ちなみにベテラン冒険者なんて奴は来ちゃいませんぜ」

「つまり……騙されかけたと?」

「損する前に良い勉強になったでしょう」

 カラカラと笑った兵士たちであったが、打って変わって鋭い目になった。

「うちの旦那んとこの坊ちゃんを騙そうとは、こいつ徹底的に絞り上げてやるからな。お前、覚悟しとけや」

 手荒く小突かれ、店主は震え上がっている。

 だがしかし、それでもまだ幸運だったに違いない。なにせ厄神たるヤトノがぶつぶつ怒りの声をあげているのだから。もしビーグスが脅しをかけねば、何か恐ろしい呪いが発動していたかもしれないのだ。

 どちらがマシかは、考えるまでもなかろう。

「なるほど勉強になった。だから、ほどほどの扱いで構わない」

「へいへい。それよか坊ちゃん、冒険者になりなすったとかで。おめでとうございます」

 ビーグスの言葉に、他の兵士たちもそろって祝いの言葉を述べている。おかげで、辺りの店や買い物客から注目されてしまうほどだ。

「ああ、もう知れ渡っているんだ……」

「そらもうね。トレストの旦那ときたら、もう大喜びで。あちこちで自慢してらっしゃいますぜ」

「…………」

 アヴェラは帰ったら釘を刺しておこうと誓ったが、もう手遅れかもしれない。この分であれば、アルストルの全兵士がアヴェラが冒険者になった事を知っている可能性があった。

「そりゃそうと、剣を探しておるわけでしょう。俺から言わせて貰えばですがね、ちゃんとした店で買った方が良いってもんですぜ」

「そうかな?」

「青空市の方が安くて便利と思う奴は多いです。掘り出し物もあるかもしれんです。ですが、それ以上に偽物や粗悪品が多いんですわ。自分の命を預ける武器なら、ちゃんとした場所でお買いなさい。というわけで、どこかの店を覗いた方がいいですぜ」

「なるほど。だが、どの店が良いのか分からないのが問題なんだ」

「はっ、俺らを誰だと思ってます?」

 ビーグスは自分の胸をドンッと叩いてみせた。

「この街の店なら、売り物の質から店主の性格。どこと繋がりがあって、どんな売り方してるかまで把握してますぜ。いやむしろ、そんなのはトレストの旦那が一番詳しいんですがね。なんで聞かんのですかい」

「それ、父さんに聞いたらどうなると思う?」

「あー、そらそっすね」

 ビーグスは空を仰いだ。

 トレストの親バカぶりは兵士の間で有名に過ぎる。

 もしアヴェラがトレストに聞けばどうなるか、それはもう一生懸命に教えてくれるだろうが最後には店まで付いてきて説明をしだしかねない。もちろん、その時にはカカリアだって来るだろう。親同伴で武器を買いに行くなど遠慮したところだ。

「それなら、あっしらに聞いて下さればいいのに。水くさいですぜ」

「わざわざ行って、仕事の邪魔したくなかった。と言うよりは、父さんに知られたくなかっただけだが。まあこうなれば丁度いいか、どこか良い店を教えてくれるかな?」

 アヴェラに訪ねられたビーグスは明らかに張り切った様子だ。

 話を聞きつけた他の連中も集まり、どの店が良いかを相談しだす。

 全員がアヴェラを子供の頃から知っており、それぞれ兄貴気分でいるのだ。この分であれば、捕まった店の男の扱いは相当酷くなりそうだった。

「老舗と言えばグライキ商会だが、あそこはなぁ」

「あそこはなぁ、お高くとまった貴族様か常連しか相手にしないだろ。駄目駄目、バッターモン商会並に駄目だ」

「チイマイ商会は高いわりに、ぱっとせん。坊っちゃんには相応しくない」

「クリボッタ商会もなぁ、利益追及だろ。しかも金に細かい大女将が仕切ってる」

「ほんならヤシマヤ商会ならどうだ? 店主は変わり者でも品はいい」

「だめだめ、最近少し売り方が変わっただろ」

 やいのやいのと騒ぎ立てるのだが、流石に店の事に詳しい様子だ。

 こんな往来で公僕がそんな事をすれば、別の世界であれば大問題大炎上に違いない。しかしここは異世界で、何の問題もなく気にする必要もなかった。

 ややあって、アヴェラに紹介すべき店が決まる。

 ビーグスが代表して咳払いした。

「と言うわけで、コンラッド商会を勧めやすよ。あそこは商売とはいえ、義理も人情もある店なんで。品は良いし何より売り方が正直なんでね」

 こうなると、皆が選んでくれた店に向かうしかなさそうだった。

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