第7話 冒険(初心)者

 都市近郊にある遺跡に入る為には、入り口の見張りに許可証を見せねばならない。

 ある程度慣れると顔パスのようだが、成り立て冒険者は受講生と見分けがつかない。だから確認は念入りとなって、じっくりしっかり許可証を見られた後に許可が出た。

「通ってよーしっ! おらぁっ早く行け!」

 見張りの男は偉そうに言って、犬でも追いやるように手を振った。少し前に女性冒険者を相手にしていた時は、頬をだらしなく緩ませていたものが随分と違う。

 アヴェラが奥へと進みつつ貴重品入れの革袋に許可証を戻していれば、襟元から顔を出した白蛇状態のヤトノが不満そうに後ろを睨んでいる。

「なんと無礼な、何様のつもりでしょうか」

「いいじゃないか、他に威張る機会もないのだろ。それを思えば微笑ましいぐらいじゃないか」

「ふむ……憐れな人間という事ですね」

「そういえば、あの見張りもクエスト受注でやるらしい。掲示板で見たが、継続があって結構率が良い内容だったな。定期収入になるから人気らしい」

 まだ見ぬ場所に足を踏み入れるという事でアヴェラは上機嫌だ。

 そこは古びた遺跡で、初心者が挑む探索地点となる。

 ここが出発点となって、各地の草原や火山や湿地や様々な探索地点に迎えるようになるのだが、まずはここがスタートだ。

 入る時間をずらされた事もあって、先行者の姿も見当たらず静かなものだった。

「まだ見ぬ敵に冒険か、これだこれ。こういうのが楽しみなんだ」

「気合いを入れて参りましょう」

「もちろんだ。さてと、何が出るかな」

「それはモンスターの事でしょうか、お宝の事でしょうか」

「もちろん両方だ」

 アヴェラはケイレブに貰った訓練用の剣を引き抜き一振りした。つくりはほぼ同じはずだが、微妙に振り心地が違う。これまで同じ剣しか使っていなかったため、これは新発見で何か妙に嬉しい。

 ニョロニョロッと動くヤトノは、鎌首を持ち上げ辺りを見回した。

「御兄様、まずは新しい剣の具合を再度確認しましょう。周りの警戒はわたくしも行いますが、ちゃんと慎重にですよ。それからポーションは右腰に三瓶と左腰に一瓶です。携帯食料はリュックにありますけど、一度に食べては駄目なんです。でもお水は喉が渇く前に少量ずつ飲んで下さいよ。それから無理せず適度なところで切り上げられるよう、あんまり入り口から離れてはいけません。だって今日は様子見ですからね」

「なあ、ヤトノ」

「はい何でしょうか御兄様」

「少し黙ってくれないか」

 流石に耳元で長々と話されると気が散る。何よりこれでは、過保護な母親が同伴している気分だ。もちろん、そんな経験はこれまでないため物のたとえ。流石にあのカカリアとて、ここまでは付いてこない……はずだ。

「はあ……まったく、こんなに心配しているのに。いいですいいです、御兄様なんて知りません。ヤトノは静かにして引っ込んでおります。ですから、何があっても知りませんからね」

 ふて腐れ気味のヤトノはアヴェラの首で一周すると、自分の尾を咥えてしまった。まるでネックレス状態だが、これは拗ねた時の仕草で喋らないと態度で表しているつもりらしい。

 とはいえ、何かあればすぐに口出しをしてくるのが常なのだが。

 アヴェラは真新しい剣を手に心弾ませ、そして言われた通り慎重に歩きだした。


 ミニクィークが現れた。

 アヴェラの攻撃。命中、ミニクィークを倒した。

 それぐらいあっさりと戦闘は終わり、むしろ拍子抜けしたぐらいだ。ただし、あっさりとは言えど生き物の命を奪った事は変わらず、軽く手を合わせた。

 そしてミニクィークの肉体は消えていく。

 こうした探索地点は何とも不思議だ。

 たとえば遺跡の中の空気は少しも濁っていない。さらに照明もないのに、見通しが聞く。そして一番はモンスターの存在だろう。

 何人も何組もの冒険者が訪れ、数え切れないほど倒しているはずが、モンスターは自然と湧いて尽きる事がない。もちろん倒した死骸は自然と消えてしまうのだ。

「理屈を考えても仕方が無いな。先に進むか」

 歩きだす前に気付き、ヤトノに注意されていた通り水袋から軽く一口飲んでおく。

 首元のヤトノが軽く動いたが、直ぐに大人しくなる。きっと何か言おうとして、しかし今は拗ねモードだったと思い出し止めたに違いない。

 だが、もう少し放っておけば、勝手に喋りだすはずだ。

 しかし……しかし、一人で黙々と歩きだせばという気持ちが強くなる。これではまるで、前世のような孤独さだ。やはり冒険は誰かと共にあらねばならない、そうでなければ楽しくない。

「なあ、ヤトノ」

「…………」

「おいヤトノ。さっきは悪かった、許してくれ」

「仕方がありませんね、御兄様は」

 アヴェラが言い終わるとほぼ同時に、ヤトノは喋りだし待ちかねていたように飛びだした。そして姿を変えると、遺跡の石床の上にひらりと降り立つ。長い黒髪が少し遅れ追随するように揺れる。胸の前で手を嬉しげに合わせるのだが、白い衣の袖は丈は長く少しだぶついているぐらいだ。

 そして見るからに上機嫌そうに、軽く口を尖らせている。

「わたくしは別に怒っておりませんよ。ただちょっとだけ、御兄様から謝罪の言葉を頂いてみたかっただけなのです」

 元気に言ったヤトノはアヴェラの隣に並ぶと、そっと身を寄せ手を繋いでくる。ちらっと見れば、軽く見上げ勢い込んできた。

「それでは参りましょう。二人の愛で全ての敵を呪い殺すのです」

「愛で呪いとか何を言っているんだ」

「あら知りませんか、愛も呪いも相手を束縛し縛り付けようとする点では同じですよ」

「そうなのか……」

 少し考え込んだアヴェラであったが、呪いでは一家言ある厄神の一部が言うのだから、きっとそうなのだろうと納得する事にした。


 この遺跡の壁はゴツゴツしている。噂程度の話では殆ど同じ景色なのだという。

 なんにせよ閉鎖空間だけあって音がよく響き、スカウト系能力を持っていなくとも、敵の接近に気づける程だ。アヴェラは前方から接近する四つ足獣に剣を構える。

「犬か? それにしては大きいな」

「グアイオラーレですね、牙に若干の毒があってここの難敵だそうです。確か全滅要因の第一だったはずですね。ただし男性の場合ですけど」

「なるほど、それなら女性の場合の全滅要因は?」

「クィークだそうですよ。ただし死んで全滅ではなく、苗床コース直行だそうですけど。救助されてもPTSDもあって活動を続けられないのだそうです」

「うーん、やばいな」

「まあ、クィークの中でも趣味で男性を襲う場合もあるそうですけど」

「見かけたら絶対に駆除しよう」

 気軽な会話だが、前方から接近するグアイオラーレは三匹。低い唸りをあげ、完全にアヴェラとヤトノをロックオンしている。走って逃げたところで、逃げ切れる相手ではない。

 実を言えばピンチだ。

「今の御兄様ですと、これは少し厳しいですね。仕方がありません、ちょっとだけお手伝いをさせて頂きましょう」

「まさか、また力を使う気か!?」

「そのまさかですが、今度こそ大丈夫です。わたくしは学ぶ女なのですから。さあ、ちょっと張り切って援護してみせましょう」

「おい、言ってる事が不安だぞ」

 アヴェラが必死となるのは、ヤトノが自重せねば力の反動で厄が降りかかるのだ。

 とはいえ、確かにグアイオラーレ三匹を相手となれば少し自信がない。覚悟を決めて見守れば、ヤトノは前に出ながら長い丈の袖をまくり、ほっそりとした腕を露出させグルグル回した。

「いきます、本体権能微少限定解除。ちょいさー!」

 軽い気合いの声と同時に、可愛らしいぐらいの素振りで腕が掲げられた。

 瞬間、グアイオラーレたちが戸惑うように足を止めた。それは明らかな怯えの仕草で、どうやらヤトノは今度こそ自重してみせたのだろう。

 それでもアヴェラの全身に重圧のような反動が降りかかっていた。

「ぐっ……」

「御兄様、今です」

「わかった……!」

 全身の気怠さを振り払い、アヴェラは気合いを入れ突進。剣を振りかざすが、恐怖し怯えきった相手であれば調子が悪くとも問題はなかった。

 モンスター素材の牙が三つ残される。

「分かっているが……辛いな……」

「でしたら、強くなって下さいませ。わたくしの援護など必要ないほど……いえ、それはダメですね。わたくしが御兄様のお手伝いが出来ぬなど、却下です却下」

 ヤトノは石床を素足でぺたぺた歩き、ちょこんと屈み込むとグアイオラーレの残した牙を幼女のように拾いあげる。そして小走りで戻っては、笑顔のまま両手で差し出した。

 お手伝いでも、こんな具合なら何の問題もない。むんずと受け取ったアヴェラはそれを袋に入れた。袋の大きさに対し、中は殆ど空だ。

「早くこれが一杯になるほど集めたいな」

「最初からそれは無理ですよ」

「分かってるさ。だが、次からはもう少し集めて稼ぐさ」

 探索都市はこの素材を様々な事に用い、たとえば加工し貴重な品を生産したりもする。流石にこの遺跡のような、初心者向けの採取地点の素材では大した価値にはならないが、宝箱を含め探索地点からの産物は都市の基幹産業の一つとなっていた。

 そのため素材回収は奨励されており、持ち帰ればお金に精算されるのだ。

「取りあえず今日は様子見だからな、帰るとするか」

 軽く疲れた気分のアヴェラは踵を返した。

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