第5話 鶏口となるも牛後となるなかれ
「これより説明を開始する」
大講義室で、昨日の試験官が一方的な口調で話しだす。
「まず最初に言っておこう、合格おめでとう。僕は今年合格した冒険者にガイダンスを行うよう命じられた運の悪い教官、ケイレブだ」
成り立て新米冒険者たちは、これからの冒険を思いやり期待と興奮で落ち着かない。そわそわしながら目を輝かせ、前のめりとなって話を聞いている。
「今後も関わりがあるだろうから、少し自己紹介しておこうか。僕の受け持ちは戦士基礎概論、冒険者としてやっていく上で必要な講義に実戦を行う。受講するかしないかは勝手だが、一度は顔を出して履修しても損はない。その他には専門科目は戦士戦闘術、スキル科目は戦士スキルⅠからⅣまで教えられる。他の教官もだが、いつ授業を行うかは掲示板で知らせる。それを見て講義に参加するように」
前に立つケイレブは眼光鋭く、ただ者ではない雰囲気を醸しだしている。二十代後半ほどの若さと見えるのだが、前世の同じ年代と比べては失礼なぐらい堂々として覚悟のようなものがあった。
さながら一流アスリートのような雰囲気が漂わせ、数少ない上位冒険者である事は間違いない。
実際、新たに冒険者となった者たちがケイレブを見る目は憧れのスターに対するものだ。その一挙手一投足に目を輝かせながら注目している。
「さてガイダンスだ、そうガイダンスをせねばならない」
ケイレブは自分の頭をガリガリと掻いた。
「君たちは検定に合格した事で、最低限冒険者として認められるようになった。探索地点に入る事は自由となり、それから大図書館が開放される。武器防具も自分の好みで選べるようになり、低ランククエストを受注し些少ながら稼ぐ事も出来る。これこそが輝かしい冒険者生活の第一歩ってものだろう」
室内の百人近い者たちは、これから訪れるであろう明るい未来に思いを馳せ、期待と希望を抱きつつ、それを体現した存在であるケイレブを憧れの目で見る。
けれど――。
「そんな希望は捨ててしまえ」
ケイレブは口の片端を上げ笑った。
皮肉るように、小馬鹿にするように。居並ぶ者たちに声を投げかける。
「なぜなら一年後には、ここにいる半分しか残らないからだ。理由は冒険者という生き方が極めて過酷。それも君らの想像よりも遙かにね。モンスターに受けた傷で死ぬかもしれず、または生きたまま喰われる事もある。クエスト依頼人に騙され口封じで殺されるかもしれず。報酬を巡り信じた仲間に裏切られる事もあれば、同じ冒険者に襲われ死ぬ事だってある。そこらの罠であっさり死ぬこともあれば、道に迷い食糧が尽き飢えて渇いて儚く死ぬことだってある」
最初は僅かにざわついた室内であったが、直ぐに静まり返る。ケイレブの力強い言葉には、現実を見て体験してきた者ならではの説得力があった。
「仮に生きて冒険者を続けたとして、待ち受ける運命は過酷だ。いずれ歳を重ね身体が動かなくなくなるか、仲間の死に心折れる事もある。クエストに失敗し借金を背負う事もあれば、病に倒れ稼げなくなる事だってある。その先に待つ貧困のまま生き続けるなら、さっき言ったような死に方をする方がまだマシかもしれない。途中で逃げる者は賢いが、もっと賢ければ今のうちに冒険者になる事を止めるべきだろう。これから先は今までとは全く異なる。なぜならば冒険者として扱われるからだ」
完全に大講義室の中は静まり返っていた。
現実を突きつけられ不安になる者よりは戸惑う者の方が多い。
それはアヴェラとて同じだ。実を言えば冒険者になれた喜びで浮かれ、根拠のないまま自分の成功を思い描いていたのだ。それもかなり。
ふとケイレブが視線を僅かに動かす。
アヴェラは自分が見られていると感じた。
「出来れば、ここで早めに決断して欲しい。これだけの人数を面倒みるのも大変なんだ。我々教官は、誰もが皆そう思っている。君らに死なれると都市としても処理が面倒なんだ。ああ、死体処理の事ではないよ。死体など残らない場合が殆どだし、我々も回収する気などないからね。つまり遺族にお悔やみの手紙を書くのが面倒という事だよ。うん、だから早めに辞めてくれた方が心底楽だ」
眼力による圧迫。
言葉と共に早く辞めてしまえと命じているかのようだ。
「確かに成功した冒険者はいる。そうした者は名誉に富を得て他の者から憧れを受け、尊敬されるかもしれない。だが、それは極めて一部でしかない。はっきり言っておこうか。ここに居る大半が日々の暮らしに精一杯なまま人生を終えるだろう。疲れきった身体で安アパートに戻り、僅かに得た報酬で安酒を飲み、こんな筈じゃなかったと愚痴を零し、栄光を掴んだ冒険者を羨みながら生きて人知れず消えていく。それが君らの憧れる冒険者という存在の実態だ」
その言葉にアヴェラはケイレブの視線に睨み返す。
いま言われた事は生きる世界こそ違えども、まさに前世の自分そのものを示している。
どう足掻いても上手く行かず、途中から足掻くことすら諦め薄い絶望と共に終わった人生そのものではないか。しかし――あの空虚な気分は二度と味わう気はない。
誰がそうなるものかと睨み返し、視線の攻防をしばし続ける。
ニヤリと笑ってケイレブが視線を逸らした時には、アヴェラは額に汗をかきさえしていた。
「それでも冒険者をやりたい、そう考える愚か者もいるだろう。だから僕は教えてやらねばならない。ある程度の成功を掴むためには、どれだけの実力が必要なのかという事を」
講堂は静まり返り、物音一つしない。
「覚悟の出来た者は戦闘の出来る状態でグラウンドに集まるように」
ケイレブが口の両端を上げ獰猛な笑いをみせれば、顔すらあげられな者が何人も存在していた。
◆◆◆
グラウンドに集合した者たちは明らかに減っていた。
先程の説明を聞き冒険者になる事を諦めたのだろうか、アヴェラの見たところ八割ぐらいだった。その残った中にウィルオスを見かけるが、互いに声は掛けない。
流石にパーティを断った後という事もあるし、何よりこれから始まる事に集中したいからだ。
ケイレブが現れると残念そうに肩を竦め、手にした棒で肩を叩く。
「なんだ、思ったより残っているじゃないか。どうやら今回の合格者は賢くない者が多いらしい」
使い込まれたハードレザーの服に古びた外套。これなら街の衛視の方が立派な装備だ。しかし、誰もそれを侮る事はない。存在感というものが全く違い、立っているだけで威圧感を覚える。
間違いなくケイレブは強い。
「では現実を教えてやろう。手加減はする、好きにかかって来るといい」
ケイレブは百人に近い相手に向け、片手で差し招くよう合図した。
もちろん、だからと言って誰も直ぐには動かない。
戸惑い顔を見合わせ、躊躇しながら他の者の様子を窺い牽制し合うばかり。だから――アヴェラは地を蹴って前に出た。
周囲は尖塔や講舎が囲むグラウンド。
新米冒険者の誰がどんな行動をするか観察するため、こんな場を設けたに違いない。今この瞬間も、他の教官が評価をしているはず。
そこから導き出される答えは――集団面接。
アピールポイントが少なければ、自ら手を挙げ率先し積極性を示さねばならないのだ。
「せいりゃぁ!」
気合いと共に、あえて真っ向から斬り込む。
どうせ相手は上位ランクの冒険者、絶対に勝てる相手ではないのだから遠慮はしない。全力で剣を振るえば、その鋭さと速さには周りから驚きの声さえあがる程だ。
ケイレブの腰が僅かに沈み迫る。
視認できたのはそこまで、アヴェラは横腹に衝撃を受け倒れた。手加減はされたはずだが、全身が痺れるような傷み。何が何だか分からず、自分がかなり強いと思っていただけに、それは驚きとショックでさえある。
しかも、反射的に防ごうとした剣が折れている。
「くっ、やられたのか……」
身を起こすだけで激痛。何とか顔を上げれば、同様に考えた何人かがケイレブに挑むところだった。
アヴェラの襟元から、白蛇状態のヤトノがにょろっと顔を出す。
「御兄様、痛み具合はどうですか」
「実は息をするのも辛い」
「しゃーっ! あの男め手加減が足りません、呪い殺してくれようか」
ケイレブがまた一人を打ち倒し悶絶させた瞬間、黒髪を後ろで束ねた少女がバックスタブを仕掛けた。なかなかの素早さで、それこそ影から現れるように襲い掛かる。
タイミングとしては絶妙だったが相手が悪すぎた。
ケイレブは奇襲を見もせず回避し棒を振るうた。少女は男女平等容赦なしアタックを受け、きゅーとか声をあげつつ両手を投げ出しばったり倒れた。
「あんな子、いたっけ?」
「気になりますか。胸も大きめですし、御兄様はああいうのも好みですか。ふむふむ」
「そうじゃないだろ……おっ、あっちの子凄いな」
金色の髪をした小柄な少女は、体格に合わない訓練用の剣を軽々と振るう。
恐ろしい勢いで斬りかかったと思えば斬り結ぶ。まともに一合二合と剣を打ち合わせるのは、恐らくこの戦いが始まって初めてかもしれない。なんにせよ、その猛攻をただの棒で剣を払うケイレブの技量は相当なものだろう。
「ものっそいのう! よかろう、我は全力でいかせて貰うのじゃって!」
嬉しそうに叫び剣を振り回し攻撃を繰り出している。さすがのケイレブも、そりゃないと呆れ気味に付き合っている雰囲気があった。
他の者はもう完全に引き気味で、遠巻きにしているぐらいだ。きっと厳しい現実を思い知らされているのだろう。
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