第2話 合格または不合格

 世界には様々なモンスターの脅威が存在する。

 だが人類種は逞しかった。強大なモンスターに挑んでは倒し、そこから得られる素材を活用するようにさえなったのだ。

 さらには豊富に素材を得られる地点に拠点を構え、冒険者と呼ばれる者たちが積極的にモンスターを駆り出すようになる。やがて冒険者の支援施設ができ、得られる様々な素材を加工し流通させる施設がつくられ、新米冒険者の養成所まで設立された。

 そこは人々の暮らす街となって、経済物流安全とあらゆる面でなくてはならない存在となり――探索都市と呼ばれる街が誕生した。


 アルストルと呼ばれる都市は近隣に多くの採取地を抱えた世界有数の探索都市だ。そのフィールドから得られる素材で潤い商業は活発。その盛況ぶりは王都すら上回り、アルストルを治める大公爵の権勢は国王に匹敵するとさえ言われる。

 その都市では毎年数多くの冒険者が誕生し、そして同じだけ死んでいく。

 とはいえ輝かしい未来を夢見る者は、自分は必ず成功するのだと根拠無く信じ込み集まってくるものだ。今日もまた養成所の一室に卒業検定を終えた冒険者の卵が大勢集っていた。

 遺跡の中で激しい戦闘を行い汗をかいた者ばかりのため、室内には独特の臭いが立ちこめている。全員が同じ状態のため誰も気にはしていないが、それはかなりのものだ。

 ざわつく環境の中でアヴェラは落ち着かない気分でいた。隣りに並ぶウィルオスも同じ気持ち――と言いたいところだが、そちらはどうやら少し違う。

「なあなあ、あそこのエルフって良いと思わない? 腰から尻のラインがセクシー!」

 この世界にはセクハラという言葉はないのだと、アヴェラは改めて実感した。

「君より遙か年上と思うけどね」

「年上万歳、俺はロリは範疇外だけど上は何歳でもオッケー」

「あっそう……」

 やはり臨時とは言えパーティを組んだ後なので、それなりに気安い関係で口調となっている。しかし、左右を見回しては女の子の品定めをしては意見を求められるのは勘弁して欲しかった。周囲の女性たちの白い目があるので同類と思われたくない。

 特に今はそんな気分でもない。

「お前、どしたん? 戻ってから元気ないけど」

「頭痛が痛い……」

「そうか治癒術士のとこ行くか、行くならつきあうぜ」

「いや大丈夫、気にしないでくれ」

 どうやら頭痛ジョークはウィルオスには通じなかったらしい。

 なんにせよ、今は本当に頭が痛い。さらに身体が怠く重く気持ち悪く、これを例えるならば最悪の二日酔いで迎えた朝の気分だ。もちろん今はそれが原因では無いのだが。

「くそっ、お前が暴れたせいで……」

 アヴェラは呟き左腕を軽く叩いた。

 そこで何かがビクッと身を縮める気配はあるが、しかし辺りを見回すウィルオスは少しも気付いた様子はない。気にしないよう言った言葉を真に受けてか、平然と話しかけてくる。

「それよか、あのオインクは何だったわけ。お前何か訊いてる?」

「養成所の手配ミスって話らしいけど」

「で、オインクはどうなったん?」

「さあ? ごめん頭痛いから……」

 頭痛を理由に言葉を濁すが、あながち言い訳とばかり言えない辛さがある。ぐったりするアヴェラの様子を心配そうにするウィルオスであったが、そこで試験官の一人が入室してきた。

 慌てて姿勢を正し座り直すのだが、思わず全員がそれを行っている。

 気怠いアヴェラが苦労して身を起こすと、使い込まれたハードレザーの服に身を包んだ眼光鋭い男の姿があった。そのいかにも歴戦の戦士といった雰囲気に、百人近い受講生が圧倒されていた。

 室内はたった一人の男の前に静まりかえった。

「これから卒業検定の結果を発表する」

 その言葉に皆が固唾を呑んだ。これに合格すればクエスト受注や武器使用制限の解除などが許され、いよいよ冒険者になれる。

 冒険者は都市の花形職業、皆の憧れだ。

「合格者の番号を読み上げていく。もちろん呼ばれなかった者は不合格だ。しかし、その前に警告しておく。合格したからと、周りの事も考えず大声で喜ぶ奴は合格を取り消す。理由は言わないでも分かるな。では、始める。二番、三番、六番――」

 次々呼ばれるが座った席と番号が連動しており、それで各人の様子が良く分かる。合格した者は密かに喜びを噛みしめ、呼ばれなかった者は机に突っ伏す。中には泣きだした者もいるぐらいだ。

 不合格であれば冒険者の才能なしと判定されたに等しい。

 挑戦は何度でも出来るが、次の検定は一年後。再受講の費用だけではなく、滞在費も考えれば金銭的負担も大きい。そのため不合格となった者の大半は挫折し、故郷に帰るか別の人生を歩むのが普通だ。

 アヴェラはようやく呼吸も穏やかとなって、身体の辛さも治まりだした。自分の番号札に記された八十三番の文字を確認する。もう何度も見て確認し頭に叩き込んだ番号だが、ついどうしても確認してしまう。

 ここで合格せねばならない。

 両親から期待されているし、何よりアヴェラも冒険者に憧れている。ずっとずっと昔の、それこそ赤ん坊になる前から憧れ夢想していた。

「七十七番、七十九番――」

 試験官は淡々と読み上げていく。

「八十番、八十一番、八十三番、八十四番――」

 アヴェラは声を出さず喜びを噛みしめた。

 ふと見ると反対側の席、つまり八十二番の少年が目と口をまん丸にして呆然としていた。自分の番号が呼ばれなかった現実が受け止められないらしい。

――その気持ちはよく分かる。

 皆が成功する中で自分一人が置いてきぼりにされる絶望。どうにもならない現実を信じたくない気持ち。アヴェラにはそれがよく分かる。

 慰めるように静かに頷いてみせたのだが、それで少年は表情を強張らせ席を立ち泣きながら走り去ってしまう。どうやら、かえって傷つけてしまったらしい。

「しまったな……」

 自分の失敗に気付いたアヴェラは合格の喜びに一点の傷を残した気分だった。


「以上で合格発表を終わる。合否基準に不満がある者は、後で総務課に行くように。まあ、過去に不合格が覆った例は一度もないがね。無駄な時間を費やしたければ精々抗議するがいい」

 試験官の男は皮肉げに告げた。

「合格者は明日、大講義室に集まるように。細かい説明はそこで行う。では、解散!」

 それで役目は終えたとばかりに出口にむかっていく。

 姿が消えた途端、雰囲気が弛緩。

 合格者が声をあげ室内は喜びに沸きたった。そうして騒ぐ者たちの横を、不合格者が失意のまま出て行く。両者の運命が別たれた瞬間だ。

 アヴェラは肩の力を抜いた。

 ようやく安堵し左手首を優しく撫でていると、それに気付いたウィルオスが身を乗り出し覗き込んだ。さらには不躾にも腕を掴み引き寄せる。

「うおっ、白蛇だ!? もしかしてこれ使い魔か?」

 アヴェラの腕には、小さな白蛇が巻き付いていた。

 それは指よりも細い身体で頭をもたげ、緋色の瞳を向け細い舌をチロチロ見せた。その後は大きく口を開け威嚇までして不機嫌そうに見える。

「まあ、そんなところだ」

「なんだよ、もう魔物と契約してんのかよ。しかし蛇ってのは勿体ないだろ」

 ウィルオスが顔を近づけると蛇は明らかに小馬鹿にした様子をみせ、相手にしていられないとばかりにスルスルと服の中にひっこんでしまう。

「魔物使いの才能があるならさ、契約解除してもっと凄いモンスターを選べばいいだろ。俺だったら絶対サキュバス、サキュバス一択! お前も蛇なんてやめて、サキュバスにしようぜ!」

 その大声は室内に響き、女性たちが白い目どころか、軽蔑の目を向けてくる。自分まで同類に見られてしまいそうで、アヴェラは笑顔できっぱり言った。

「実際に襲われたら、そんな事は言えないと思う」

「サキュバスに吸われて死ぬなら男の本望!」

 大声で宣言するウィルオスにアヴェラは尊敬の念さえ抱いた。人前でこんな宣言をするなど思っても出来ない事だ。やりたいとは欠片も思わないが、凄いとは思う。

「ところでなんだけどな……明日から新米と言っても、俺たち冒険者だろ」

 そのウィルオスが鼻の頭をかきつつ、言いにくそうに口ごもる。

「探索はソロだとキツイって言うし。良かったらパーティでも組まないか? 俺たち臨時でも、けっこういい連携取れてただろ。どうかな?」

「それは……」

「他にも何人か誘ってっけど気の良い連中ばっかだ、お前も気に入ると思うよ。でも、もちろん先約があるなら、そっちを優先して貰って構わない。良かったらってことで」

 受講生をソロで過ごしたアヴェラにとっては思ってもない誘いだ。

 自分という人間を認めてくれて、見込んでくれて誘ってくれている。かつての人生ではない事で、今の人生のありがたさを増してくれる。とてもありがたい事だが、しかし――。

「悪い、ちょっと組めそうにないんだ」

「おっ、そうか……いや、別に気にしなくていいぜ。無理して組むもんでもないし」

 ウィルオスは全く気にしてない様子で笑ってくれた。

 本当はアヴェラもパーティを組みたい。仲間と共に冒険をして友情努力勝利をしてみたい。しかし組むに組めない理由が、これから先ずっとソロで活動せねばならない理由があるのも、また事実。

「でもな、時々ぐらいはいいだろ。臨時でもいいから、時々は一緒に行こうぜ」

 気遣って申し訳なさそうにするウィルオスに悪いと思いつつ、それでもアヴェラは小さく頷くことしか出来なかった。

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