厄神つき下級騎士なれど、加護を駆使して冒険者生活!

一江左かさね

◇第一章◇

第1話 見習い冒険者

 薄暗い遺跡内部にて遭遇するのは、ミニクィークと呼ばれるモンスターだった。子豚のような顔に粗末な武器しか持たず、背丈は小さく身体も細め。

 度胸さえあれば子供でも充分に倒す事ができるだろう。

 そんな程度に脅威度の低いモンスターの登場に、剣を構えたアヴェラは相手の数だけを見て面倒そうな顔をした。

 軽く撫でつけただけの、やや短めの髪。そこそこ見られる顔立ちは少年の雰囲気を残し、チュニックにソフトレザーを少し用いただけの軽装備となれば、冒険者養成所の受講生と分かるだろう。

 今はその養成所の検定の真っ最中。

 これに合格すれば見習い冒険者から冒険者にジョブチェンジというわけで、筆記に自信が無ければ実技で少しでも挽回せねばならない場面だった。

 臨時パーティを組まされたウィルオスという少年が調子よさげな声をあげる。

「楽勝ーっ、早いとこ片付けようぜ」

 今回の実技検定ではランダムに選ばれた相手とパーティを組むのだが、なかなか気の良い奴で実力もある。剣を構える姿からして実力は問題ないが、少しばかり危険を軽視するところが不安かもしれない。

 そんなアヴェラの下した人物評も知らず、ウィルオスは意気揚々だ。

「でもって、検定試験合格のポイント稼ぎだぜ」

「分かってる」

 アヴェラは短く答えた。

 正直に言えば自分一人でも充分に倒せるモンスターであって数でもある。むしろ普段はソロで行動するため、こうしてパーティを組む方が不効率なぐらいだ。

 ついでに言えば、もう一つの懸念があって――大人しくしておけと左腕を押さえておく。

「とりあえず、サクッと倒すぜーっ!」

「だから勝手に飛び出すんじゃない」

 アヴェラはぼやくと、石床を蹴って前に飛びだした。

 ミニクィークの粗末な棒を剣で払いのけ、素早く首筋に刃を叩き込む。訓練用の初心者の剣であるため斬れ味はたかが知れている。斬るよりはぶっ叩くに近いが、威力は充分。倒れていく相手の腹を蹴り飛ばし、踏み込みながら横の相手に柄を握ったままの拳で殴りつける。そこにウィルオスが加わり剣を突き出し刺し貫きトドメを刺す。

 そこに残りの四体が棍棒を振り上げ迫ると、ウィルオスはギョッとした。

「ちょっ、それ卑怯」

「一人で突っ込むから当然では?」

「冷静に言ってないで助けて、はよ!」

「今何とかする」

 ひょいと前に出たアヴェラは剣を振るい、素早い動きと剣捌きで四体を瞬く間に倒してみせた。辺りにミニクィークが転がり裂かれた身体から生臭さを零れさせ、溶けるように姿を消していく。

 それを前にウィルオスは口を半開きにするばかりだ。

「お前って凄いのな……」

「まあ何とかしたってところ……かな?」

 アヴェラは照れたように呟き、遺跡の石床に残されたミニクィークの素材を回収した。


「ミニクィーク撃破はいいけど、倒したのは殆どお前だし……これ俺も合格になるんか?」

「パーティ単位での評価だから大丈夫なのでは。むしろ、これで合格水準に達しているかどうかだが……そこは少し分からないな」

「そ、そうか。この検定を合格しないと後がキツいんだよな。冒険者になって稼がないと、そろそろ金がヤバイ。酒場の皿洗いも、いい加減に飽きた」

「冒険者になって稼げるって話はあるが、どうかな。少なくとも直ぐには無理じゃないかな」

 都市近郊に存在する遺跡や森、湖や山といった採取地点では高価な品が発見されるものの、成り立て冒険者が挑める場所となると、無いよりはマシといった程度のものだろう。それで生活が成り立つほどの稼ぎと言えるかは微妙なところだ。

 生活の糧として冒険者をする者は大変だが、何にせよ別の理由で探索を行うアヴェラにとっては、そこまでの問題ではないのだが。

 アヴェラが剣を雑布で拭っていると、ウィルオスが身を乗り出し尋ねてきた。

「なあなあ。ところで聞いちまうけどよ、お前の加護って何?」

「こんな時にする話じゃないと思うが」

「固い事を言いっこなし。パーティ同士で情報交換は大事ってもんだろ。ちなみに俺は風の神ゼフィロス」

「メジャー神か、それは凄いもんだ」

 この世界の生物は何らかの神から加護を得ており、それは様々な能力に影響を与えるといわれる。性格には影響を受けないと聞くものの、ウィルオスを見ていれば風の神の気紛れさと突拍子のなさの影響を受けているのではないかと勘ぐりたくなる。

「で? お前の加護ってのは、どんな神様?」

 重ねて訪ねられ、アヴェラはどう答えるか少しだけ迷った。

 しかし、誤魔化す事にした。そうせねばならない厄介な事情があるためだ。

「まあ……あまり人に言えない感じだ」

「そうなん? ああ、別に気にしなくてもいいのに。マイナーな神だからって、俺は馬鹿にしたりとかしないからさ。というか、お前は凄い強いと思うからな。そういうの気にしないで胸を張って生きなきゃ駄目だぜ」

「……それはどうも、ありがとう」

 アヴェラは早口で答えると、素早く自分の左腕を押さえた。そして、まるでそこを宥めるかように撫で擦っておく。注意深い者がいれば、その麻チュニックの袖が不可解に蠢いている事に気付いただろう。

 だが、生憎とウィルオスは注意深くなかった。

「ところでよ、筆記の方はどうだったん?」

「ちょっと外したかな……」

 アヴェラがぼやくとウィルオスは大きく頷いた。

「分かる。クィークの生態とかデスナイトの生息地とか問題出されてもね、覚えきれないっての」

「確かにそうだ。そういう知識も大事とは思うが、受験勉強じゃあるまいに……」

「受験勉強?」

「なんでもない、気にしないでくれ。まあ、とにかく覚えきれないのは確かだ」

「俺さ酒場でバイトしてんだけどよ。客の冒険者から聞いた話だと、あんま知識だけってのも駄目らしいぞ。臨機応変ってのが大事なんだと」

「そういうのは基礎知識を持った上での話だ。やはり基礎は大事……」

 言いかけたアヴェラは通路の奥に視線を向けた。

「次が来た」

「よし倒して、良い点とって合格しないと」

 ウィルオスは気合いを入れ、モンスターに突撃した。


 白い皮の身体に突きだしたクチバシのような口、流線型をした腕を持つモンスターは、この遺跡では一番厄介とされるクワックであった。

 まっしぐらに突っ込んでくる動きには勢いがあって、注意が必要となる。

 だが、動きをよく見て回避すれば問題ではなく対処も簡単だ。

 アヴェラとウィルオスが左右に分かれるとクワックの首も左右に揺れる。どちらに突撃するか迷っているらしい。そして叫びをあげ突進。

「うわぁ、こっちに来た!」

「騒がなくても、落ち着いて避ければ大丈夫だ」

「お前は落ち着き過ぎー!」

 狙われたウィルオスが大きく飛び退くと、すぐ横をクワックが通過。急ブレーキで止まり向きを変えようとするところに、アヴェラが一撃。これは危なげ皆無で軽く倒せてしまった。

 残された白皮を回収するが、これ一枚で先程のミニクィークたちより高評価に違いない。

「まあ余裕な感じ?」

「そんな汗だくで息を乱して言われても説得力ないな」

「そうだけど、まあまだやれるし。もう少し探して倒そうぜ」

「いや、そろそろ戻ろう」

 ウィルオスの提案にアヴェラは首を横に振る。

「途中で遭遇するモンスターを倒していけば、充分に合格ラインと思う。きっと、その辺りの見極めや、制限時間を守れるかも評価の対象となるはずだ」

「へーはー、お前って……頭いいのな」

「そうか?」

 当たり前の考えと思ったアヴェラは首を捻るが――しかし異変はそのとき生じた。

 何か重い足音を耳に捉える。ここでは聞いた事の無い足音だ。ここでは小型のモンスターしか出現しないため、足音が重い時点でおかしかった。

「気を付けろ、何か来る」

「本当か? 本当だ!」

 少し遅れ気付いたウィルオスが身構える。

 どんな存在が近づいてくるのか。

 アヴェラは警戒しつつ、しかし思わぬ出来事に少し興奮しているのも事実であった。こうしたドキドキ感こそがファンタジーの醍醐味というものだ。とはいえ、睨むように見つめる先に出現するのは、肥満気味の半裸巨体に豚のような顔、冒険者の卵に配布された資料の挿絵に描かれた通りの典型的姿。マズいと思って身を引く冷静さは失っていない。

「オインクだな」

「それって、この遺跡のボスじゃねーの? 何でここに居んだよ!?」

「分からないが、これはおかしい。すぐ逃げないと」

「いや待った!」

 ウィルオスは勢い良く宣言した。

「俺、閃いた。こいつを倒せば完全合格間違いなしだって!」

「なんでそうなる!? 馬鹿言ってないで逃げるぞ」

 だがアヴェラの提案は届かず、制止しようとする手が振り払われてしまう。

 雑魚モンスターにさえ苦戦しているような者が、どうしてボスモンスターに勝てると思うのだろうか。

 オインクが咆え突進してくる。

――オオオオオオオッ!

 身体の芯までビリビリ震え、隣りでウィルオスが剣を取り落とした。だが、アヴェラは剣を構えた。ある理由により威圧や畏怖といった状態にはならないのだ。

 しかしだからと言って、迫るオインクに反応しきれるかと言えば別。

「逃げっ――」

 そう声をあげるだけで精一杯だった。

 太い腕が振り回され、防御も出来ず跳ね飛ばされたウィルオスの喉から小さな悲鳴のような息が漏れ出ている。そのまま後方へと吹っ飛び、地面に叩き付けられ気絶してしまう。

 アヴェラはそれを思わず目で追ってしまい、気付いた時には自分へと攻撃が迫っていた。辛うじて腕で防御する。

「!!」

 凄まじい力だった。まるでトラックに跳ね飛ばされたような一撃だ。


 トラック――すなわち貨物自動車のことで、この世界には存在しない概念。しかしアヴェラの知識にはそれがある。なにせ前世での死因の一つでもあるのだから。

「うぐっ!」

 壁に叩き付けられ肺の中の息が全て吐き出された。反射的に呼吸しようとして粉塵を吸ってしまいむせ返る。

 マズいと思うが、直ぐには動けない。

 しかし動かねばならない。なぜならば決めたのだ、この人生では絶対に幸せになるのだと。かつて得られなかったものを得て、成せなかった事を成し、残せなかった生きた証を世界に残すと決めている。だから、ここで死ぬわけにはいかない。

 前の人生の分まで幸せにならねばならないのだ。

 その意志で這って逃げだすアヴェラであったが……そこに突如として少女の声が響いた。

「御兄様のピンチ。これはもう、わたくしの出番ですね」

 もちろん辺りに少女の姿はないのだが、アヴェラはその姿を探すことさえしない。目を見開き、先程までの危機感とは全く別の危機を感じた仕草で左の腕を押さえた。

「ちょっと待てっ、お前が力を使ったら後が……」

「大丈夫です、わたくしも弁えております。御兄様のご迷惑にならない程度の力を使いますので」

 どこか可愛らしく小威張りするような声は、しかし一転して冷え冷えとする。

「御兄様を傷つけた報い。さあっ、恐怖するがいい! うふふふっ、あはははっ!」

 瞬間、アヴェラを中心に闇が迸った。

 物理的ではなく精神的なそれは、瞬く間に周囲へと広がっていく。

 モンスターであるオインクは闇を前に、明らかに怯えていた。冷や汗を流し数歩後退り、その目を限界まで開くと、闇の中に突如現れた存在にガタガタ牙を打ち合わせ震えている。

 そして、遺跡の闇に少女の笑いが木霊した。

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