商人の銀貨

 聖都を脱出することに成功した兄妹は、東へと向かった。東には魔術師たちが集まる街がある。そこで謎の力について何か分かるかもしれないと、シンは考えた。

 旅の準備などできなかった二人だが、旅の商人たちの好意で馬車に同乗することができた。商人たちは、兄妹が聖都を飛び出した理由を聞こうとはしなかった。ただ、訳ありだということが分かっていればそれでいいのだと言う。


 約三日の馬車での旅は順調だった。魔物や盗賊に襲われることはなく、マユの力が商人たちに気づかれることもなかった。

 シンは商人たちの好意に、申し訳なさを感じていた。

「あはははは! 子どもが二人増えたくらいで、困るような商いじゃないさ!」

 商人の男が、シンとマユの罪悪感を笑い飛ばしてくれた。少なくとも、シンはそう感じることができた。


 魔術師たちが集まる街――フォートザード。多くの魔術師たちは、魔術の師匠を探し求めてやってくる。商人たちは、魔法の道具を取引するために訪れる。そして兄妹は、マユが目覚めた力の謎を解明するために旅してきた。

 だが、力のことを誰に相談すればいいか、シンは悩んでいた。


 シンを街まで連れてきた商人が、一人の魔術師を紹介してくれた。この街に来る普通の――魔術師でもなく商人でもない人間は、魔術の力で何かを成し遂げたい人間がほとんどだ。商人がシンに言う。

「この街の魔術師は変なヤツらだ。悪いヤツは少ないし、だいたいは良いヤツだ」

「だいたいは?」シンは聞き返す。

「ああ。善悪で働くようなヤツらじゃないって言いたかったんだ」

「……そうですか」

「あんたたち兄妹が何しにここへ来たかは聞かない。だが、魔術師を怒らせるようなことはするなよ。それが身のためだ」

「はい……」

 シンは俯き返事をした。二人の後ろからマユは質問する。気になっていたことだ。

「あの、なぜ私たちを助けてくれたんですか?」

「助けた理由か……これだよ」

 そういうと、商人はズボンのポケットから、銀色のコインを取り出し答える。

「これは幸運を運ぶコインだ。一日一善、何か良いことをすれば、巡りめぐって自分に良いことが訪れる。あんたたちをこの街に連れてくるまでの三日間、二人に善行を施したから合わせて六日分、俺に幸運が訪れるって寸法だ!」

「な、なるほど……」

 商人は笑いながら、コインをポケットへと戻す。

「だが、悪事を働けば、それも自分に返ってくる。扱いには注意が必要ってわけだ」


 兄妹は、商人に見送られて街を歩きだした。紹介された魔術師の家へ向かう道中、マユは商人の話で気になったことをシンに聞く。

「兄さん、あの商人さんの話だけど……」

「コインの話か? さすが商人だよ。タダじゃ人を助けないんだ」

「そうだけど、私たちを助けたことは善行なのかな?」

 シンは、足を止めたマユの目を見た。

「私たちを逃がすことが悪事だったら、それがあの人に返ってしまうかも……」

 小刻みに震え、今にも泣きそうなマユの目を見て、シンはどう答えればいいのか分からなかった。だから、シンはマユの手を握る。

 誰かの身を案じることができるマユを助けることが、悪いことだと思えない。思いたくもなかった。

「大丈夫、きっと……大丈夫だよ」

 そう、シンは自分に言い聞かせるように繰り返した。

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