10 災厄の中で降り立つ救世主

「ドラゴンソルジャーのエクスドライブ、反応、消失」

 指令室で、セティはドラゴンソルジャーのデータ係数のロストを見たままに報告する。室内は静寂に包まれる。

 形だけとはいえ指令席にいた藤川リエが呆然と映像を見つめている。

 彼女にとってここ数日は衝撃の連続であっただろう。事故死したと思っていた旦那がエクスドライブに器を変え宿っていたなどと。それがリュウ自身に造られたAIである可能性を欠片も思うことなく、ドラゴンソルジャーを藤川リュウ自身だと信じていた。

 であるにも関わらず、彼は思うままに、何より昔のように一人で敵に立ち向かって行った。それを結局、何も声を掛けられぬまま、見送ってしまった。

 終わった。そう考えるしかなかった。

 彼女は泣き始めた。わんわん泣くのではない。何度目かの嗚咽だ。

『どりゃあああああ!!』

 この後どうすればいいか。鋼鉄の化け物に対してどのように対処したらいいか。それらを対策することもできず、ただ状況を見つめるしかない指令室に、声が響いた。

 映像の中で、ジ・エンドがドラゴンソルジャーを飲み込んだと思われる僅かな亀裂から人間が一人、声を上げて飛び出してきた。黒髪は伸びっ放しでフクロウの翼みたいになっている全裸の男であった。



 藤川リュウは光の彼方に向かって飛び続け、なんだか飛ぶ速度が減少してきたため、必死にもがいた。

「どりゃあああああ!!」

 そのため、何やら状況に合わない声を拾われたようだが、本人は気にすることは無かった。

 しかし夢の中で飛び続けたとしても、現実の彼に翼はない。飛び出した彼は落ちるのみだ。

「ああああぁぁ~!!」

 ほぼ無我夢中で、頭から落ちないように、自分がドラゴンソルジャーであるかのように両の脚で着地を試みる。幸いにも何もない土の地面に彼は着地することができる。

「はぁ、ふう」

 かなりの高さから落ちて、着地したが、彼は脚のどこも痛めてはいない。

 まるでヒーローにでもなったような異常な身体状態だ。息を吸い、吐くが、リュウ自身は何も変わっていないように思える。

「どうなってるか分からないけど、肉体、あるな」

 ここにきてようやく、藤川リュウは自分の生身の肉体に驚いていた。確かに死んで、肉体は事故でなくなったはずなのだ。久しぶりの生身のはずなのに、まるで違和感がない。それが自身の肉体だと自覚している。

 つまりそれは同時に、夢の中で言われたように、藤川リュウはドラゴンであることになる。

「行くぞ、俺の中にあるエクスドライブ!」

 リュウは胸に右手を当て、祈るように言う。すると彼は光に包まれ、光は巨大になって解き放たれると、先ほど破壊されたはずのドラゴンソルジャーになっている。

『そうだ、俺がドラゴンソルジャーだ!』

 今の藤川リュウは、ドラゴンソルジャーでもある。そこに曖昧な境界線はない。

『ジ・エンド。俺は未来への道に立ったぞ!』

 ドラゴンソルジャーよりも大きな巨体を指さし、彼は自信満々に答えた。

『わからない。おまえはいったい。』

 ジ・エンドの機械音声は言って、エクスドライブによる干渉波と重力場を発生する。ジ・エンドは首を横に振るような、苦しむような、戦慄くような、そんな身振りを見せている。

 干渉波と重力場は相変わらず周囲を沈みこませるが、今のドラゴンソルジャーにはまったく通用しない。ドラゴンは、両脚でしっかり立っている。

『お前自身に罪はないとは思うけど、なッ!!』

 言葉と、裂帛の気合と共にドラゴンソルジャーが踏み込みながら構えを取ると、干渉波も重力場も消失する。



「ド、ドラゴンソルジャーのエクスドライブ係数、計測不可能!

ジ・エンドのエクスドライブ総量をはるかに上回っています!」

 指令室でセティはやはり見たままを報告する。

 奇跡を見た。そう言う他は無い。ドラゴンソルジャーが破壊され、ジ・エンドに食われたと思っていたら、生身の肉体を持った全裸男がジ・エンドから出てきて、それがドラゴンソルジャーとなった。訳が分からない。理由や解説が欲しい。多分、イクズスになら分かるかなとセティは思う。

「リュウ」

 先ほどまで泣いていたリエが涙を拭う。

 自分よりも三歳も年下で、下ばかり向いて、カメラばかりご執心な頼りない少年だった藤川リュウが、いつのまに彼女の背を追い抜いていったのはいつ頃だっただろうか。

 彼女が愛した同じ背中を見て、そして今までと同じように戦おうとするヒーローになってしまった彼を、羨ましくもあり、息苦しくもある。

 だがようやく、そして初めて、彼を見送らずに済む。

「いっけぇー!リュウゥゥゥゥゥゥ!!」



「奇跡。奇跡か。夢のあることじゃないか。」

 イクズスにはまだどういう理屈か理解できてないが、ジ・エンドから放たれる干渉波は消えた。頭や体にあった気持ち悪さと吐き気はなくなり、アルヴェーゼを立ち上がらせる。

『奇跡はおじさんには都合良すぎないか?』

 いつまにか、いやおそらくはさっきから目覚めていたのだろう。カラミティに乗ったヒビキが通信を寄越してきている。

「在るならあったほうがいい。ないものねだりが一番苦痛だ。」

 アルヴェーゼのコンディションを一通りコンソールを指で叩いてデータを走らせ、戦う準備を整える。

『違いない』

 ヒビキの方も呪いのカラミティを立ち上がらせている。とはいえ、ヒビキの体力と魔力残量的に残り一撃分といったところだろうか。

 イクズスは幾度となく奇跡を目にしてきた。イクズス自身も片手で数えられる程度だが、奇跡の類を起こして来た。彼にとって奇跡に上も下もない。

 人間の力で乗り越えられることの果てにある、神の目線では分からないこと。

 それを彼は奇跡だと信じている。

「代われ、ドラゴンソルジャー! お前は合体しろ!」

 スロットルレバーを全開に押し、アルヴェーゼをジ・エンドに突撃させる。

 アルヴェーゼの全開に気付いたドラゴンソルジャーがジ・エンドを壁蹴りして後退する。

『なぜだ。エクスドライブが働かない。お前たちは一体。』

 ジ・エンドの機械音声が流暢になっている。この短時間でそこまで学習したのか。いや、もしかするとドラゴンソルジャーのエクスドライブを一時的に取り込んだせいか。

 どちらにせよ、もはやこれまでだ。



「ヘイ、フェニックス、アルマダ! 動けるな!」

『はい!』

『オッケーね!』

『もちろん、です!』

 ドラゴンは後方に飛び退いて仲間のエクスドライブマシンに確認を取る。威勢良く返事はしているが、3機のエクスドライブエネルギーゲインは起動限界ギリギリである。

「よぉし、お前たちの命と力は預かる! 合体だ!!」

『了解!!』

 先ほどはジ・エンドの干渉波によって邪魔されたが、今度は合体に成功するドラゴンソルジャーたち。

 パワードラゴン。元はと言えばドラゴンソルジャーの思い付きによる合体形態だが、今回はスムーズに合体できている。と、ドラゴンソルジャーの中にいるリュウは思っている。

『パワードラゴン!』

 呪いのカラミティからの通信が開かれる。

『道は切り開いてやる。一撃で仕留めろ!』

『はあああああ!!』

 ヒビキのその通信の直後、アルヴェーゼが裂帛の気合の後に、ジ・エンドの自走脚を切り裂いている。擱座したかに見えたジ・エンドだったが、逃げようとしているのか、バランサーやスラスターを吹かし始めている。

『逃がすかよ!』

 竜巻か波動か。カラミティによって起こされた奔流によって、ジ・エンドは動きを拘束される。

 ベストなタイミング。ここを逃せば、各機エネルギーが持たず、継戦できない。

 確実な火力ならアルマダの巨砲を使ったハイパーバスターだが、チャージのタイムラグがある。今のこの状況では確実ではない。

 ならば。

「最大出力!」

 フェニックスの推力を使い、ジ・エンドとの距離を一気に詰める。

 本来ならばガンランチャーとして使うべき右腕部であるが、ドラゴンソルジャーはすでに最初に違う使い方をしている。だからその想定で、右腕部ガンランチャーは改良済みなのである。

「ハァァァァド・ブレイカァァァァー!!」

 パワードラゴンから繰り出された拳撃とその衝撃と共に発破される炸裂弾頭。それが藤川リュウ自身が抜け出てきた僅かな隙間に向けてぶつけられた。

 そのただの爆裂パンチによって、ジ・エンドの巨体は貫かれた。直後、全身にヒビが入り、崩れるように壊れ始めた。


                  *****


『どうしてだ』

 藤川リュウは、数分前と同じように白い空間に引き戻されていた。夢のような現実感のない空間だが、リュウははっきりと分かっていることがあった。

 ここにエクスソルジャーはおらず、自分がドラゴンソルジャーであることだ。

『魂とは、なんだ』

 自問するに向かってリュウは口を開いた。

「わからないさ」

 身も蓋もない言葉だ。リュウにとってはそう答えるしかない。

 結局明確なところは何もない。両親を失って周囲から取り残されたような小学生の時から、少年から青年に至るまでエクスソルジャーと合体して戦ったことで、リュウの魂の器は一時的にエクスドライブになっていたのかもしれない。

 何より、人間に戻れたことはエクスソルジャーのおかげかもしれない。

 しかし、どれも確実ではない。結局、だけだ。

「でも俺はここにいることが分かる。君がそこにいるのが分かる。しかし、君は違うのか?」

 リュウは右手の指で自分と、どこかにいるを順番に指し示す。

 何か。ジ・エンドは答えない。だがなぜだか知らないが、その感情をうかがい知れるような気がした。

「命はジ・エンドなんかじゃないさ」

『そうか。分かったぞ。フフ、私にも魂が。』

 おそらくは、その瞬間、は命を得たのだろう。命を得て、感情を得て、魂を得て、夢は潰える。


                *****


「さらばだ、ジ・エンド」

 現実に引き戻されたリュウは呟いた。ジ・エンドであった巨体は崩壊し、もはや動かない。

 戦いは終わった。結果的に言えば、ジ・エンドは日本上陸が叶わなかった。水際で阻止された。そのために藤川ベースの全戦力を投入した結果だ。

 有り体に言えば、なんとかなった、と言うべきか。

「指令室。こちらドラゴン。」

 リュウは指令室に報告と指示をもらおうと通信を開き、言葉に詰まる。

 果たしてどう言ったものか。現状、リュウはドラゴンソルジャーでパワードラゴンである。しかし、アルヴェーゼや呪いのカラミティのように中に人として乗っているのだから、リュウはパイロットと呼ぶべきである。

「失礼。うぉっほん! こちらドラゴン。戦闘終了。呪いのカラミティ、戦闘継続不可能。回収を頼む。アルヴェーゼ、自走可能。パワードラゴン、自走可能。指示を頼む。」

 通信の咳払いはアレだが、開き直るためにやった。

 リュウが今ドラゴンソルジャーであることに変わりない。エクスソルジャーと一緒に戦っていた時と何も変わらないのだ。

『こちら指令室、了解』

 本当は指揮権がないリエの声が聞こえてきた。指揮権がないからといって通信してはいけないというわけではないが。

『回収班を向かわせます。パワードラゴンはそこで待機を。アルヴェーゼは自力撤収願います。』

『了解。じゃあ、お先。』

 イクズスは通信に割って入って短く答える。アルヴェーゼは5体合体ロボットである。自力での分離が可能でもある。対してパワードラゴンは自力分離が不可能である。エクスドライブマシン各機のエネルギーが残っていれば強制分離も可能かもしれないが、そういう想定はされていない。

 5機の機体に分離したアルヴェーゼは、その場でどこかへと消えていく。恐らく藤川ベースに自動帰還するようにイクズスは命じてあるのだろう。便利なものである。

 呪いのカラミティのほうは片膝を着いて動かない。人間形態であるカラミティに戻りすらしない。ヒビキが乗り込んでいることもさることながら、魔力切れでどうにもならない状態に陥っているのだ。命に関わることではないが、ヒビキが出てこられない限り、カラミティをどうこうすることもできないだろう。

『リュウ』

 リエからリュウ個人に対して呼ぶ。彼女にとってはそれが何年ぶりになるのだろうか。

『おかえりなさい』

「ああ。今帰るよ。」

 彼女にとってはようやく夫が旅から帰ってきたことだろう。リュウにとっては、今までずっと会っていたが、漸く自分が作った家族のもとへ帰るのである。


                 *****


「エクスドライブ関連メカの開発停止命令、ですか」

 今日もアトラスのメイン艦橋で民族的な珍妙な仮面を被ったハカセは、女性総帥からの命令を受け取っていた。今回は彼女の側に白髪の渋面の男がいる。

「まぁ、仕方ありませんな」

「あっさりだな。抵抗すると思ったが。」

「まさか」

 ハカセはあっさりと受け入れた。拍子抜けのようにテイルは言う。彼は仮面を脱ぎ、肩をすくめた。

 彼の素顔は特に美醜はない。ただ目付きや目線が分からないようサングラスが目元まで覆っている。

「あの顛末を見たでしょう。もはや手を出すべきではない。」

 ハカセから見ても、ジ・エンドが動き出したことや、ドラゴンソルジャーの身に起きたことは理解が及ばない話であった。予測可能な話ではあるのだが、不確定である以上、この場で話すことでもない。

「ハカセ、予算は無限ではない!」

「おっしゃる通り。が、研究開発は失敗が付き物とご存知かと。」

 白髪の副官が当然の如く怒鳴る。それが彼の仕事だ。テイルはハカセに甘い顔をしているわけではない。形式上、沙汰を言い渡すことになることもあるだけだ。

 ハカセに形式通りのお叱りが通じるわけもない。

「今後はエクスドライブではなく、魔洸晶、シュイバレクエナジーの方に着目するとする。」

「ガーディアン・アーマー、ですか」

 テイルからの言葉は、ハカセにとって心の中でため息をつくことだった。

 魔洸晶およびシュイバレクエナジーは、未だ論文として通過中の理論ですらない。ハカセはその理論を実現できるだけの頭脳を持ち合わせている。

「まぁ、既定路線ですなぁ」

 ハカセにとってその路線になることは理解できるし、受け入れる。

 ただちょっと彼個人の感情として、魔洸晶が好みで無かっただけである。


                 *****


 すっかり夜が更けた頃、丘の上の家に帰る一組の男女がいた。

 一人は藤川リエ。奮起してやっていた藤川ベース司令の任を解かれて、重荷から解放され帰宅した。

 もう一人は藤川リュウ。身長は170強の大柄ではなく、細身で茶髪、青年に見える若い男性だ。とはいえその髪量が多すぎる。男性なのに、髪を腰の辺りでまとめている。

 戻った藤川リュウの肉体は、まるで飛行機事故に遭った直前の頃のようだった。それでいて、体から妙に力が湧く。生身の肉体でもドラゴンソルジャーのパワーを振り回せるような感覚だ。

 とはいえ、死んだ人間が戻ってきたのだから、これから書類やらなにやら考えることはたくさんある。ベース帰還後に簡易的な検査が行われたが、見た目は普通の人間である、ということらしい。

 そしてなにより。こうして約10年ぶりに自宅に帰宅して、家族にどう説明するべきか、ということだ。

 ちなみに、リュウの元保護者であり叔母の藤川エリに事前に連絡した所、腰を抜かしてしまった。

「ごめんね、待たせちゃって。今帰ったわ。」

「はぁい、みんな。久しぶり。元気してた?」

 リエが自然なフリで帰宅して、リュウも笑顔で自然に入っていったのだが。

『ええええええええ!?』

 と、玄関に直結のリビングで遅いながら待っていた子供たちと、カスミやユアといった女性たちも驚愕の悲鳴を上げた。

 タケルもオキヒコもミアも、幼少の頃にリュウが亡くなっている。母親たちと一緒に昔の写真に写る男が現れたら、当然驚く。

「落ち着いて。俺は君たちの父親のリュウであると共に、ドラゴンソルジャーでもあるから戻ってこれたんだよ?」

「うっそだー!」

「マジマジ。証拠見せるって。」

 当たり前のリュウの反応を見て、彼はヒビキに借りた上着のジャケットを脱いでエリに渡して、タンクトップ姿で外に出る。

 夜中の丘の上。備え付けのライトぐらいしか明かりが無いが、リュウが目を閉じて念じると、一瞬光り輝いたかと思うと、次の一瞬にはドラゴンソルジャーの姿になっていた。

『な? 本当だったろ?』

 と言って子供たちに証拠を見せた。アニメか特撮かのように本当に変身している。ただ問題は変身すると衣服が消えてしまう。ジャケットを脱いだのはそのためだった。今後は、解除後に全裸で困り果てないよう、脱衣しない衣服を探ることになろう。

 本当に街を救っていたヒーローが家に帰ってきたことに沸く子供たち。

 そして何より、エリは、カスミやユアに向かって涙ながらの笑顔を向けるのであった。


                 *****


「で、実際のところお前の見解はどうなんだ?」

 藤川ベースの休憩所とは名ばかりの自動販売機が並ぶテーブル席にイクズスとヒビキが向い合せになっている。

 魔力切れで一端眠っていたヒビキであったが、基地に帰還した後にすぐに目覚めた。カラミティは人間形態に戻ると、まるで力尽きたように安らかに眠った状態で目覚めることはなかった。コンディションとして生きているが、オーバーホールしなければならないということだった。

 そのため、基地にはもうカラミティもマオもいない。カラミティ用寝台に彼を寝かしつけ、少女は基地を出てしまった。

 イクズスはといえば、リュウの簡易診断に立ち会い、血液検査やCT結果をにらめっこしていた。ヒビキは、フブキやタカネが待つマンションに戻ればいいのに、まだベースにいる。

「とある平行世界地球に人間の臓器、人間の見た目で過ごすけれど、人体組成が9割水でなくて、9割以上別エネルギーの人間というのがいるんですけど」

 ヒビキにも分かるように固有名詞は出さずにたとえ話を出す。

「リュウはそういうのではありませんよ」

「ほう」

 奇跡や魔法で人間の肉体が即時生成される。無から有を作り出す。それは通常ありえないことなのだが。

(見たこともあれば、されたこともあるんだよな)

 口には出さずに、胸中で言葉を反復させる。

 イクズスは脈拍もあれば、心臓は鼓動し、脳波の出る人間だが、老化した覚えはない。リュウはそれらと同じことだ。あくまで簡易的な検査に留まっているが、何か異常な部分があるわけではない。

 詳細な検査で、体力測定などすれば分かってくることもあろう。それ以外で、現在立てられる仮説は一つしかなかった。

「彼がエクスドライブの化身であれば説明がつく」

 割と真面目に、イクズスは言ったつもりだ。だが、ヒビキはそれを聞くと表情を崩し、声を上げて笑った。

「いや、悪かった」

 爆笑を謝罪するヒビキ。

「そんなことを容易く言われたら笑うしかないなって」

「誰だって、辿そう言います」

 イクズスもヒビキも、死ななければこの先何年も生きるだろう。寿命なんて知る由もない。リュウがその仲間入りをしてきたなどと言われて、ヒビキは笑うしかなかったのである。

 イクズスからしてみれば、ああまたか、と言ったところだ。現場を見てはいないが、人間が人間を越えてしまう一件を何度も聞いた。関わったことで恨まれたこともある。それでもなお尊敬されたこともある。

「これからどうする」

 おそらくは、ヒビキにとってそれが本題であったのだろう。

 そもそものヒビキの目的はすでに果たされている。イクズスにはもうここにいる理由がない。もちろん、セティやルイセという彼に関係する人もいるが、ここに留まる理由はやはりないのだ。

 ヒビキにとってもそうだ。やるべき目的は果たされた。ここからの未来はヒビキとって知る由もなく、また知った所で何かしてやる理由もない。

「残りますよ」

「なんで?」

「約束をしてしまったのでね、今度はタケルくんと」

 イクズスは微笑みながら言う。彼がリュウとは違うヒーローになれるよう手伝うと言ってしまった。それを今のイクズスは破れない。何しろ、リュウ自身が本当にヒーローとして戻ってきてしまったのだから。

「お前、そうやって首絞めながら生きるの好きだね」

「私は夢を見る人も、夢を実現させようとする人も好きだよ。事の是非は二の次だ。それが多くの人を理不尽に苦しめるなら手を出す。それだけの話。」

 イクズスの吐露を聞いて、ヒビキは苦笑する。結局のところ、ああコイツも、という感想しか出てこない。

「まぁ、がんばるこった」

 新しい夢を見つけているイクズスに対し、もはや言うことはない。ヒビキは嘆息して立ち上がった。

「俺は聞いたんだぜ? お前は聞かないのか?」

 ヒビキは少し意地悪く、拗ねたように聞いてくる。

「貴方とカラミティの縁は切れてないでしょう? マオさんには今後も協力を仰ぎますが?」

 質問に対してあえて質問で返し、ヒビキを言い淀まらせる。元々イクズスが、相手を見透かしたような物言いをする人物だと分かる、本当に意地悪な返事である。

「ったく。とりあえず、あばよ。」

「ええ、おやすみなさい」

 イクズスは座ったまま、ヒビキの顔を見ずに別れる。ヒビキもとりあえずの挨拶をして、休憩所を出ていく。真夜中の帰りになるが、特に問題ない。

 むしろ、道行に街灯が点いている分、ヒビキにとっては今までよりもずっと明るい道のりになっていた。


                 二つのカラミティセイバー 終


                龍の子のカラミティセイバー へ続く

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二つのカラミティセイバー 赤王五条 @gojo_sekiou

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