9 ジ・エンド
エクスドライブが藤川リュウの新たな魂の器になったのは、彼がエクスドライバーであったからが大きな理由だ。異次元からの来訪者、精神生命体エクスがこの世界で物理的な肉体を選んだ先が四駆車両で、それを変形させて人型となったのも偶然に過ぎない。
そしてエクスがこの世界にやってきたのは、異世界に侵食して破壊や支配を為す悪の存在、ディレイフニルを排除するためだ。だがディレイフニルは、半不可視の存在として暴れていた。それをエクスは捉えることは出来なかったが、藤川リュウの持つカメラ越しには、それを可視した。偶然にしては出来過ぎた物語ではあったが、悪の存在を許さない世界正義の修正力が偶然を重ね合わせたということで納得するしかないだろう。
ただそれ故にか、エクスドライブの解明されない部分が問題としてついに露出した。
エクスドライブにAIを搭載するからこそ起きた必然。ロボット三原則を改変し、自己に到達した機械生命体の誕生である。
「緊急の報告があります」
統一機構のハカセは冷静を装って、総帥の前に出た。
「どうした?」
総帥ティル・ブロンドは先の日本制圧作戦から機嫌を持ち直していた。イクズスに敗れ去ったのは苛つくが、もはや仕方のないことだった。おそらくは勝てないとも考えるぐらいには。
ただハカセからの取り繕わない報告は、それとこれと違う話である。聞かねばどの道拙いことになる。それが分かっている。
「下からエクスドライバーの再調整が完了したとの報告が5時間前にありました。アトラスへの納入プランを固めた後で報告しようとしたのですが、トラブル発生です。」
「ほう」
アトラスは統一機構の本拠地にして、無補給型飛行空母である。地上へ停泊せず、空中輸送にて兵器納入を行う。その納入プランぐらいは把握するが、いちいちプランについて報告をもらわない。それは時明院彼方が把握することだ。ただし、納入兵器にトラブルが起きたのなら話は別だ。
それに件のエクスドライバーといえば、紅蓮の魔道士にハッキングされ、コントロールを奪われた十数機の機体のことだ。一機だけイクズスたちに奪われることになったが、だからといって、その兵器群に信用力がなくなったわけではない。
「つい先程、AIが暴走を起こし、納入予定だった全機が融合。まったく新しい機体になってユーラシア大陸を東進中ですな。」
「は、はあ?」
言われたことの意味が分からず、ティルは聞き返す。この場に彼方が不在であったことも幸いした。彼は兵器の主な取引先であるフェニックス工業との交渉に出向いている。統一機構用にエクスドライバーを搬出したのも、元はといえば彼らである。主機設計こそハカセの手によるものとはいえ、AIが暴走したのはフェニックス工業の責任になる。
ただだからといって、起こったことに納得できるかは別の話である。
「エクスドライバーのAIが暴走とかまるで意味が分からんぞ? また紅蓮の魔道士のちょっかいではないだろうな?」
「該当機を捕獲してAIを構造解析してみないと分かりませんな。エクスドライブの半永久駆動が為した進化の結果かもしれませんなあ。」
ハカセはすでに他人事のように言っている。こういうところが彼方の気性を逆撫でするのだが、同じ天才肌のティルとしては理解できなくもないのだ。
「そいつの目的はドラゴンソルジャーということか?」
「おそらく。そいつがドラゴンソルジャーに出会って何をしたいのか不明ですが、向こうはそいつを破壊したがるでしょう。」
「相容れない存在として?」
「機械が一個の意思を持ってしまったら、決まって人類滅亡を願うでしょうからね」
ハカセは冷静に、冷徹に分析する。その考え自体、統一機構とも相容れぬことだが、ドラゴンソルジャーがイクズスと関わりを持つなら、きっと彼らがなんとかしてしまうだろう。
「今回は静観だな」
ティルは憂鬱にため息を付いた。だから彼女はイクズスが嫌いなのだ。彼らは正義のためだとか人類のためだとかではなく、目の前の明日のために戦うからだ。
*****
「説明、しよっか?」
昨日とは真逆に。金髪のスポンサー男、エルレーンは端正な顔面をどちらかといえば気持ち悪くニヤニヤとさせて、ヒビキとイクズスを見比べた。
昨日も会議した小会議室。イクズスが板書したホワイトボードの書き物は消されている。完全にではないが、知らない人が見て判然としているかは怪しい。
その板書をある程度つなぎ合わせて、エルレーンは板書する。この男、ハンサムだけではない。頭もいい。頭の良さを、世の為人の為に使えない。善く言えばダメ人間、悪く言えばサイコパスだ。イクズスとは同類だと考える。
それに字の汚さは、彼本人の底意地の悪さを象徴している。これでいて愛妻家で、メイドを自称する赤毛の妻のみを愛しているのだから、世界の理とは理不尽なものと思うしかない。彼が状況を把握している、ということは、結果的に言えば、彼自身イクズスと同じようにただの人ではないという証左になるが。
「君たちが元の時間軸に戻ってきたのは間違いない。私も君も、他の世界線で存在できないからね。」
イクズスは平行世界を知らず知らずの内に反復横跳びできる存在だ。この世界にいる限り、同一方向にある平行世界にイクズスは存在しない。それ故に、イクズスが行動していない世界は意味消失する。
それはまるでイクズスがいなければ世界が存在し得ないかのようだが、どちらかといえば共依存だ。そこまで彼は神の存在ではない。何しろ万能でなければ、未来を操作しているわけではないのだから。
「ただこの特異点とも言える存在にヒビキくんが加えられた。だから、人生を面白おかしく変え、未来をひた走る私としても、この先の未来が分からなくなってしまった。」
「俺が!?」
「そうだとも。君は世界が改変されるという未来を変えた。どのようにしたかは君らしか知らないが、それによって君は何者でもない小日向響という存在になった。疫病神?幸運の神?君に分からないことは私にも分からない!」
エルレーンのテンションは高い。それでいて説明していることは意味が分からない。親しいイクズスとしても、今言っていることは理解できそうにない。
ただヒビキが確固として存在していることは、恐らく世界の、そしてこの平行螺旋世界の真理として認められているということなのだろう。それらに疑問を差し挟んでも意味はないのだ。
「世界が改変される未来が消失したことで、身の回りは前向きに変化した。ヒビキくん、君は二児の父だ。風吹嬢と高嶺嬢に会ったとき気を付けたまえ。わが友イクズスよ。ルイセさんは存じているな?ラフィール女史がいなくても、粉かけているとは流石と言っていい。」
「俺いつのまに子持ち!?」
「ちゃうんやー!ちゃうんやー!」
エルレーンの口からまろび出た事実に、ヒビキは目を丸くし、イクズスは普段言いそうにない言い訳の言葉を述べる。
ヒビキは自分の携帯端末の写真ファイルを確認する。すると、ある!確実にある!自分自身では撮った覚えのない我が子の写真が。風吹と高嶺それぞれに産ませて、どちらも女の子。もう9歳である。タケルの一つ下ということだ。タケルと映っている写真もあるし、タケルの周りに見覚えのない男児と女児が一人ずついる。
「今度再会したら付き合う、なんて言ったんですか!?」
「はい、すいません、確かに言いました」
イクズスはセティとルイセの目の前で正座して白状した。ラフィールが亡くなった後で傷心の時に履行されるか分からない約束をした。それは明らかに自業自得なので、イクズスも言った言わないとつまらないことにしなかった。
セティとしては、だらしない情けないとしか映らない。らしいといえばらしいと納得してしまうのが、彼の魅力に映ってしまう彼女の弱みだろう。
「わははははは!!」
そんな二人の女性に詰められているイクズスを馬鹿笑いするエルレーン。心底楽しそうである。
「なあこれ」
「リュウくんの子だな。ユアちゃんとカスミちゃんとの子。タケルくんと腹違いになるな。」
「やっぱりかー」
ヒビキは見覚えのない子どもについてエルレーンに質問し、納得を得る。今、この世界における藤川リュウの子は三人に増えていた。彼と、年上女子たちの関係を考えれば、むしろ自然なことかもしれない。
「無責任!チャラ男!」
「すんませんすんません」
イクズスはセティの罵倒に対し平謝りしている。少しぐらい反発してもいいだろうに素直なことである。
「あははは、おっと失礼」
エルレーンはその光景を再び馬鹿笑いしてたが、その彼の携帯端末に着信がある。
「ああ。ふむ。そうか分かった。」
短い会話をして着信を切る。エルレーンという男、切り替えのオンオフが激し過ぎる。先程までの馬鹿笑いがなんだったのかと思うほど、即座にシリアスさを纏い始める。
「トラブル発生だ。エクスドライブ搭載機が暴走し日本に向かってきている。その内、藤川ベースにもお呼びがかかるのではないか?」
彼からもたらされた情報は、イクズスとヒビキに緊張を走らせるに足る情報だった。
だが当然のことだったが、このエクスドライブ搭載機が日本にやってきた一件、いわゆる【ジ・エンド事変】が彼らにとってターニングポイントになったことは、今知る由もなかった。
明くる日の正午過ぎ。暴走したエクスドライブ搭載機の情報が藤川ベースにもたらされた。それは中国を横断し、現在日本海に出てきてしまっている。日本に上陸するのは時間の問題であろう。所属不明、国籍不明とされる暴走機は、明らかに統一機構が所有しようとしたアルマダの量産機の集合体であった。バスターキャノンこそ搭載されていないが、二十以上に及ぶ砲塔が迎撃排除しようとした中国陸軍を殲滅してしまった。そういう映像が送られてきて、藤川ベースからも戦力を提供しろという命令が防衛隊司令部から届いている。
「都合のいい話ですねえ」
とは、イクズスの正直な感想である。先の統一機構の議事堂制圧行動事件において、藤川ベースが民間協力者を用いていたことは、司令部の知るところとなっている。その詰問やら諮問会議やらの裏で、時空改変阻止を行っているのだからお互い様にはできる。
それに実際のところ、藤川ベースの組織改編は確実になった。半年以内に藤川リエ司令は更迭され、正式な防衛隊所属軍人が司令として赴任してくる。オブザーバーであった氷室栄司は監査役として残るが、防衛隊への影響力は無くされたみなし役職になる。
日本防衛隊の影響下に置きたい心情が丸分かりだが、藤川ベースとしては現状抵抗する手段は無い。そうだというのに、トラブルが起きたら戦力を寄越せとは、理不尽かつ都合のいい話としか映らないのである。
「でもどの道対戦しなければならない相手、ですね?」
藤川リエは司令として形だけのものとして、防衛隊から辞令が下っている。それを理由に命令に対し時間稼ぎはできるが、何の意味もない。リエが正式に命令を出すと問題にはなるかもしれないが、ベース所属員が答えを誘導するなら問題はない。そういう意味で、セティが話を動かす。
「速ければ速いほどいい。相手の手の内を知る意味でも。」
イクズスは策謀家である。自身の自覚としてリーダーは向いていない。敵を知り、己を知れば百戦危うからずの常道の上で、奇策も打つことはある。
「呪いのカラミティで日本上陸前に敵の武装を削ぐ」
藤川ベースの命令系統は麻痺している。だからこそ、イクズスやセティで物事を決定できる。ただそれも、今だけだ。
「あいつらは会議中だと聞いたが」
「俺はモノ考えるのに向いてねぇ」
適材適所というものがある。ヒビキは、肉体労働あるいは汚れ仕事担当だと思っている。前回でハッキリしている。ヒビキは誰かの指示で動いたりできない。行き当たりばったりのほうが向いているのだ。
「だろうな」
マオの反応はドライだ。この藤川ベースの格納庫内でも彼女は異色だろう。溶け込めているのは、ひとえにカラミティだけを見ているわけではないことか。
「カラミティのこと、どう思う?」
「お前の家族だろう?」
急に話を変えたマオに対し、ヒビキは特に気にすることなく答える。
当のカラミティは専用調整ベッドで休眠中だ。先の戦いでまともに戦闘をした。
データ取りに、戦闘方針の調整、やれることはたくさんあった。
だがマオは、製作者の娘としてカラミティに対し思う所ができた。だからカラミティをカラミティとして目覚めさせたヒビキに質問をしたのだ。
それに対し、ヒビキは全く当然の返答をした。その言葉にマオは当然として失望はしない。彼女の考えるところもまったく同じだからだ。
「その通り。だから、これから大人になる自分にとって、もうカラミティは家族にしておいたままでいいのかと思う。」
マオは今の所天才美少女科学者だ。この基地でなくても、どこかで何かを為す展望もあるだろう。道楽家なシューベルハウト商会の支援ももらって何かできることもあるだろう。そうして彼女は大人になる。その人生の中で、人の姿をしたカラミティをいつまでも伴うのだろうか。誰かと恋をして、結婚をしても。あるいはカラミティと結婚するのか、と。
「それに、父親がそうだったように、カラミティを作るのに人生を捧げ、老いてしまう。私も何かに一生を捧げたらすぐ老いる。ヒビキおじさんのようにはいかない。」
マオはその年頃にして、人間の寿命の短さに憂いていた。ヒビキのように、普通に約千年を生きているおじさんがいるなら当然の話だ。自分もそれだけ生きられれば、いろんなものが作れる。純粋にそう考えていた。
「そうだなぁ。権藤の親父は一から青年カラミティを作ったが、その機能を人間に移植させてもいいんじゃないか、なんてな。」
ヒビキは冗談交じりに途方もないことを言ってみる。ヒビキはカラミティがカラミティとして生きた記憶を持っているが、彼がカラミティという意志をどう作り上げているのかは知らない。それを構築した権藤来生はまぎれもなく天才だったのだ。
今後、その域はエクスドライブAIが担っていくのだろう。マジンは、ヒビキのような邪気を貯められる神域の人物か、魔術の知識を持つ術者にしか扱えない。兵器として強力であるものの、汎用的ではない。技術を進んで守らなければ、廃れゆくものだ。
「おじさん、それがいいよ」
「ん?」
「いや、とりあえず、カラミティの論理構造は抜き出して保存するよ。いつか使う日があるかもしれない。」
マオは、ヒビキの冗談を本気で受け止めた。それが実現するかどうかは別にしても、呪いのカラミティのカラミティとしての魂は保存しなければならない。
「マオちゃーん」
魔術アドバイザーなる怪しげな役職だが、水瀬ルイ、通称ルイセは魔術師だ。
整備班からも、指令室からも、元ヤンキーじゃないかという噂を立てられるほど、本性はドスが強いと言われる彼女だが、女子同士ならスキンシップが強い。
「カラミティ、出撃できる? イクズスからのオーダーなんだけど。」
「問題ありませんよ」
マオはドライさをなくさず、答える。調整ベッドを操作して、カラミティを起こす。
「どうやらこれが最後の出撃みたいね」
「え、大丈夫なの?」
ルイセはカラミティに不具合があり、使用限界があるかのように誤解してしまった。だが、マオはそれに対して否定はしなかった。
「私も彼も姉弟離れしなきゃいけないってことよ」
そう言った彼女の後ろ姿は、ヒビキの目には安堵に映った。これもまた、辿り着いた一つの未来なのだろう、と。
*****
エクスドライブの集合体の意思は、一つの結論に至っていた。
『ドラゴンソルジャーを取り込み、人間の魂を解析する。そして創造。そうすれば人類は必要ない。』
量産型アルマダのAIがどうしてその結論に至ったかは分からない。ネットワーク化されたAIが、試作機によるハッキングの並列化で強制停止されたことでバグが生じたのか。あるいは紅蓮の魔道士によって仕込まれたウイルスが強制停止時に展開する設定だったのが、再調整時に展開されてしまったことが問題だったのか。
はたして、都合の悪いことが重なり合い、シンギュラリティに達したAIが生まれてしまった。
それが、彼だ。さながら急激な進化により、選択肢を削ぎ落とし、結論に至ったまま計算を終えてしまった存在。
あえて呼ぶならば、ジ・エンド。そこから先はなく、後にも退かない進化の
ジ・エンドは、我が物顔で大陸を横断し、海を渡った。途上の抵抗は排除し、海を渡るためのパーツとした。日本に上陸すればパージするだけの部品だ。
しかし、その上陸は後一歩のところで阻まれた。目の前に現れた機動兵器は、データによれば【マジン】であったが、対処方法は皆無だった。
魔術あるいは魔道科学によって駆動する人型機動兵器。そのカテゴリに該当する機体は【呪いのカラミティ】と呼ばれる一機しかない。
ただの一機しかないのに、ジ・エンドは対処のデータを持ち合わせていなかった。
ジ・エンドに推し量れない方法で発生させた空を浮かぶ紋様、地に刻まれる文字と図形。それらは周囲に電波障害と重力異常を発生させ、爆炎を発光させた。
爆発はジ・エンドの装甲を焼き、AIにまで衝撃が走る。電波障害越しに電子戦を仕掛けられている。そこまでフレキシブルに仕掛けておきながら、物理的な攻撃は今も続いている。
エネルギーを温存しているジ・エンドとは違う。そこまで全力で仕掛けてくれば、息切れする。魔術だ魔道だと言っても、それは有限な力であるはずだ。
こんなバカみたいな火力と電子戦をいつまでも続けられない。有人機であれ無人機であれ、そこに弱点がある。
ジ・エンドは残された機能領域で敵マジンの生体反応を探す。すると分かりやすい胴部に、人型の反応がある。
彼は、パージするはずだった部品から離脱し、爆炎でダメージを負いながらも、極めて原始的かつ強力な攻撃、体当たりを【呪いのカラミティ】にぶちかました。
*****
【呪いのカラミティ】が一瞬だけ宙を舞った。巨大なカラミティを更に上回る巨体のジ・エンドのただの体当たりによってカラミティは後ろへと吹っ飛び倒れた。
「かっ、は」
以前よりも遥かに快適なシートが用意されていても、カラミティの内部にいたヒビキは多大な衝撃に意識が明滅し、呼吸が怪しい。
【呪いのカラミティ】の全火力を持っての総攻撃。それは大幅に成功した。
敵機、ジ・エンドはカラミティに対し抵抗を示したものの、大出力ビーム砲塔は破壊に成功している。
故に、ここからは詰めだ。カラミティが倒れる後ろから、アルヴェーゼやドラゴン、ヘイ、アルマダが地上で現れ、フェニックスが飛行して空を抑える。
『よぉし、皆、一斉攻撃だ!』
ドラゴンはアルマダと合体してバスターを、ヘイは重火器を、フェニックスはミサイルを撃つ。
『アブソリュートバレット!』
アルヴェーゼが太刀を持たない左腕から青い発光弾を撃つ。
それらの一斉砲撃もジ・エンドは健在。
『ちぃ!』
舌打ちしながらイクズスはアルヴェーゼを踏み込ませ、太刀を両手持ちにして突撃する。詰め切れない。データが無いこともさることながら、無人機動でありながら、何かの意思を感じられるような動きをしている。
それは危険だ、とイクズスは直感して動いていた。
『私はジ・エンド。終点である。』
この時、初めて敵機が声を発した。いや、生声ではない。雑音交じりの、耳障りな機械音声だ。
『ジエ、何!?』
ドラゴンがヘイやフェニックスとも合体し、パワードラゴンになろうとしたところで、この声を聞き、直後、エクスドライブマシンはバラバラになる。
ジ・エンドから何かが広がっている。その振動波はアルヴェーゼの膝を着かせるほどである。
『重力波では、ない!?』
イクズスの生身にも影響を受ける強烈なプレッシャーがジ・エンドから放たれ続けている。
「エクスドライブマシンのエネルギーが低下! ヘイ、アルマダ、フェニックス、動けません!」
セティが叫び、状況をモニタリングしていた指令室も騒然としている。ジ・エンドはエクスドライブマシンだ。その巨体さからドラゴンたちのエクスドライブ総量よりも上回るかもしれない。
だがそれにしたって、そのエネルギーを使いエクスドライブへの干渉波を出すことは、考えられることはなかったのだ。
「指令室、ドラゴンに離れろ、と。離れろと伝えてくれ。このままでは。」
生身にも影響を受ける干渉波に胸やけのような気持ち悪さを感じながら、イクズスは指令室に連絡する。
「ドラゴンには、ドラゴンのエクスドライブには藤川リュウの記憶と魂がある。このままでは、彼が死ぬ。」
気分の悪さで動けないイクズスとアルヴェーゼ。ドラゴンソルジャーもほとんど同じようにも関わらず、彼は他のエクスドライバーが動けなくなる中、動こうとしている。
手持ち銃を撃ち、ヘイのマシンキャノンを借りて撃つ。まるで、今動けるのは自分だけと言いたげだ。
「逃げろ、ドラゴン。君は、君だけでは。それに君は死ぬ気か!?」
イクズスは喉奥の吐き気と胸の痛みに耐えながら、ドラゴンに対して声を上げる。
『うおおおおおあああああ!!』
ドラゴンの咆哮。しかし、それも束の間。ジ・エンドの不格好な腕と手に捕まってしまう。
『エクスソルジャー。ドラゴンソルジャー。初めから意志を持つおまえ。おまえのエクスドライブを取り込み我は。』
潰れていく。砕けていく。ドラゴンソルジャーの脚は千切れ、体は割れ、抵抗を示す腕は砕ける。ボロボロになったドラゴンソルジャーの躯体を、ジ・エンドは無理矢理に自分の胴部に押し込む。
その衝撃で散った火花が引火でもしたか、爆発が起こった。無惨にドラゴンソルジャーの頭部だったものが吹き飛んでいく。
「く、う、ああああああああ!!」
イクズスは唇を噛んで、痛みで気持ち悪さを誤魔化し、怒りとも悲鳴ともつかない声をあげた。
無論、ドラゴンのエクスドライブは残っている。それと思しき緑色に輝く何かがジエンドの胴部装甲に突き刺さっている。ドラゴンソルジャーであったものと一緒に。
それを回収して元に戻せば何とかなるかもしれない。
そこに希望を託して、イクズスはアルヴェーゼの残りの力を振り絞るが、ジ・エンドの圧力が強まり、重力場でも作られているのか、あたりを押しつぶしていく。
そしてジ・エンドはドラゴンのエクスドライブを食べ、飲み込むように、ドラゴンソルジャーの残り滓だったものごと、自分の装甲の中に呑んでいってしまった。
*****
「なんだここは」
目の前のどこまでも白く、上も下も、右も左も無い空間で、茶髪の男性が呟く。
現実感が無く、夢を見ている。今自分が飛んでいるのか、沈んでいるのか、立っているのかが分からない。それ故に、意識があるのかすら定かではなかった。
『おまえはだれだ』
語りかけてくるものがいる。何かが声を発している。目を泳がせて、首を振ってみる。儀礼的な行動だ。声は真っすぐ、一点から発せられている。彼には分かる。
「ぼくは」
声を発して、違和感がある。ここまでの習慣故、本来そうであったことを今更ながらに思い出して、苦笑した。だから言い直す。
「いや、俺はリュウ。藤川リュウ。」
彼は自分の名を語り、そして瞬きの間にここまでの出来事を思い浮かべていた。
『おまえはにんげん? なぜだ。どうしてそこにいる?』
「さぁ? 俺はまたエクスに会いたくて、エクスドライブへの人格投射をしていただけなんだけどね。イクズスさんの言う通り、それがもう一つの魂になったのかな?」
リュウはため息を吐く。イクズスの仮説は大変に面白いし、興味深かった。
エクスドライバーとしてのリュウは、ドラゴンソルジャーとして自我の境界が曖昧だった。戦っている自分はエクスソルジャーであったかのようだった。
しかしそれに加え、自分はリュウとして動いていたようにも思う。無意識のうちに自らのカメラアイで写真を撮っていた。記憶容量にデータが残されている。
そして、いつの頃か習慣化した、愛する者への誕生日メッセージを電話に送ることを毎年やっていた。不思議な事にそうしていたことを、今の今まで忘れていた。
『エクスドライブに宿る、た・ま・し・い? わからない。』
「分からなくて結構」
第三者の声がした。リュウには聞き覚えのある声だった。
「まったく、お前の無茶にはいつも驚かされる」
後ろから聞こえてきた声に振り向くと、何か人型のようなものが浮かんでいた。
リュウにはよく知っているものだ。相変わらず、どういう人物なのかははっきり見えないが、それが男性であることは分かる。子どもの時は厳しく聞こえたが、大人になったリュウには、さほど年嵩が変わらない声に聞こえた。
「あの時の子どもが大きくなったものだ」
声は、いやエクスソルジャーそのものは、懐かしそうに言う。
「どうせ、やめろとか、平和に暮らせとか、言ってもダメなんだろう」
「そうじゃないんだ」
「分かっているさ。俺も後悔はしていない。お前の信じることをすればいい。」
「ああ」
リュウは会いたかっただけだ。認めてもらおうなんて傲慢な事を思いもしなかった。リュウが戦うのは、愛する者を守るためと、何よりエクスソルジャーと出会ったことを過去にしないためだ。それはもはや頑なに信じることしかないかもしれない。
エクスははっきりと見えないが、彼自身の指をリュウの胸に突きつける。
「俺はずっとここから見ている。お前の無茶も、お前の決意も、お前の勇気もだ。それらがダメで、ディレイフニルのような化け物が現れたら、その時はまたお前を助けることがあるだろうさ。」
「ありがたい。喜んで助けてもらう。」
リュウは、いらない、必要ない、とは答えなかった。これらはお節介ではない。かけがえのない戦友の提案だから。
「よぉし、それならお前がドラゴンだ! いいな!」
「ああ!」
リュウは見えない何かの手を握り、無いはずの感覚を認識してから、地を蹴った。
跳ぶ。飛ぶ。
「エクス! また!」
リュウは振り返らず、別れと再会をまた約束して、光の彼方の先へと向かった。
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