第4話
パンケーキを前にしてようやく、パンケーキがそれほど好きでもなかったことを思い出す。私の対面に座って、ミドリは楽しそうに写真を撮っていた。私とミドリの間で、三段分の湯気がほかほかと立ち上る。かわいいだろうか、と思ってしまう。パンケーキ越しに見る私は、かわいいだろうか。そうして、そういうふうに見られたいのだ、自分は、と考える。ミドリにかわいいと思ってほしい自分が、私の中にいる。さーやか、という声で顔を上げると、ミドリのファインダーと目が合った。かしゃ、とシャッター音が響いたあと、スマートフォンがどけられる。こんどはレンズ越しじゃなくて、直接、視線が結び合う。やさしい、やさしい声が降る。
「さやか、パンケーキがすっげえ似合う。好き」
きゅっと細められた瞳がやっぱり好きで、目が離せない。みどり、と唇が勝手に動く。今まで出したことがないほど甘ったるい声が出て、ぞっとした。ああ私は、と思う前に、口にしていた。
「ミドリ」
「うん?」
「私も、ミドリが好き……」
好きと言ったことなど、今まで何回もあったのに、これは違うと、なぜかはっきりと思った。ミドリがいつもみたいに、「そっか。嬉しい」とまたファインダーを覗くなか、私は蒼褪めそうなほど大きな感情につぶされそうになっていた。
私はきっと、もうミドリでなければだめになってしまっているのだと思った。そうしてミドリは、私でなければだめなわけでは、ないのだ。不意にミドリがスマートフォンの、ファインダーではないところに目を逸らした。すこし遅れて、通知のバイブ音がかすかに響いた。
「ライン?」
「うん」
「さよこちゃん?」
考える前にその名前が口をつく。ミドリがフリック入力をやめる。我に返ったように「え?」と返事をする顔は、見たことのない色をしていた。「……そうだけど」
「ミドリってさ、」
私は自分の声がこまかく震えているとわかった。その次を言うことができないまま、私はナイフとフォークを手に取った。そうしてなんとか笑って、なんでもない、と言って、生地に刃を入れた。不器用な私の指のもとで、はち切れんばかりの生地がゆっくりとやぶれ、上に乗ったクリームがやわらかく零れる。落ちかけの苺を、私はフォークで支えながらパンケーキを切り分ける。ミドリがなんでもなかったように、美味しそう、と声を上げるのが、どこか遠くのものに思えて寂しかった。
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