第14話「転生しすぎた勇者は遠き日々を語り始める」
今回の話のために、曲を作りました。
もし聞ける環境にあったら、流しながら聞いてください。
Melody Of Memories
https://www.youtube.com/watch?v=l2D4axUKURE
↓本編
僕の言葉は美奈にちゃんと届いたのだろうか。
彼女は僕と向かい合って口をぽかんと開けたまま何も言わず、本当に聞こえたか、そもそも自分が口にできたかどうかも不安になる。
「……ゆう、しゃ?」
少しの間を置いてから美奈は確かめるように声を発する。
「ああ」
「勇者って、あの、ゲームとかでよく出てくるような?」
「まぁ、そんなところ」
「へぇ……。そうだったんだ」
その反応が少し意外だった。この世界では勇者なんて単語、作り話の中にしか存在しないものなのに、美奈はただ頷くだけだった。
「驚かないんだね」
もしかしたら、信じられてないのかもしれない。むしろ、そう考えるのが自然だ。
「さっきの見たし」
「あー……」
あんな魔物を直接見て、それでも信じない方がおかしいか。
「それにね、ちょっとそうなんじゃないかなって、思ってたし」
「思っていた?」
「あなたが別の世界から来たんじゃないかって」
「…………」
思考が停止した。
「…………えっ?」
美奈の言ったことの意味がさっぱりわからなかった。
頭の中を疑問符が気持ち悪いくらいに増殖、侵食していく。
「ど、どうして……? 美奈からしたら、とんだ空想話のはずなのに……。なのに、どうしてそんな……」
声が震えていた。理解不能だった。
どうして、そんな簡単に信じられる?
「今にして思えば、だけどね。いっぱいあったよ。ヒントというか、ボロというか。あなたの言動、最初からどこかおかしかったもん」
美奈が人差し指を立てる。一つ目、という合図だ。
「まずお金もないのに一人旅なんて、怪しすぎるし」
「む……」
更に中指を立てる。二つ目の合図。
「今のご時世にスマホ知らないのもあり得ないし」
「ぐ……」
何も言い返せない。改めて自分の軽率さが痛いほどに身に沁みる。
「あと」
「まだあるの?」
「うん。正太郎くん、あの時魔法を使ったんでしょ?」
「……!」
全身の産毛が逆立った。それだけは絶対に気づかれないようにしていたはずなのに。
だが、ついさっきの出来事の後であれば、そう考えるのも当然の話であると思う。物語の中の勇者は魔法を使って敵をやっつけるものだった。
「わかるよ、流石に。山の中で熊に襲われた時、正太郎くんは血だらけになってたのに、その傷もなくなってて」
その時一緒に――、
「私の傷もなくなってて」
――それも、気づいていたらしい。
「あ、そう言えば魔法って単語に、すごく反応してたよね」
彼女の言葉は予測の範疇を超えていて、どれも意味を理解するのにひどく時間がかかった。
「そ、そうだとしても、そんなの決定的な理由にはならない。ただ単に痛い妄想をしている人間だって考えるのが――」
「そうだね。確かにそれだけだったら、私だってそんなこと思いつきもしないよ」
「なら――」
と言いかけたのを美奈の次の語句が遮った。
「私ね、見てたの」
「見てたって……?」
一体、何を?
「正太郎くんが現れる瞬間を」
僕が現れた瞬間。
どんどん自分の知らない話が顕になっていく。
「自分ではわからないのかな」
少しだけ笑うと、美奈はほんの少しだけ興奮を含んだ表情で口を開いた。まるで夢物語に胸をときめかせる少女のような声だ。
「正太郎くんはあの時、海で初めて会った時、何もないところから突然現れたの」
「えっ?」
「すごくキラキラと光って、気づいたら正太郎くんはそこに倒れてて。だからね、もしかしたらあなたは、そういう人なんじゃないかって、最初からそう思ってたの」
それは、転移魔法で現れる時の特徴そのものだった。
「ちょっと待って。いろいろ混乱してる。……つまり、君は、そんな得体も知れない人間に、話しかけてきたの?」
「そうだよ?」
あっけらかんに言い切った。一瞬この世界に魔法がないという事実が疑わしくなるくらいに迷いのない声だった。
「どうして……」
「前にも言ったけど、単純に、つまらなかったからだよ」
いつかの美奈の口にした言葉が頭の中で響く。ここ波揺には何もなくて、つまらなくて、退屈していたと。たしかそんなことを言っていた。
「そんな時にあなたが現れたの」
彼女はそうつぶやくように口にしながら、空を見上げる。瞳に星の瞬きが反射して、キラキラと輝く。
「予感がしたの。何か面白いことが起こるんだって。そんな気がして、だから、あなたに話しかけたの。……変かな?」
「もしも僕が、魔王みたいな悪人だったら、君はどうするつもりだったの?」
「それは、結果的にあなただったんだから、よかったじゃない」
本当にそれは結果論だ。それに僕のせいで今のこと然り、山に行ったときも然り、危険な目に遭わせてしまったのもまた事実だと思う。
「話が少し脱線しちゃったけど、そういうこと。だから、私はあなたの言っていることを信じるよ」
「……そう、か」
「だから、聞かせて。あなたのことを」
話す気なんてなかったから、上手く言葉にできる自信がない。
一体何から話して、どこまで話したらいいのかもわからない。
「…………どこから話したものか」
――――
僕は、魔王という化け物と戦った。
それは一度だけじゃない。何度も、何度も。
戦いの中で僕はたくさんの命を奪ってきた。魔物も、そして、人も。罪もない人間も、殺した。
僕は、いろんな世界を飛び回って、いろんな世界の魔王と戦った。異世界はいくつもあって、そこではどこも魔王と人間の戦争があったんだ。
ここでは空想だとしか思えないだろうけど、本当の話。
いくつも、いくつもの世界へ転移して、何回も魔王と戦って、その度に世界を救ってきた。
90……何回だったっけ? まぁ、細かい数字はいいか。
いろんなところに行った。魔王が龍だったこともあったし、偉大な魔導師だったこともあった。いろんな戦いがあったし、いろんな出会いも、別れもあった。
ただ、なんだろうな。ずっと同じことを繰り返すうちに、何にも思わなくなったんだ。人との出会いにも、偶然の巡り合わせにも、何をしても、見ても、感じても、少しずつ心が動かされなくなっていった。
魔王を倒しても『ああ、じゃあ次』みたいに、冒険することは僕にとってただの『作業』になっていた。
果てには、仲間が死んでも、味方が壊滅しても、一つの村が魔物に滅ぼされたのを目にしても、何も感じなくなった。どんなに胸を痛めるような出来事も、何千回、何万回も繰り返すと、無感動になるんだ。
人は幸福にも、そして不幸にも鈍感になる。きっと想像できないと思うけど。
そんな中、僕はある世界を訪れた。そこにも魔王がいて、それと戦うことになるわけだけど、そこは絶望としか言いようのない状況だった。
その世界にはもうほとんど人間は残っていなかったんだ。
世界のほとんどは魔物によって牛耳られ、さほど大きくもない国が端っこに残っているだけで。遠くない滅びる瞬間を待つしかない。
状況は過去最悪だったと言ってもいい。世界中合わせても、人間が千人もいないんだ。それまでの僕の使命は、魔王を倒すことだけだった。そうすれば全て解決した。
けど、そこではただ魔王を倒しても、また新たな魔王が生まれるだけで、人間が滅びる未来は変わらない。
だから世界中の魔物を、根絶やしにするしかなかった。魔物を一匹残らず滅ぼすしか。
世界中に魔物は何千万といて、いや、億までいってたかもしれない。一方人間は千にも足りないくらい。その状況下で人間という種が生き残るためには、それしか方法がなかった。
だから、僕は――。
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