第13話「転生しすぎた勇者は存在しないはずの魔物に『魔王』と呼ばれた」
光を失った瞳が、僕を見つめ続けている。
幾多の視線が全身を貫いてくる。
僕が絶った命の群れに、くし刺しにされる。
「……うして」
「…………」
「どうして、勇者様……っ!?」
「…………」
やめろ……。
「きゃあっ!?」
「…………」
「いや……っ、痛い、痛い、痛いぃっ」
やめてくれ……。
「…………」
「どうして、うっ! こんな、こ、とを……っ」
『仕方ないことだ』
わかってる。わかっているんだ……。
『だから正しいことをしたんだ』
ああ、そうだとも……。
『なら、なぜそれを罪と感じる必要がある?』
必要なんかない。僕は正しいんだ……。
「いやぁぁぁあああああっっ!!!!」
やめろ、やめろ、やめろ……っ。
『何一つ忘れていない。全てを覚えている』
覚えている、覚えている、覚えている。
『その手に伝う、生ぬるい血の感触』
自分を見つめる虚ろな双眸。
『喉を引き絞るように告げられた恨みの言葉』
それに対して、眉一つ動かすことなく、
『彼女の首を刈り取った』
――――
意識が覚醒する。
まぶたが一気に開き、薄暗い木造の天井が見えた。まだ夜は明けていないらしかった。
胸に手を当てると全力疾走をした後のように、心臓が暴れ回っているのを感じる。全身が汗でびしょ濡れになっていて、シャツが貼り付いてきて不快だった。
「はぁ……、はぁ……」
また、あの夢だ。
最近になってさらに増えてきている。
しかもその光景は日を追うごとにより鮮明に、より凄惨さを増して僕の意識を暗闇へと飲み込んでいく。
「大丈夫……?」
首を回すとすぐそこに美奈の顔があった。心配そうな、そして悲しそうな表情をしているのを見て、逆に僕は今が現実であると認識して安心してしまう。
「ごめん。また起こしちゃったね」
「ううん、いいよ」
このままもう一度寝ても、またあの夢を見てしまうだろう。そうなればうなされて美奈を起こしてしまう。
そう思い部屋の外へ向かおうとすると、美奈が呼び止めた。
「どこ行くの?」
「ちょっと外に」
すると美奈も後を追うように立ち上がった。まさか、僕についてくるつもりなのだろうか。それだと本末転倒もいいところだ。
「別に来なくても」
「ううん、私もちょっと散歩したいの」
「こんな時間に出歩くなんて危ないよ」
「それは正太郎くんもそうだし、それに二人の方が危なくないでしょ?」
どんな理屈だと内心ツッコみたくなったが、下手に一人で出て行って後をつけられるよりはマシに思える。
「なら、好きにしたら」
美奈はやった、と小声で呟くやいなや薄手の上着を羽織り、手早く二人分の靴を持ってきて窓の縁に置く。
「じゃ、行こうか?」
もしかして外に出たかったのは美奈の方なのでは?
そんなことを考えている間に美奈は窓から外へと出ていた。
夏の夜空にリンリンと虫の声が響く。
僕と美奈の二人でこうして夜の道を歩くのは二度目だ。
「この時間になるとやっぱり涼しいねー」
「風邪、ひかない?」
「わかってるって。そこまで子供じゃないよ、私」
「どうだろう」
「むぅー。正太郎くんはいつもそうやって、人を子供扱いするんだから」
風船のように顔を膨らます様子が可愛くて笑うと、さらに美奈の顔は膨れた。
「実際子供だよ」
「だから、なんで同い年のあなたがそれを言うの」
「……さてね」
「何か気になる言い方。そういうの良くないよ」
「ははっ、それは失礼」
話してもいいんじゃないか。
そんな心の声が聞こえた。
「……変なこと言うけどね」
「どうぞ」
「最近、よく笑うようになったよね」
「……えっ?」
思わぬ言葉だった。
しかしそれはどこか核心をつかれたような、そんな響きを持っている。
笑顔とは、意識的に行為することによるものだ。いや、だった。少なくとも魔王と戦う毎日の中では。ここでの日々を過ごす中で、意図的に笑うことは少なくなっていた。だが、美奈はむしろ笑うことが増えたという。
それが意味することは、ただ一つだ。
「初めて会ったときよりも表情っていうのかな、それがやわらかくなったような気がする」
「前の僕はどんなだったの?」
「なんて言うんだろ。いつも何か難しいこと考えてそうな感じ。あと、正直、結構無愛想だったよ?」
抽象的からの突然の具体的な指摘という落差に、地味にダメージを受ける僕。
自由奔放に生きる彼女に、感化されてきているのだろうか。
それとも、魔王討伐の連続の中で失われた、人の心が戻ってきたのか。
「だからさ、起きてる時はいいんだ。でも……」
「寝ている時……」
「そう。どうして、いつもあなたはうなされているの?」
言葉を失う。自分は、どうすべきだろうか。
「一体、どんな夢を見ているの?」
「…………」
「誰から、あなたは許されたいの? ごめんなさいって、ずっと誰に謝っているの?」
話してしまってもいい。
そんなことを思った。
彼女になら、伝えてもかまわないと。
話したくない。
そんなことも思った。
自分の手が血に塗れていることを知られたくない。信じてもらえるわけがない。
「もしもあなたが嫌なら、もう、聞かないから……」
頭の中をいろんなことが行ったり来たりする。いろんな考えが現れては消えを繰り返す。
「ぼ、僕は……」
そして最後には後者の結論に至った。俺が生きてきた世界は、この世界とは大きくかけ離れているからだ。
「……ごめん。君のことを信用してないとか、そういうのじゃないんだ……。ただ……」
「ううん、いいよ。気にしなくて」
「でも……!」
「誰にだって話したくないことはあるもん。だから――」
その時だった。
遠くの草むらが大きく動く。
言うなれば異様だった。膝ほどの高さの草むらの中に、のっそりとした体格の何かが確かにいた。
それはどうやら生き物のようで呼吸による全身の上下が、微かな光によって映し出されている。しかしその姿はまるで人のようでいて、それでいて明らかに獣のような気配を漂わせていた。
この気配には覚えがある。久しぶりなせいで認識するのに時間がかかった。
「キシャー!!」
その姿をこっちが認めたと察知するやいなや、それはこの世界のどの生物の鳴き声にも形容し難い雄叫びを上げて飛び出してくる。
「危ない!!」
「きゃっ!?」
脊髄反射的に美奈の体を道路の端へと突き飛ばす。
その得物は星の微かな光の反射を受けて鈍く光ったと思えば、次の瞬間には二人の間を猛烈な速度で切り裂く。
「ちっ……」
自らの攻撃が外れたことに対する舌打ち。こいつが知能を持っていることを即座に察知した。
「な、何あれ……!?」
そいつは不意打ちが失敗し、逆に反撃されることを恐れてか一歩後ろへと下がる。
雲が晴れて月が出てきて、ようやく相手の姿を視認できるようになる。
2メートルはある巨体。その皮膚は鱗のようなもので覆われていて、二足歩行する巨大なトカゲと言えば一番近い。
その手には自らの肉体ほどの長さを誇る長剣が握られている。今の自分が攻撃をくらってしまったら一発でアウトだろう。
「魔物か」
自分の中から勇者としての人格が湧き上がってくるのを感じる。
冷酷で、攻撃的な『俺』が戻ってくる。
「マモノ……? え……!?」
「美奈、後ろに下がってろ」
「う、うん……」
魔物は猛然と突進しその長剣を振り下ろす。しかしその力は改めて見てみれば大したことはなかった。
この程度の魔物なら避けるまでもない。
「なっ!?」
左の肘と膝でその刃を挟んで止める。魔物は少しでもそれを僕に当てようと力を込めるがビクともしない。逆にそれは俺に対して大きすぎる隙を晒しているも同然だ。
「ふんっ!」
そのままの体勢で眉間に渾身の拳を叩きつける。鱗は思いの外脆く、ヒビが入った次の瞬間には粉々に砕け散った。
「ブシャアッ!?」
緑色の血液のような液体を吹き散らす魔物の首を掴み剣を叩き落とす。
「おい。お前はなんだ? どうしてここにいる?」
「くっ、貴様こそ……、あ!」
その瞬間、魔物の俺を見る目の色が大きく様変わりする。まるで信じられないものを見たように目を丸くし、そしてそれはすぐに憎悪の念が込められた。
「その目……! まさか、貴様は……っ」
もしや俺のことを知っているのだろうか。俺には見覚えはないが、勇者として叩き切った魔物は数え切れないほどにいる。ならば、そのような敵意を向けられても仕方がない。
そう思っていた俺の予想を、魔物は大きく裏切る。
「魔王……っ!」
魔王。
その魔物は確かに俺をそう呼んだ。
それは俺が倒すべき敵の総称。
俺が呼ばれる筋合いなど本来なら一切ないはずだ。
だが、俺には心当たりが一つだけあった。
「……なぜ、そう呼ぶ」
「忘れられるわけが……。その冷酷な目、血も涙もない貴様のその目を、たとえ肉体が変われど、どうして忘れられよう……!」
記憶が脳裏を次々と駆け巡る。二度と思い出したくないと思っていた感触がよみがえる。
「オレの仲間を貴様は、魔王は……」
「……魔王か。なら、なぜお前は生きている? 俺を魔王と呼ぶ魔物がなぜ」
「貴様が、オレをここに飛ばしたんじゃないか……。なのにその直後にまた出会すなんて……、ついて、ない……。ぐぅ……っ!」
「ちょっと待て! まだ……!」
呼び止めようとするも無意味で、魔物の身体は紫色の光となり虚空へと消滅していく。
「き、消えた……?」
恐ろしく弱い魔物だった。俺たちに襲いかかったのが不思議なくらいに。
魔の気は未だに感じられない。ついさっきまで目の前にいたのに、死んだ瞬間嘘のように消え去ってしまった。
「ね、ねぇ……。今の、見たことないような、か、形? だったよね……」
「あ、ああ……。そうだな」
見覚えはない。魔王の姿だって覚えているかどうか、危ういところがあるくらいなのだから、遭遇したことのある可能性は否定できないが。
しかし、あれほどまでに弱いのは、理解できない。
あの魔物の告げたことが全て事実であるのならば、俺が奴に転移魔法を使ったと考えるのが妥当だろう。その結果この世界へ転移してきたのなら、それなりに手強い魔物だったはずだ。
女神様でもなければ、転移魔法はそれなりに手間のかかる代物。あの程度の有象無象なら、剣を振るえばそれで済む。
こじつければいくらでも現状を招いた可能性は挙げられるが、それでもあの魔物は僕を『魔王』と呼んだ。
一体、なぜ?
「あなたは、あれを知ってるの……?」
「……知ってる」
「そう、なんだ」
魔物が消えた瞬間から『僕』から勇者が薄れていく。さっきまで熱く滾っていた衝動が夜の風にあてられて冷やされていくようだった。
今のことをどう説明するのが正しいのだろうか。
何もかも一切合切を話してしまうべきか。それともこれまでと同様に適当に煙に巻いてしまうべきか。
そんなことに思索を巡らせていると、美奈はさらに質問を続ける。
「ねぇ、もう一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「あなたは、何者なの?」
当然の質問だったが、それに答える言葉は未だに決めあぐねている。けれど、ここまで来たらもう他に道はないようにしか思えなかった。
「さっきのマモノ? も、あなたのことを知ってるみたいだったし……」
「……タイミングがいいんだか、悪いんだか」
あんなところまで見られてしまったんだ。もう話すしかない。
それに、いずれは告げなければならなかったのかもしれない。なるべくして起こった出来事なのだろう。
一つ深呼吸してもう一度頭の中で答えを反芻する。
信じてもらえないかもしれない。むしろその方が可能性は高い。さらには頭のおかしい人だと思われても仕方ない。
でも、これ以上美奈に嘘をつきたくなかった。
「……僕は、勇者なんだ」
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