第8話「転生しすぎた勇者と少女の小さな冒険~その4」
本来の第一目的である祠へのお参りも終わり、山を下りる。そこでずっと気になっていたことについて話題に出した。
「そう言えば、それ」
「それ?」
「熊に襲われてるときもずっと離さなかったけど、結局何なの?」
今も美奈の手が握るのは風呂敷だ。あれだけのことがあったのだから、もうとっくになくしていてもおかしくないと思っていた。
「うふふ~。それは下りてからのお楽しみだよ~」
「…………」
「あ、でもグチャグチャになってないかな……」
改めて、祠の方を見る。いくつか解せない点があって、それが頭の中から離れない。
ここに来るとき、農家の人が言っていたこと。
『あと、そんな奥の方には行かないと思うけど、入り込むと熊とかも出てくるからな。念のために祠よりも奥には行くなよ』
まだこの辺りは山全体で言えば、まだ最初の方といったところだ。もしもこんなところまで熊が出て来るのなら、あの人も僕たちに行くようには言わなかっただろう。
しかし現実として、熊は僕たちの前に姿を現した。
一体、なぜ?
それに、あの名前。
僕の名前が刻まれた慰霊碑。
この世界にかつていた古堅正太郎は、既に死んでいる?
なら、僕が名乗ったことには一体どんな意味があるのだろう?
「やっと家とか見えてきたね」
「えっ?」
思考が強制的に停止される。見ると周りには木々は少なく、ならされた土の道を歩いていた。
「ここなら、もう大丈夫……だよね」
「ふふっ。……あれ? そういえば傷とかは?」
いつか言われるだろうとは思っていたが、他のことを考えていて意表を突かれたような気分になる。
「な、何の話?」
「さっき熊に襲われたとき、結構ボロボロだった気がするんだけど……」
「き、気のせいじゃないかな」
「怪しいな……」
嘘なのだから怪しいのも仕方ない。
「だってこんな短い間に、治るわけないよ」
が、心とは逆に口は次々ともっともらしい理由を並べ立てる。
「うーん……。ちょっと腕とか見せてよ」
「ほら」
言われた通り、右腕を見せつける。傷一つない、綺麗なままの腕だ。
「あれ、おかしいなぁ」
実際のところ、傷はあった。だいぶ傷だらけだった。
そのほとんどを回復魔法で塞いでしまったので、跡形もないが。
さっきの炎魔法の一件でわかったことがある。それは、この世界では魔法の威力が著しく下がってしまう、ということだ。
この傷口を治すくらいの魔法をかけても、一瞬痛みが和らいだような気がしたような、本当にわずかな効果しかなかった。
しかし、実験も兼ねて何千人もの瀕死の人々を完全に回復させてしまうくらいの、究極回復魔法を自分一人に集中させたら、それでようやく僕の擦り傷は回復した。
つまりはちょっとした魔法を使うにも、ここでは膨大な魔力が必要らしい。
「でも、ちょっと顔色悪いね」
余計な心配をかけないためにとはいえ、おかげで魔力はスッカラカンだ。もう一人分の魔力を使用したせいもあって、今にも倒れてしまいそうだった。
「不思議……。それじゃ私の方が傷が多いくらい……あれ?」
自分の体をグルグルと見回すと美奈は再び目を丸くした。
「あれ? あれれれ? この辺り転んで擦りむいてたような気がしてたのに」
「……ボケ?」
「私まだ中学生だよ!? 変だなぁ……」
首を傾げる美奈。すると突然、ぐぅーとマヌケな音が鳴り響いた。音の源は、あ、自分だった。
「あら、もうお昼なんだね。……うふふっ」
僕の腹の音のマヌケさが可笑しかったのだろう。考えてみれば美奈の前ではいつも腹を鳴らせてばかりだ。
「あっ、ちょうどいいとこ発見ー!」
葉が生い茂る木々がいくつか並んでいて、ちょうどいい具合に日陰になっている。あの下なら涼しいだろうし、一休みするにはうってつけだ。
「あそこで、少し休もう」
「そうだね!」
木陰の心地よさはたまらないとしか言いようがなかった。山の中も日陰といえば同じだが、精神的に安心できるかどうかの違いは大きい。
草の上に寝転がると、穏やかな風が吹き込んできてさらに気分がいい。
一方の美奈は、何やらガサゴソと怪しい動き。
「じゃじゃーん!」
「これは……」
彼女が自信たっぷりに包みを広げると、可愛らしい弁当箱が姿を見せた。
「うふふー。作ってきたんだよー!」
「そんな時間あった?」
「魔法を使ったの!」
「魔法? そんな魔法があるの!? 教えて!」
これまでいろんな世界を旅してきたが、食糧を生み出すような魔法なんて見たことも聞いたこともない。しかし、もしもそんな魔法があればまさに夢のような魔法だ。
戦いの中で最も必要なものの一つであるのが食料だ。そんな魔法があればわざわざ持ち運ぶ労力もいらなくなるし、戦いが始まった後の兵士の士気の継続にもうってつけだ。
「冗談だって。なに本気にしてるのー」
「あ……」
どうやらからかわれてしまったらしい。よく考えてみればこの世界には魔法がないのだった。
あまりにも革新的な魔法だっただけに、つい冷静さを欠いてしまった。
「魔法とか信じてるの? 子どもだねー。そう言えばさっきも何だっけ? フレイヤとか言ってなかった?」
クスクスと笑う美奈。
「む……」
そしてなぜだかムッとなってしまう自分。
「結局何も出てなかったし、一瞬びっくりしたしあきれたよ……」
「よく見ればちょっと光ってたんだけど……」
「え? 何か言った?」
「いや、何でも――」
ぐぅー。
「…………」
ついさっきも聞いたようなマヌケな音。
しかし今回は――。
「い、今のは……!」
「……何も、聞こえてない」
「聞こえてるじゃん! バリバリ聞こえてたよね!?」
ぐぅー。
ダメ押しとばかりにもう一回。
「……聞こえてない」
「もう~~!」
「ほら、せっかく用意してくれたんだから、食べよう?」
「むぅ……。なんか納得いかないな」
プクーと膨れ面になりながら、ゆっくりと宝箱を開けるように蓋を開いた。
「おお……!」
中身は色とりどりのおかずで敷き詰められていた。
卵焼きにウィンナーにブロッコリー。他にも真っ赤なミニトマトなどもあって、見ているだけでまたお腹が鳴りそうだった
「よかった……。そんなに崩れてない」
美奈はそう口にし、ホッと胸をなでおろす。美奈がどうしても自分で持っていようとしたのは、この弁当が風呂敷の中にあったからみたいだ。
「「いただきます」」
手を合わせ、声は自然に合った。
「すごく、おいしそうだ……」
卵焼きを割り箸で摘まむ。程よく弾力があり、程よくやわらかい。
甘い匂いが鼻孔を刺激してくる。もうたまらなくなり、口の中に放り込んだ。
「……ど、どうかな?」
「…………」
緊張した面持ちで僕の顔を伺ってくる。
「おいしい……!」
僕が賛美の声を上げると、パァッと美奈の目が煌めいた。
甘いけど、甘すぎでもない。ダシの味がよく出て絶妙に塩味も効いていて、本当においしかった。
「本当!?」
「うん」
「そっか、よかったぁ……。昨日はとうもろこししか用意できなかったから……」
「……僕がちゃんとしたものを食べるためにこれを?」
「うん」
コクリと小さく頷く。その表情は誇らしげでありながら、どこか照れくさそうだ。
「ありがとう。本当に嬉しい」
「喜んでもらえたなら、私も昨日から準備しておいた甲斐があるよ……あっ」
「昨日?」
「うそ! 魔法!!」
「う、うん……」
そこは知られたくないらしい。……よくわからない。変な意地だ。
――――
「すぅー、すぅー」
家にたどり着いた途端、まるで操り人形の糸が切れたように美奈は眠ってしまった。
あれだけのことがあったのだから、相当に疲れていたのだろう。そもそも朝が早かったのもある。
「はぁ……。とりあえず、無事に終わってよかった……」
一日目から、いろいろあり過ぎだと思う。最後まで保つのか不安になるくらいに。
「あと、一ヶ月」
……でも、何だろう。この感じは。
少しだけ、全身が軽くなったような気がする。
ずっと自分の中にのしかかっていた何かが、消えていくような感覚。
まさか、本当にこれで休暇になってしまうのだろうか。
それは、なんというか――
「……女神様の狙い通りみたいで癪だな」
――――
ゾワリと、背筋を冷たくなぞられる感覚。
『たす……て……、う……』
声が、聞こえる。
『うっ!』
ザスッ、ビシャッ。
皮膚が切り裂かれ、中身が吹き出す音。
『ど……して……、……んじ……たのに……』
裏切り者。
――――
『ただい……ま……』
『勇者様……』
『一つ、お願い、が、ある、んだ』
『お願い、ですか……?』
『うん……。お願い』
『それは……?』
『僕、の……記憶、を、消して、欲しい』
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