硝子を視界に入れないために

エリー.ファー

硝子を視界に入れないために

 遠くに行くために、少しだけ荷物を下ろす。

 悲しいくらいに一人きりの旅だから、なるべく自分のことを愛せる様にと努力を繰り返す。

 結果に導かれるように、自分のことを好きになるのは人の勝手だけれど。

 私は、まだ、自分のことを好きにはなっていない。

 これは、私がずっと探し求めていたこと。

 自己肯定感という病だと思う。

 私はいつになったら自分のことを認められるようになるのだろうか、自転車にも後、電車にも乗り、ボートにも乗り、人の背中にも乗り、ここまでやって来たというのに、まだ進まなければならない。

 進んだところで、自分が自分を認めるかどうか、というところに繋がりは全くないというのに。

 それでも、進む以外の選択肢は見当たらない。

「旅人よ、どこへ行く。」

「どこにもいきません。ただ、探し物を見つけようと思っています。」

「どこにあると思う。」

「その、それが分かりませんが、探そうと思います。」

「そんな腑抜けた目的意識で何かが見つけられると思うか。」

「けれど、進まなければ何も見つかりません。」

「そもそも、どちらが進むべき方向かも分かっていないのに、何故に、正しい方へと向かって進むことができる。」

「おかしな話だとは思います。」

「おかしいと思って、何故立ち止まれない。何故、自分の行くべき方向を定めることができない。」

「それは、知らない。」

「知らない。か。」

 私は、また歩き出す。

 それは地球の表面をただなぞっているだけかもしれない。それこそ、本質は地球を掘り進めるようにしてやっと理解できるようになることのような気もする。

 だとするならば、私は無駄なことをしているのかもしれない。

 本質から一定の距離をとり、それを維持しながらただ足を動かし続けるという不思議な行為。最早、真実に辿り着くこと、自分の望むものを手に入れることが目的ではないように思われも仕方がない。

「旅人よ、どこに行く。」

「分かりません。けれど、進み続けます。」

「何故だ、旅人よ。もう分かっているだろう。この旅はここで終わりだ。」

「どうして、終わりなのですか。」

「これ以上、先に行っても次はない。何も変わらず、同じ景色が続くだけだ。」

「本当に、続くだけなのですか。」

「そうだ。」

「ここに居座り続けているだけなのに、何故、そう言い切れるのですか。」

「そう思うからだ。」

「貴方は誰ですか。」

「仙人だ。」

「違う。」

「では、何者だ。」

「ここで私が諦めてしまった場合の、成れの果てですよ。」

「何を。」

「悟るのも、仙人を気取るのも、年長者ぶるのも結構。是非、そこに居続けて頂きたい。私は歩きます。」

「待て、どうせ同じだ。」

「では、その言葉が真実かどうかを確かめてきます。」

 私はまた歩き続ける。

「待ってくれ。わしも、わしも行きたい。連れて行ってくれ。ここで話をし続けるのも疲れてしまった。お願いだ。」

 その声が、私の耳に届くころには、もう砂の中に姿は消えていて迎えにいくこともかなわなかった。

 私はただ後ろだけは振り返った。

「ありがとう。」

 すべてはこの砂漠を抜ける、およそ五分ほど前の出来事である。

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