第64話 同時多発誘拐事件
「姉のことは……嫌いではありません」
少し暗い表情ではあったが、川西はゆっくりと話し始める。
ただお腹が空けばイライラもする、だから沢山食べよう作戦は功を奏したのか、姉に対して見せていた態度はすっかり無くなっていた。
まあ「食後の運動は大事ですから」と押し切られ、金魚すくいや射的、ボールすくい等色々遊んでしまったのだが。
山中からの『ワタシキトクスグカエレ』の連絡でタイムリミットが近くなっていた時に、ようやく本題へと変えることが出来ていた。
今は歩行者天国を離れ、人通りもまばらな通りで縁石に座っている。
「昔からとても優しいですし、怒られことも一度だってありません。ただ最近ふと思ったんです、このままでいいのか……と」
「このままで、っていうのは?」
「姉は私に何でもしてくれるんです、本当に何もしなくていいくらいに」
「となると――」
「身の回りの全般ですね、メイドと言った方がいいでしょうか」
本読みの川西がメイドと形容するからには本当にメイドレベルなのだろう。
確かにそこまで来ると過干渉という気がしないでもない。
「それこそ中学校の頃までは寝る部屋もお風呂まで一緒でしたし」
シスコンだなぁ……俺も何だかんだ小学校低学年までは蛍と一緒にお風呂に入っていた気がするけど、中学は流石にない。
いくら兄妹仲が悪くないとはいえ、線引きというものある。
「流石に高校に入る前には母親に説得して貰って何とかそれは終わりましたが……それでも今も色々深く関わってくると言いますか……」
「ふうむ……」
遅咲きの反抗期、というのが一番しっくり来る言葉だろうか。
ただそれだけ川西も自分の足で歩きたいという証明でもある。
姉離れしたい妹と、妹離れしたくない姉か……難しいな……。
「……因みにだが、今のお姉さんはどういう感じだと思う?」
「私をこの場から引き剥がしたい……というのが一番ではないかと」
「それは……俺のせい……だよな」
「い、いえ! 先輩は何も悪くありません! 姉がプライベートな部分まで干渉をして来たのが悪いだけで――」
「でも、お姉さんがどうかと言えば……」
「それは……私が姉と話をするしか……」
とは言っても、川西とお姉さんが和解をするのは簡単だ。
川西が『言い過ぎました、ごめんなさい』と言えばそれで済む話、第一お姉さんは妹である彼女には怒っていない。
ただそれが川西にとっての解決になるかと言えば違う、元の鞘に収まることは彼女にとって本位ではないのだ。
それに川西が話をしても、怒りの対象は俺にあることは変わりない。
だが弁解しようにも言えば言うほど事態は悪化する気配しか……。
「どうしたものかな……」
「あの……先輩」
「ん? どうした?」
「先輩はその……妹さんとは仲は良い……のですよね?」
「そうだなぁ、世間一般で見れば良い方だとは思う」
「今まで一度も喧嘩をしたことはないんですか?」
「喧嘩? 喧嘩か……」
蛍は負けず嫌いではあるので、ゲームとか遊びといった類で小規模な喧嘩はしたことはあるけど、そういう話ではないだろうし……。
「うーん……そう言われると、無いかもしれないな」
「そ、それはどうしてなんですか?」
「……そうだと言った訳じゃないし、確認もしたことはないからアレだけど……お互いに完璧じゃないって分かってるからじゃないかな」
「完璧……じゃない……」
勿論自分が正しいと思う主義や考え方っていうのはあるもんだが、それを他人に押し付けられる程、俺も蛍も偉くはない。
だから問題が起きても『お互い主張はあるよね、じゃあ今後同じことにならないように考えよう』となりがちなのだ。
「つっても、問題が些細なことで済んでるからだと思うけどな、それこそ俺が妹のデートに付いていったら絶縁だと思うし」
だから川西が不満に思うのは悪い訳じゃないよ、とフォローを入れておく。
「で、デート……ですか……」
だけど何故か妙な所で引っ掛かって少し頬を染める川西。
あ、いやまあ……あくまで妹の話であって、いやこれもデートなのか……?
「でも先輩の仰ることは正しい気がします」
「そ、そう言ってくれると有り難いけど」
「実際、私も全然完璧じゃありません。姉の気持ちに押されて自分の思いを一度も伝えたことはなかったですし……」
「そういうことなら、同じ目線で焦らず話してみるといいかもな」
「そうですね……今のままではいけないと思いますし、少しずつやってみたいとおもいます、ありがとうございます先輩」
「大したことは何も言えなくて悪いな」
「そんなことはないです。先輩とお話していなかったら、もっと姉を嫌いになっていたかもしれませんし……」
「姉妹仲が良いことは悪いことじゃないし、俺も協力するよ」
「はい……! ありがとうございます……!」
そう言ってようやく力の抜けた笑みをみせてくれる川西。
ふう、何とか川西の怒りを沈めることは出来たけど、問題はここからだ……。
俺がお姉さんに身の潔白を証明しないことには根本的な解決にはならない。
何なら彼女の父親に結婚の許しを得るぐらいの気持ちで、しかもそれを旅行の間に行動で示していかないといけないのだ。
あれ、それだとお姉さん公認という話になってこないか……? いかん俺も大概飯を食ったのに思考が纏まって――
「あ、えっと、そろそろ戻るとしようか、お姉さんもだけど、山中も心配してるみたいだしさ」
「あ、そうですね……つぐ先輩にも謝らないと……」
「あ、その前にちょっとトイレに」
「はい、では待っていますね」
あれだけ食べれば自然と水分量も増えるもので、恥ずかしながら尿意を解消させようと立ち上がった時だった。
「三国くん……りんちゃ……」
「え? 山中?」
「あ、つぐ先輩、ご、ごめんなさい、その……」
「は、早く……に、逃げ――」
あちこち走り回って探しに来てくれたのだろうか、息を切らす山中に申し訳なさを感じそうなになっていると、妙なことを言い出す。
「? 何を言って――うおっ!」
「きゃっ!」
唐突に俺と川西の間にバイクが止まったかと思うと、乗っていた者が川西が状況を認識する前にヘルメットを被せ、そのまま後ろに乗せたではないか。
「えっ? へっ? お、お姉ちゃ――」
だが理解した時には遅し、そのままバイクは発進。
「お、遅かった……」
「や、山中? これは一体――――ぐえっ!?」
そうか……すっかり忘れていた。
彼女達に時間的猶予など皆無なのである。
川西の問題解決を優先する必要はあったにせよ、山中が送ってきた文言の意味を、もっと深刻に捉えるべきだった。
だが、俺もまた、そう思った時には時既に遅し。
背後に迫っていた車の後部座席が開くと、その中にいた女性に腕を捕まれ、そのまま車内へと引っ張り込まれたのであった。
「これ以上は――許しませんよ」
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