第62話 やっぱり彼女はここにいる

「――とまあ、かくかくしかじかでして」

「そりゃ何というか、ただただご苦労様だな……」


 ホラー系は俺も得意な分野ではないが、画面越しに見る分には絶対に超えられない壁(液晶)があるので耐えられないことはない。


 まあそれの壁を取り払ったのが貞◯なのであるが……最近はエンタメに特化し過ぎてあまり怖くなくなってしまったけど。


 だがお化け屋敷や心霊スポットはその壁がないのが殊更恐怖心を高めるのだ、故に川西のお姉さんがやったことは案外間違っていない方法だったりする。


「通報されても親族だと証明できれば注意程度で済む話だし……」


 しかしその覚悟を持ってまで別荘から追い出そうとするとは――


「りん、よく聞いて、私はりんのことを思って言っているの」

「…………」


「だって考えてもみて? 男1人に対して女の子4人の旅行なんて普通じゃないよ? 恋愛リアリティの婚活サバイバル番組じゃあるまいし」

「…………」


「しかも、水着姿で混浴なんてお姉ちゃん信じられないよ? 付き合ってもない男女が1対1でもおかしいのに、1対4は狂気だよ?」

「…………」


「いくらお母さんが許可しても、そんな男にりんは任せられない」

「…………」


 必死の説得を試みるお姉さんだが、川西は膨れっ面を隠さぬままずっとそっぽを向いてしまっている。


 成る程、そういうことか、しかし何というかこれは――


「お姉さんの言っていることはあながち間違ってないんだよな……」

「同意出来ちゃうから困った話だよね……」


 何せ自分でもこんな状況が許されるのかと思ってしまっているのだから、外部、ましてや親族から見れば心配するなという方が無理のある話だ。


 ただ、温厚な川西がこんなにも怒っている姿を見るのも初めてで、それだけお姉さんの介入に憤慨しているということになる。


「姉妹間の問題に首を突っ込む訳にもいかないし……」

「俺も妹がいるだけに、お姉さんの気持ちが分かるしな……」


 まあ流石に蛍が遊びに行っている所まで顔を出すような真似はしないが、というかそんなことをしたら一生口を訊いて貰えなくなるだろう。


 でも心配くらいは勿論する、姉妹仲が良いのであれば尚の事だ。


「こうなると一番は三国くんのことをお姉さんに分かって貰うことけど」

「これが温泉に入る前なら……だけどな」


 引き留めることの出来なかった俺に責任はあるのだが、あんな姿を見て心中穏やかである筈がない、突入され刺されなかっただけでも御の字である。


 とはいえ、何とか穏便に済ませたいのも事実。


「どうしたものか……」


「――お姉ちゃん」

「なに、りん?」


 するとずっと黙ってそっぽを向いていた川西がお姉さんを見て口を開く。


「私がこれだけ怒っていても、帰るつもりはないんですね」

「それはりんが悪い男に騙されない為だから」


「こんな皆さんに迷惑がかかるようなことをしてもですか?」

「りんの状況を考えれば、寧ろ最小限に抑えた形だと思うけど」


「分かりました――もういいです」

「りん……お姉ちゃんの言うことが分かって――」


「お姉ちゃんが出ていかないのなら私が出ていきます」

「え? ちょ、ちょっと!」


 そう言うやいなや川西はソファから立ち上がると、あっという間にリビングを飛び出し靴を履き扉に手をかけてしまう。


「お、おい、川西!」

「りんちゃん!」


 あまりにも退っ引きならない状況に堪らず二人揃って川西を引き留めようとするが、声が届いていないのか、川西は本当に出ていってしまった。


「ま、不味いな……」


 まさかここまで事態が急変するとは思ってもみなかった、早く何とかしないと折角の旅行が――


 と思った瞬間、今度は後ろから鋭い殺気を感じる。


 嫌な予感を感じつつ振り向くと、そこには案の定リビングで鬼の形相をしたお姉さんが俺を睨みつけてくるという悪夢のコンボ。


「洒落になってねえ……」

「う~…………ああもう! 何でいつもこんな損な役回りばっかり!」


「へっ!? や、山中……?」

「取り敢えず三国くんはりんちゃんを追っかけてあげて!」


「え、い、いやでも……」

「りんちゃんがいないとこの家に泊まれなくなるでしょ! お姉さんは私が何とかしとくから、逃げる意味でも早く!」


「お、おう、分かった……」


 山中の剣幕に押されてしまった俺は言われるがまま玄関に向かうとそのまま別荘を飛び出し道路へと出る。


 しかしそこには既に川西の姿はなく、加えて空を見ればあと数時間もすれば日も落ちてしまうような夕暮れ時。


「くそ……探すにしても、川西が行きそうな場所って何処だ……?」


       ◯


「こんな時でもここにいるなんて、ちょっと情けなくなりますね……」


 私は思わずそう独り言を呟くと、ふっと、小さく溜め息をつきます。


 今私は何処にいるのかと言えば、勿論書店です。


 温泉街に書店があるのか? と思うかもしれませんが、観光地と言えど普通に民家はあるのでスーパーや、何ならコンビニだってあります。


 小学生の頃立ち寄ったきりだったのですが、やっぱり覚えているもので、棚に並べられた本と、書店独特の匂いを嗅ぐと自然と心が落ち着きます。


「先輩方には、後で謝らないといけませんね……ですが――」


 お姉ちゃんに関しては、許す訳にはいきません。


 正直、この旅行に関して、私は大胆なことをしたと思っています。


 数ヶ月前の私にそんな話をしたらきっとびっくり仰天して「それはなんて小説の話?」と言ってくるに違いありません、それぐらいのことなのです。


 ただ裏を返せば――それは好きな人と一緒にいるというのはそれだけ簡単なことではないということなのでしょう。


 だからこそ、そんなデリケートなことを、豊中先輩やつぐ先輩、服部さんであればまだしも、身内にかき乱されるのだけは我慢出来なかったのです。


「お姉ちゃんに悪気がないのは……分かっています」


 ただこうやって遺憾の意を表明したものの、家に戻らなければそれは先輩方には迷惑をかけてしまいます。


「特に……お姉ちゃんが三国先輩に迷惑をかけたら、それこそ――」


「俺がどうしたって?」


「ひゃうっ!」


 書店で五月蝿くしてはいけません。ましてや叫ぶなどご法度なのですが、やはりこの声を不意に聞かされるとドキっとさせられてしまいます。


「――よう、やっぱり川西は本屋さんにいるんだな」

「よ、よう……み、三国先輩……」


 先輩が私を探しに来てくれた――というのは額から流れ出る汗を見れば勿論分かります。


 それはとても嬉しいことではあります――ですが身内のトラブルで迷惑をかけた恥ずかしさが上回り、上手く声を出すことが出来ません。


 それにわざわざ追いかけて来て下さったということは、家に戻って話し合いで解決を――ということになります。


 無論いつか必ずしなければならないことではあるのですが……とても簡単に気分を変えられないのと――奇跡的に二人きりになった事実に気づいたせいで。


 謝るより先に代わりに私はこう言ってしまったのでした。


「あ、あの……」

「ん?」



「せ、先輩。一緒にお祭りに……行きませんか……?」

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