第61話 普段優しい人が怒った時が一番怖い
「…………」
「…………」
眠っている黒芽先輩と服部さんを置いて1階のリビングへと降りた俺と山中は、その場にある光景に困惑する。
とはいえ、山中に予め「三国くんはこっそり見ておいた方がいいと思う」と言われたので廊下から扉越しに覗く感じではあったのだが。
「あの女の人……俺が部屋の窓から見た人だ……」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「やっぱり……ってどういうことなんだ?」
「あの人ね、川西さんのお姉さんなんだって」
そういうことだったのか……言われてみると確かにどことなく川西と目とか口元の感じが似ているような気がする。
変な言い方ではあるが、大学デビューを川西がしたらあんな感じになりそうだなという気はしなくもない。
「でもあんまり仲が良さそうな感じには見えないような……」
というよりお姉さんはずっと川西の顔を見て話し掛けているが、当の川西は見たことのない仏頂面でそっぽを向いている。
「本当は仲が良いみたいなんだけどね」
「その言い方は今日この日を以て、という風に聞こえなくもないが――」
と言った所で、ふと思い至ったことをそのまま口にする。
「あれ、でも、そうなると――お姉さんはずっとこの別荘の中にいたっていうことになるのか……? でも何処にもいなかったよな?」
「まあそこにも種があるというか、正しく言うとりんちゃんが内緒にしていたんだけど……」
若干同情にも見えなくもない表情を見せた山中は、そう言うと俺が気を失っている間のことについて話し始めた。
◯
「はー……こういう時に負けるなんて本当に運がないっていうか……」
三国くんがのぼせちゃって温泉に沈んでいった時はどうなるかと思ったけど、服部さんが素早く対応してくれたのは感謝しかない。
本当は豊中先輩の止める役割として引き入れた意味合いが強かったけど、保護者としての役割を果たして貰うことになっちゃったのは少し反省。
ただ眠っている三国くんに誰が看病(添い寝)するかをじゃんけんで決めるのは流石にどうかと思ったけど……まあ、参加しちゃったんだけどね。
「……そういえば、りんちゃん戻ってきてないね」
冷却シートと飲み物を持ってくると言ってからもう10分以上経ってるし、ちょっと様子を見に行った方がいいかなと思い私は階段を降りる。
「あ、りんちゃんいたいた、何かあったの?」
「あ――つぐ先輩……」
リビングのソファに座っていたりんちゃんを見つけて声を掛けるけど、何故か表情が険しいというか、ブスっとしている顔をしていた。
いやりんちゃんのそんな顔を今まで一度も見たことがないから分からないんだけど、でもこれは何となく怒っているような……。
そう思いながら近づくと、手に何かを持っていることに気づく。
「なにそれ? 置き手紙?」
「え、ええとその……――いえ、つぐ先輩には話しておいた方がいいですね」
一瞬その置き手紙を隠そうとしたりんちゃんだったけど、意を決した表情を見せると私にそんなことを言ってくる。
「あの、実はですね……私には姉が1人いるんです」
「? お姉ちゃんが? へえそうなんだ、ちょっと意外かも」
「それでなんですが……恐らくその姉が、今この別荘にいるんです」
「……へ? それってもしかして――」
そこまで言われて分からない程私もおバカさんじゃない、もしこの場に私達以外の人間がいるとするなら、それは1人しか考えられないし。
「はい。三国先輩が見た謎の女というのは、恐らく私の姉です」
「え、ええと……それは……お姉さんも別で遊びに来ていた……とか?」
それに対して当然ながらりんちゃんは首を小さく横に振る。
「姉は私が旅行に行くのを知っていますので、被せる理由がないかと――と言いますか理由はもっと単純でして」
「た、単純……?」
まるで怒りを抑え込むかのように淡々と話をするりんちゃんに、私は思わず息を呑んでしまう。
多分だけど、りんちゃんは怒らせるとヤバい気がする、豊中先輩とはまた違うというか……これは早く知っておいて良かったかもね……。
「姉は過保護なんです」
「え? ああ……そういうことね……」
多分かわゆい妹が旅行にいくと言って、そこに男が混じっているなんて話になって……というのがありありと想像出来る、要するにシスコンなのね……。
「んーでもさ、三国くんがそのお姉さん? と顔を合わせた時に私達は家中探したけど誰もいなかったよね? もしかしたら外にいるかもしれないと思って周辺も探したけど見つからなかったし」
三国くんがお姉さんを見てから探すまでそこまでラグは無かった筈だし、押入れとか、そういった細かい所まで捜索したけど誰もいなかったのは事実。
「姉がいるのが間違いなのは2つ理由があります。一つは車庫に置いてあった原付バイクです、あれは姉が大学に行く時に利用しているものなんです」
「原付……? あ、そういえばそんなのあったね」
温泉街を移動する用に置いてあるものかと思って気にしてなかったけど、思い返すとあの原付はカバーもかけられてなかったし、やけに綺麗だった気がする。
「そしてもう1つはこの置き手紙です」
そう言ってりんちゃんが手に持っていたものを見てみるとそこには犯行声明みたいな新聞の切り抜きで『私は全て見ている』の文字。
「……直球のホラーだね」
「ここの机の上に置いてありました、恐らく私達が温泉から上がってきたらこれを見て怯えさせるつもりだったのだと思います」
随分と夏らしいことをしてくれるお姉さんだねと言ってあげたい所だけど、全くりんちゃんの顔は笑っていないので何も言わないことに。
「私達を恐怖に陥れてこの別荘から追い出そうという魂胆なのでしょう、ですが私達が車庫を利用すると思っていなかったのと、そしてこの家のセキュリティを上げたことまでは頭に入っていなかったようです」
「……ということは?」
「温泉に入る前に私は家のセキュリティを上げておきました、ですが感知もしていませんし設定を変更された形跡もありません、つまり――」
「お姉さんは――まだこの家の中にいる……と?」
「幽霊の仕業でもなければ、それ以外に考えられないでしょう」
つまり私達が水着姿で三国くんと温泉に入る姿も目撃していたと……そりゃシスコンのお姉さんなら憤慨ものだよね……。
「で、でもじゃあ何処にいるの? 家の中は全部探したんだよ?」
「……ごめんなさい、姉がこれ以上何もするつもりがないなら見逃すつもりだったのですが――1つだけ隠れられる場所があるんです」
「え?」
「2階に来て頂けますか?」
りんちゃんは堅い表情を崩さないままそう言うとすっと立ち上がるので、私は言われるがまま着いていく。
そして辿り着いたのは2階の物置部屋。
「ここは……一応探した筈だけど、誰もいなかったような……」
「勿論です。何故なら姉は庭にも1階にも2階にもいないのですから」
「……?」
言っている意味を分からずにいると、りんちゃんはおもむろに部屋の隅に置いてあった、フックが付いた長い棒のようなものを取り出す。
するとそれを天井にあった小さな扉? の穴に掛けるとぐいっと引っ張った。
「天井に扉があったのは盲点だったね……」
そしてミシミシと音を立てて開けられた扉から小さな階段が出現。
なるほどね……家を知らなきゃ分かる筈ない、と思った瞬間、私は悟った。
ああ……三国くんが悲鳴をあげた理由がよく分かったよ。
だって、そこにいるかもしれないと分かっていても、天井から顔を覗かせていたお姉さんを見て、私も悲鳴を上げちゃったから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます