第54話 いいえ、ただの本読みです
「……ん?」
それは休憩時間に軽くおにぎりと食べている時のことでした。
スマートフォンが震え、着信画面に現れたのは見知らぬ電話番号。
仕事柄名刺をお渡しすることが多いので登録のされていない方から着信がくることはそう珍しくないのですが――
口の中で咀嚼し終えたおにぎり飲み込むと、お茶で喉を潤し、スマートフォンの着信ボタンをタップします。
「はい、もしもし」
『突然のお電話申し訳ありません、服部真依様のお電話でお間違いなかったでしょうか?』
「はい、そうですが」
声は女性の方ですが、少し幼い印象を覚えます。中学生――いえ、高校生くらいでしょうか、しかし口調からは非常に礼儀正しさを感じます。
『ありがとうございます。では豊中黒芽さんの担当編集様ということで問題はなかったですかね?』
そのワードに、レジ袋をかさかさと触っていた左手が止まります。
仕事の依頼……? にしては何だか奇妙な感じですね。
それに上尾藍先生というのであれば理解できますが、浸透している筈のない本名をという言葉使った……というのが妙に引っ掛かります。
「失礼ですけども、どちら様でしょうか?」
『申し遅れました、私、豊中黒芽さんと同じ学校の山本つぐみと言います』
「同じ学校の……」
やはり高校生でしたか、しかも同じ高校とは、同級生でしょうか。
……しかし、そうなると奇妙な点がいくつかあります。
まずこの電話というのは上尾先生を経由してなのか、そして2つ目は経由があったとすれば何故直接私に電話をして来たのかです。
どちらも関係ないというのであれば、ファンの横暴として丁重に処理致しますが――どうにもそれは少し違うように思えました。
「すいませんが、要件をお教え頂いて宜しいでしょうか」
『はい――実はお聞きしたいことが二つございまして』
「どうぞ」
少し間を置いてからの返答、僅かに遠くからもうひとり女性の声が聞こえてきます、何かを相談している……?
『一つ目なのですが、服部様は豊中さん――いえ、上尾藍先生のインタビュー記事はご覧になれましたでしょうか』
「……? ええまあ、それは弊社のサイトで取り扱ったことですので」
『では、それを踏まえた上で現在の上尾先生の作風をどうお考えですか?』
「はあ……、良い意味で、変化をしていると思いますけど」
直接上尾先生に訊かず、私に対して訊く質問がこれ……ですか?
何の因果か上尾先生から電話番号を得たにしても、する質問があまりにありきたりな感じを抱いてしまいます。
それとも、作風の変化に対する批判、上尾先生ではなくその責任は担当編集である私だと糾弾したいのでしょうか。
拭えぬ疑問を抱きつつ、それでも会話を進めていましたが――次に帰ってきた言葉が私の中にあった疑念を解消させたのでした。
『それを訊いて安心しました。では服部様は三国昌芳さんをご存知ですね?』
成る程……出処はそこでしたか。
どうにも点と点が繋がらないと感じていましたが、三国さん経由だというのであれば納得のいく話です。
そして恐らく――出処は名刺と見て間違いないでしょう。ただ三国さんが渡したと思えませんし、何かをきっかけにその名刺を拾ったと。
しかしそれだけでは普通電話をかける筈もない、三国くんと交流のある女の子であり、かつわざわざ私に連絡をして来たのであれば――
豊中さんの慎重過ぎる行動からも察するに、結論は一つでしょう。
「……どうやら、豊中さんに苦戦しているようですね」
『――! やはり知っていましたか』
「これでもお付き合いは長いので。最初のお話は私が豊中さんと三国さんのご関係を知っているかどうかを確認したかったんですね」
『そうです。もし全く存じ上げないようでしたらいちファンとして作品のお話をさせて頂いて終わる予定でした』
「ということは、お名前も偽名ですか」
『……大変申し訳ありません、本名は山中棗と言います』
私が三国さんを挨拶程度に名刺を渡しただけの存在であったら、下手に本名を名乗ることは無意味に豊中さんに情報を流すかもしれない。
だから曖昧な情報だけを与えて探りを入れて――中々面白いですが、会話術は少し甘いようですね、それでは感づいてしまいますよ。
「ふむ……それにしても二人とは――」
『あの、服部様は豊中さんのことを知っている……のですよね?』
「『さん』付けで構いませんよ。ええまあ、そうですね、一人の男性への想いが作風すら変化させていることも当然ながら」
『そうですか――では豊中さんは、この夏三国さんを何処かに連れて行きたいといった話はしていませんでしたか? それこそ、旅行的な』
推論の域は出ていないようですが、そこまで察していますか。
この様子ですと三国くんとの連絡が付かくなったことでその疑念は一層増し、一つの可能性をかけて私に電話をした可能性はありそうですね。
なら――私の仕掛けた罠にも掛かっていないでしょう。
山中さん、中々に慎重ですね――いえ、もしかしたらその電話の奥にいらっしゃるもう一人の女性がブレーンなのでしょうか。
「…………」
しかしこのまま安々と情報を提供するとなれば話は別です。
何故なら単純に私にとってメリットがありません。
確かにこのまま豊中さんの家臣として動いていても光明は見えませんが、だからといって敵にタダで旅行先を教えた所で事態が悪化するだけ。
ならば私は、このワードを以てして、退けるまでです。
「……先生のプライベートですから、お教えすることは出来ません」
『っ――! そ、そうです……よね……』
「心中お察ししますが、残念ながら――」
『あの、少し宜しいでしょうか』
すると今度は相談相手と思われる、もう一人の女性の声が聞こえてきました。
「あなたは?」
『すいません、会話をお聞きさせて頂いておりました、川西凜華と言います』
山中さんと違い、比較的落ち着いた声がスピーカー越しに流れてきます。
「川西さんですか、如何致しましたか?」
『いえ、その……服部さんは三国せんぱ――三国さんとお話をされたことはありましたでしょうか?』
「……ええ、出張の際にご縁がありまして、何度か」
『ありがとうございます。では、三国さんにはどんな印象を?』
「……? 人当たりの良い、好青年だと思いましたが」
『ではもう一つお願いします。何故服部さんは、最初の会話の流れで私達が豊中さんに苦戦していると思ったのですか?』
「? ――! それは……豊中さんの性格を鑑みて――」
『あとプライベート、と仰りましたが、そうであれば豊中さんの想いなどについても、本来はプライベートなのではないでしょうか?』
「!?」
そうでした……あくまで彼女達は三国さんへの好意を一言もいっていません。ましてや、豊中さんの色恋沙汰とは一度も――
にも関わらず、私は黙秘を行使する前にそうであるものと話を勝手に進め、まるで自分もその一員であるかのような物言いを――
……まさか最初からここまで想定された上で誘導されていたと……? 私が三国さんを狙っていると推定した上で……?
「い、一体……何が言いたいのですか……?」
『不躾な物言いをして申し訳ありません服部さん。ですが私達はただ、先んじられたくない、それだけなんです』
その言葉は完全に、私の意図を見抜いているようにしか思えませんでした。
川西凜華さん……あなた、何者なんですか……?
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