第53話 名探偵(?)川西凜華の推理

「おかしい……返事が来ない」


 私はこの夏、あの女に負けない為にりんちゃんと協力関係を結んで、今日もその作戦会議の為にペリオのタピオカミルクティーのお店にいた。


 議題となるのはやはりあの女が旅行に行くとすれば何処に行くのか。


 普段はバカのひとつ覚えみたいにタピオカミルクティーばっかり飲んでるんだけど夏になると美味しいのがかき氷。


 屋台と違ってふわふわの氷だから頭がキーンとしないし、着色料の入ったシロップじゃなくフルーツソースとフルーツが乗っかってるからこれがまた堪らない。


 因みに私はマンゴーでりんちゃんがストロベリー、りんちゃんも美味しいと気に入ってくれたようで何よりと――でも今はそんな場合じゃない。


「三国先輩は――いつもは連絡が早いんですか?」

「基本的に返事は早いよ、遅くても数時間とかじゃないかな」


「それがもう……二日も経っているんですか」

「どう考えてもおかしいんだよね……既読すら付かないなんて」


 私も交換条件で三国くんの連絡先を訊くという約束をしただけに、それが守れないのは先輩としての面子が立たず、少し焦ってしまう。


 りんちゃんは恋敵ではあるけど、もし彼女が三国くんが連絡先を教えたくないなんて思っちゃったらどうするの? もう。


「ごめんねりんちゃん、交換条件だったのに」

「いえ、大丈夫ですよ、それに三国さんも何か事情があるんだと思いますし」


「事情……ねえ」


 確かに何かがあるように思える。三国くんを暇人と言ってる訳じゃないけど、早かった返事が滞るなんてよっぽどのことだし……。


「まさか……本当に豊中先輩に誘拐されて、スマホを奪われているとか」

「そ、それは……有り得なくもない……ですよね」


「だとしたらそれは完全に事件だよね――」

「で、ですが証拠もないまま通報して何もなかったら……」


 それはまあ、その通り。ただでさえバチバチとやり合っているのに、わざわざこっちから墓穴を掘るような真似をしちゃいけない。


「こうなったら直接、三国くんの家に訪問してみるのも……」

「それが一番有効だと思います。ですがもし豊中先輩が先手を打っていると仮定した場合、そう安々と訪問出来るでしょうか……」


「豊中先輩が私達を近づけさせないように罠を張っていると?」

「もしかしたら、それを見越しての連絡がつかないかもしれません」


 大袈裟だよと言いたい所だけど、三国くんとの連絡がつかない以上、それがあの女の仕業だというのは否定が出来ない。


 だとしたらそこまで見越した上で――だとしらたらかなりまずいよね……。


「…………」

「…………」


 いたずらに憶測を広めて考えを狭めたくはないけど、それ程までにあの女の存在が強大過ぎて、二人して頭を抱えてしまう。


 りんちゃんを囮にして、罠が仕掛けられていないか確認する? ――いやそれは意地が悪い……と思っていると彼女が「あっ」と声を上げた。


「えっ、なに? なにか思いついたの?」

「いえ、その……上手くいくかは分からないのですけど、もしかしたらやり方次第ではと思ったことが――」


 そう言ってりんちゃんは鞄に手を突っ込み、財布を取り出すと、中から一枚のカードを取り出して机の上に置いた。


「これは……名刺……?」

「実は豊中先輩が上尾先生かどうかを確認する為に先輩からお借りしていたもので――申し訳ないのですがずっとお返しするのを忘れていたんです」


「上尾藍の――? それってもしかして」

「はい、この名刺は豊中先輩が小説を出している出版社の担当編集さんです」


 なるほど、つまりこの人はあの女と三国くんの間に入れる存在とも言えるってことか、彼女と接点のある人って殆どいなそうだし、これは大きい。


「でも……あくまでこの人ってお仕事の関係ってだけだよね? いきなり連絡して二人の動向なんて分かるかな?」


 大体三国くんが名刺を貰っていたとしても、普通そういうのって挨拶程度のものだからそれ以上の関係があるとも思えないし……。


 悪くはないと思ったけどやっぱり……と思っているとりんちゃんがまたしても何やらごそごそと鞄を漁り始める。


 にしても本当に鞄から色々出てくるね、四次元なのかな。


「使えるかどうか分からず持ってきたものなんですけど……この名刺を見てもう一つ思い出したことがありまして――これです」

「んん……? 文藝雑誌か、りんちゃんホント小説が好きだね」


「流石に定期的に購読はしていないんですけど、これには丁度豊中先輩が寄稿した短編が載っていたので」

「ふうん? でもそれがこれと何の関係が?」


「実はこの作品、今までの作風とは少し毛色が違っていまして、お話は勿論面白いのですが、恋愛部分のフォーカスが強くなっているんです」

「ほうほう……それは――三国くんが影響してそうだよね」


「正直私のような本読みの端くれでも気づくくらいの変化です。出版社の方が気づかないとは思えません、それともう一つがこの本の最後に――」


 と言ってりんちゃんが広げてくれたのはあの女の独占インタビューがネットで公開中と文言が踊っている宣伝ページ。


「『ベールに包まれた奇才、上尾藍が『秉燭の記憶』を語る』凄い謳い文句だね」

「それくらい豊中先輩は露出を拒んでいた方でしたので、1ページ使って宣伝するのも仕方がないと思います、ファンなら是非とも読みたいですし」


「はー……りんちゃんはその記事も読んだの?」

「はい、そこでも創作に対する心境の変化みたいなのを語っていました」


「ふうむ……それなら編集さんと何か話していてもおかしくない、か。何なら三国くんについての話をしている可能性も十分あり得るね」


 やっぱりりんちゃんは鋭いというか、閃く力があるなあとついつい感心してしまう、私一人じゃここまで思いつかなかっただろうし。


「うん。案としては悪くないと思う、でも問題はまともに取り合ってくれるかどうか……だね、下手したらこっちの動きが豊中先輩に流れる可能性もあるし」

「そうですね……ただこれが上手く行けば豊中先輩の裏をかけます」


 りんちゃんの妙に力強い口調が私の心にチクチクと刺さる、以前の野心はあるけど自信はないって時の彼女とは大違い。


 そうだね……折角協力関係を結んでここまで積極的な提案して貰ったのに、後手に回って出し抜かれたら元も子もない……か。


「――分かった、ダメ元でもいいからやってみよっか、毒を食らわば皿までって言うしね、私が電話してみるからりんちゃんはサポートをお願いしてもいい?」

「分かりました! ありがとうございます……!」


 好きな子を誰かに取られたくない気持ちは一緒。



 だったらまずは、リスクは承知で共通の敵を倒すべき――と、私は気持ちを込めるとスマホを手に取り、名刺にあった電話番号をタップした。

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