第55話 正妻争奪戦勃発
服部さんを信用していた訳ではありませんでしたが、川西凜華と山中とかいう女をこの地に連れてきていたのは全くの想定外でした。
何故なら――彼女達の存在を服部さんには伝えていなかったからです。
昌芳くんが他の女に色目を使われやすいというのは暗に話すようなことはありましたが、しかしだからと言って普通は分かるような話では――
服部さんが昌芳くんの身辺警護を行っている際に偶然出会い、そして寝返ったと……? しかしそんなリスクの冒してまで造反する意味が……。
「……まさか」
私はハッとして顔を上げると、山中ではなく川西凜華の方へと目をやります。
睨みつけた、というよりは凝視したような形でしたが、彼女は一瞬身体をピクリと反応させると、目を逸らすように伏し目になりました。
あの反応。そうです……考えられるとすれば名刺……それしかありません。
私は風邪を引いてしまい、昌芳くんに迷惑をかけてしまったあの日、彼女は私が上尾藍だと確認する為に服部さんの名刺を持っていた――
もしそれを昌芳くんに返さず、今に至っていたとすれば……。
「――ふっ……ふふふふ……」
「!? く、黒芽先輩……?」
ああ……やってくれましたね、川西凜華。潜在的なモノはあると思っていましたが、まさかここで発揮させてしまうとは。
煽るだけが脳と思っていましたが、恐らくそのきっかけを作ったのは山中、というのが妥当なところでしょうか。
どうやら私は彼女達を侮ってしまっていようです、この程度なら諦めも付くだろう、そんな情を与えてしまった私のミスです。
「しかし……予約が取れていないとなれば困りましたね」
白々しい表情をした服部さんが腕を組んでそんなことを呟きます。
予約をキャンセルにしたのはどう考えても貴方だというのに。
しかしここで問い詰めた所でしらばっくれるだけ。後で存分に相手をしてあげますが今は話を合わせることにします。
「そうですね……確かにこのホテルであることが理想でしたが、こうなった以上、何処か空いているホテルを探すしかありません」
「それは無理だと思います」
若干目を逸しつつもちらっと私に目線を向けた川西凜華は、やけに自信を持った口調そんなことを私に言います。
「無理……とは、随分はっきり言いますね」
「その、シーズンの時期は9割方のホテルが埋まっているので……」
「ではその残りの1割を探せば済む話だと思いますが」
「そうかな? 探すだけで日がくれちゃうと思うけどねー」
すると今度は彼女の隣でさっきからウザったい程に余裕の笑みを浮かべる山中が、妙に含みを持った言葉を発してくる。
相変わらず人をイラつかせるのがお上手な人ですが――いたずらにホテル探しに時間をかけて昌芳くんを疲労させる訳にもいかないのは事実。
しかし逆を言えば彼女達はホテルを取れているということ……そして恐らく服部さんがしたと思われるホテルのキャンセルも意図があって――
「――そういえば川西さん、やけにこの場所に詳しいんですね」
「あ、えっと……実はここには私の両親が持っている別荘がありまして」
「別荘……ですか……?」
「はい、幼少の頃はその別荘を利用していたことがあったので、それで」
「ご厚意に甘えさせて貰って、私達はそこで泊まるつもりなんだよねー?」
「成る程……そういうことでしたか」
流石に旅行先に関しては私が独断で決めたことだったので、別荘があるのが偶然の一致だと思いたいですが……。
ただ、そういうことであれば、服部さんがリスクを冒してまで寝返るだけのメリットはあったということですか。
別荘にさえ押し込めば、私の独壇場にするのは難しいでしょうし。
ですから、彼女が次に言う言葉は――
「あの――もしご迷惑でなければですけど……良ければ私達が宿泊する別荘に来ませんか? 家は狭くありませんし、寝る所もありますので」
やはり別荘という名の檻に入れる準備は万端ということですか。
「お二人と豊中さん、三国さんはお知り合いのようですし、非常に有り難いお話ではありますね……ですがいきなり押し掛けるというのは」
「私達もいくら女子旅とはいえ、二人ですと暇を持て余す所でしたし全然大丈夫ですよ、そうだよね? りんちゃん」
「はい、人数は多い方が楽しいと思いますし」
「ふうむ……豊中さん、三国さん、如何致しましょうか」
間髪入れずに始まる白々しい三文芝居。
あまりのわざとらしさに吐き気を覚えますが、しかし今更場所を変えるのも流石に無理ですし、中止にすれば話が拗れて昌芳くんに迷惑を――
やはり逃げ場はない……ということですか。
「――昌芳くんが良いのであれば、私は特に……」
「そ、そうですね……、流石に路頭に迷う訳にもいきませんし、川西と山中が迷惑じゃないって言うなら――」
「全然迷惑じゃないよ! じゃあ決まりってことで! いやあ、それにしてもこんな偶然があるなんて旅って色々あるもんだねえ」
「そ、そうですね……。では皆様、別荘に案内しますので付いてきて下さい」
「さあさあ、三国くんも早く早く」
「あっ、お、おいちょっと……」
勝利を確信したかのように昌芳くんの手を取った山中がぐいぐいと彼を引っ張っていく、あまりの憎たらしさに腸が煮えくり返りそうですが、今は我慢をするしかありません。
その代わり、というのもおかしいですが、私は服部さんに手招きすると近づいてきた彼女に耳打ちをするような体勢を取りました。
「はい、如何なさいましたか、豊中さん」
「やってくれましたね」
「は……はて、何の話か全くわからないのですが」
「とはいえ、今は深く追求するのは止めておきましょう、実際私も反省すべきことが多いですし――色々と学習させて貰いましたので」
そう、これは何度も言うように、私が彼女達と比べあらゆる点で先んじているなどと、心の何処かで思ってしまっていたことが招いた悲劇。
いえ違います。私が昌芳くんへ全てを注いでていたつもりが、彼女達に気をそらしてしまったことが全ての要因なのです。
ともあれば――ここからは戯れなど一切合切終了と致しましょう。
「豊中さ――」
「服部さん」
「は、はい」
「私はここから一歩も引きませんよ」
「わ、私には何を言っているか――」
「分かりませんか? 歩を引いていくのは貴方達だと言っているんです」
「……!」
そう、ここから完全なる殺し合い、戦争の始まりです。
最後まで引かずにいたものこそが、権利を手にすることが出来る。
彼の傍にいるというのはそういうことです。
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