第47話 ノーリスクハイリターン
「夏休み……ですか」
私が高校生になってから早いもので、もう4ヶ月が経ちました。
中学生の頃は一月経つのでも非常に長く感じられたのですが、今年は4ヶ月が一週間しか経っていないような、それぐらいの速さを覚えます。
「夏休みといえば、やはり読書ですね」
買って読めずじまいの本が、積みに積み上がってざっと見ても100冊、加えてこの時期は普段読まないジャンルにも手を付けるので本を読むだけで一日が潰れてしまう日もあるくらいです。
「ミステリーもいいですが、やはりホラーモノが……ちょっと怖いですが、その恐怖を味わうのもまた一興です……」
確かいつも利用している書店でホラー作品のフェアをやっていた筈なので、早速行かないといけません。
思い立ったが吉日と、早速財布を手に取りますがそこではたと、止まります。
「そういえば三国先輩は――ホラー系は好きなのでしょうか」
やはりこういうお話は先輩としたい、というのが一番の思いです。
ですが夏休みに入ってしまったことにより、先輩を図書室にお招きする口実が無くなってしまったせいで現状は手詰まりとなってしまっています。
それに長期休暇もあり先輩は十分に安眠することが出来るでしょう。書庫に準備していた快眠グッズも今は自室の押入れの中で眠っています――
「そうなるとやはり本やゲームでお誘いするしかないのですが……今更ながら私は先輩の連絡先を知りません……」
小学生ではありませんから家に押しかけて遊びませんかとは到底言えませんし……どうしたらいいのでしょうと、頭を悩ませていた所でふと閃きます。
「敵に塩を送る真似はあまりしたくないですが……夏休みを先輩と一度もお会いできずにいるのは嫌ですし……」
そう思うと、私は自然とスマートフォンを手に取っていました。
◯
「やっほー、久しぶり」
夏休みは、希望に満ち溢れている。
お祭り、花火、海にプールに肝試し、挙げればキリがない程に遊びに溢れていて、どれから手を付ければいいのか迷ってしまう。
勿論予定がない訳じゃない、キヨとか、他の友達とも遊ぶ予定はあるし、それはきっとどうしようもなくらいに楽しいのは目に見えていること。
「でも……この夏にすべきことはそれだけじゃないから」
この夏最も制すべきなのは恋なのだ、それを忘れたら間違いなく敗者となる。
こうしている間にもあのおっぱいは一切の躊躇なく三国くんへと迫っていくだろう、学校という空間がなくなった今それは更に加速していてもおかしくない。
絶対に負けてなるものか、勿論りんちゃんにも――と思っていた矢先に鳴った着信音は意外にもりんちゃんからだった。
「つぐ先輩お久しぶりです、急にお呼び出ししてしまいすいません」
「いいよ全然気にしなくて、後輩のお願いを聞くのは私の信条だからね」
とはいえりんちゃんから連絡をしてくるのは非常に珍しい、初めて会った日に連絡先を交換していて、それから情報共有をするようになっていたけど、彼女からというのは殆どない話だった。
まあお互い手の内は隠しての交流だからね、中々注意深い子だとは思うし、私達にあるのはあくまで『打倒豊中黒芽』の大義名分だけ。
「何処でお話する? タピるにしてもお店は混んでるし――あ、そこのドーナツのお店でいっか」
「タピ……? はい、私もそれで大丈夫です」
そんな感じで雑談も早々にお店の中へと入った私達はドーナツを一つと飲み物を購入して奥の席へと座り込む。
「つぐ先輩、部活の後ですか? 少し日に焼けてますね」
「そうだよ? 女テニでね。大会も近いし休日以外は毎日練習だから日焼け対策をしても中々ねえ、りんちゃんは帰宅部?」
「ええと……そう、ですね、なのであまり日に焼けることはないです」
何か誤魔化すような節があった気がするけどりんちゃんはドーナツを両手で取るとそれをパクリと食べ咀嚼、リスみたいで可愛らしい。
「それで話っていうのは何かな? 私で答えられることなら何でもどうぞ」
まあ聞かれるとしたら十中八九三国くんのことだろうけど、あまりこちらからベラベラと喋ってしまうとボロが出かねないのでまずは様子見。
りんちゃんは食べるのが少し遅いのか、ちょっと焦った感じで咀嚼を終えて飲み込むと、コーヒーで気道を確保してから口を開いた。
「あの、実は一つ、教えて頂きたい情報がありまして……」
「情報?」
なんか三国くんに関する情報とか持ってたっけな、誰が一番リードしてるかなんてそんなのはりんちゃんでも知ってる筈だけど――
「はい。あの、つ、つぐ先輩は――三国先輩の連絡先を知っていますか……?」
「え、知ってるけど」
「し、知っているんですか!? そ、そんなことがあり得るんですか!?」
「わっ、び、びっくりした」
「あ……! ご、ごめんなさい……」
「い、いや全然大丈夫だけど……」
こんなにりんちゃんが驚く表情を見せるなんて初めて。大人しいけど強か程度に思ってたからこういう顔も出来るのはちょっとびっくり。
というか、りんちゃん三国くんの連絡先知らないんだ、あんまり偉そうなこと言えた義理じゃないけど、訊けば普通に教えてくれるのに。
「成る程、つまりりんちゃんは三国くんの連絡先を教えて欲しいってことね」
「も、勿論タダでとはいいません、交換条件というのはどうでしょうか」
別に三国くんがいいなら教えてもいいんだけど……りんちゃんから私に情報が流れるのは珍しいことだから教えてくれるに越したことはない。
だから私は「それでいいよ」と言うと紅茶を一口飲んだ。
するとりんちゃんが鞄から取り出しテーブルの上に置いたのは一冊の本。
「『秉燭の記憶』――ああ、最近流行ってるよね、読んだことはないけど」
読書は苦手ではあるけど、今時珍しく友達の間でも面白い本があるって噂になってた物だから私も名前くらいは知っていた。
でもまさかこの本と交換に? と疑問に思っていると少し神妙な表情になった彼女はこう言った。
「この本なんですが――――実は作者が豊中先輩なんです」
「へ……? 上尾藍って書いてるけど」
「それはペンネームです、大体作家の方は本名を使う人は殆どいませんので」
「……マジで?」
「実際本人からも確認を取っているので事実です」
「…………ヤバくない?」
いや、ヤバいってもんじゃないよ。単純に本を書いてるくらいなら凄いねえくらいで済む話だけど、私の友達でも知ってるような作品だよ?
それってつまり――と、言おうとせん言葉を口にする前に先にりんちゃんが思っていたことを口にした。
「豊中先輩は――私達よりもよっぽど経済的に自立しています、それに加えてあの行動力、その気になれば――」
「……三国くんをお金の力で――」
「先輩を薬漬けにして自分の思い通りの人間に改良する可能性も」
「いやいやそれは無い無い」
りんちゃん思った以上に怖いこと言うね、まあ……あり得なくもないと言われると否定出来ないのがあの女ではあるけども。
ふうむ……でもまさかあの一番危険な恋敵が資金力まであったっていうのは想定外……思った以上に凄い情報だね。
夏を制する者が恋を制するだけに、これは非常にまずい。
「そっか……その話が事実とすれば、考えられるのは旅行だね」
「旅行……ですか?」
「まあ大した情報ではないけど、あのおっぱ――先輩は今年の修学旅行に行ってないらしくて。となれば夏休みのタイミングで資金力を駆使して三国くんを旅行に連れて行こうと考えてもおかしくないと思う」
「そ、それは……ヤバいですね……」
何なら既に私達を出し抜いてもう計画を実行に移していてもおかしくない。
女の子の勘って案外当たるからね、だとしたら――先んじるよりも裏をかく方が重要、夏休みの期間ずっと旅行なんてされたら洒落にならない。
「……うん。りんちゃん、貴重な情報をありがとう、ちゃんと連絡先は後で三国くんに教えていいかどうか聞いておくね」
「あ……は、はい! つぐ先輩ありがとうございます!」
かわゆい後輩の眩しい眼差しにちょっと気後れ、危ない危ない恋敵なのに。
「ただ、そこでなんだけど――ここは一つ協力関係を結んでみない?」
「……え? 協力関係……というのは?」
不思議そうな顔をするりんちゃんに対し、私は柄にもなく肘をついて顎を手に乗せると、意地の悪い笑みを浮かべてこう答えた。
「私達は私達で、三国くんと旅行をしようよっては・な・し」
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