第45話 似た者同士は敵同士
『上尾先生この度はお疲れ様でした』
高校生と作家の生活送るようになって初の修羅場というものを経験した後のとある休日。
私は服部さんと電話でやり取りをしていました。
「そうですね、あそこまで予定が早まったのは私も想定外でした」
『短編の方は問題なかったのですが、新作の方がこのクオリティなら短期スパンで出すのもいいのではないかという話になりまして――本当に申し訳ありません』
「いえ、そこに関しては私も了承したことなので」
あの短期間で書き上げた作品は、結果として8月末の発売という話になりました。
新作の売上も更に伸ばしていることもあり、より良い結果を見込める可能性があったこと、加えて作品自体が夏を舞台にしていたこともあって、そのような話になったそうです。
本来は修学旅行に行かないことで時間的余裕はあったので、昌芳くんともっと一緒にいたい気持ちは非常に強いものがありましたが……。
小説を書くことが昌芳くんの幸せに繋がるのであればと、私は服部さんの申し出を受けることにし、何とかそれを完遂したのでした。
とはいえ、その後の対応なども相まって彼とは毎日会えていないので、そろそろ限界がピークに達しています、顔を見て、匂いを嗅がないとどうにかなりそうです。
「これが終わったら、昌芳くんのお家に行ってみるのも……」
『上尾先生?』
「いえ、何でもありません」
『では、残りは著者校正の作業をして頂いて、それを持って一旦は終了となりますので、その流れで宜しくお願い致します』
「承知しました。こちらこそ宜しくお願い致します」
『ありがとうございます、それでは失礼致します――と言いたい所なのですが、上尾先生、一つご質問をさせて頂いても宜しいでしょうか』
「? はい、構いませんが、どうしましたか?」
『とある筋から上尾先生が意図的に留年するというお話を聞いたのですが』
「とある筋と言いますか昌芳くんでしかありませんよね」
『ぎく』
何故その言い回しでバレないと思っていたのかが不思議ですが、私は反射的に服部さんの質問に対しそう返します。
そもそもその件に関しては担任教師と昌芳くんにしか言っていないので、普通に考えれば昌芳くん以外の候補は考えられません。
しかし――そうなると即座に疑念が生まれました。
「服部さん、少しいいでしょうか」
『はい、なんでしょうか』
「どうして服部さんが昌芳くんと繋がっているんですか」
『ぎくっ』
「いえ、そういうのはいいので。第一連絡先を知っているのも非常におかしな話ですし――ああそうですか、名刺ですね、名刺で誘惑したんですね」
『上尾先生落ち着いて下さい、名刺で誘惑は出来ませんので』
私もあの時は色々と考え耽ってしまった部分があったのでうっかりしていましたが、服部さんは昌芳くんに名刺を渡していたのは間違いのないことです。
そして名刺には――メールアドレスと電話番号が載っていた筈。
そんな危険なものを昌芳くんに渡す所を目撃していながらスルーしまうなんて……私としたことがなんて軽率なことを……。
「服部さん、昌芳くんとは何度やり取りをしましたか」
『え、ええとですね……い、1回だけです、上尾先生が学校を留年されるということに関してご相談と言いますか、お話があったので……』
「本当ですか? 昌芳くんの声だけで好きになって、何度も電話をしているんじゃないんですか?」
『こ、声だけでは好きにはなっていません』
「『だけでは』というのはどういう意味でしょうか?」
『あわわ……上尾先生違うんです、深い意味はないんです』
服部さんの声に動揺の色がはっきりし始め、疑念は更に深まります。
服部さんとはそれなりに付き合いがありますので、普段はならもっと余裕を持った言動をするのを知っているだけに最早確信に変わったと言っていいでしょう。
――この女は昌芳くんを狙っていると。
「服部さん、貴方がとてもお忙しいのは重々理解しています」
『はい、ありがとうございます』
「ですが労いの言葉を掛けられたくらいで堕ちないで貰えませんか」
『な、何故それを知っているんですか……』
「カマをかけただけです」
『し、しまった……』
あからさまに狼狽えた声を上げる服部さんに私は嘆息しそうになります。
昌芳くんが無償の優しさを提供出来る人なのは私が直に経験し、そして恋をしてしまっているのですから言うまでもないことです。
だからこそ増えに増えつつある昌芳くんを付け狙う女共に私は細心の注意を払い、その果てに留年をすることで側にいながら彼を守る計画を着々と立てていたというのに――
「服部さん」
『は、はい……』
「服部さんには感謝しております。今まで口にしては来ませんでしたが、私が不自由なく生活出来ているのも服部さんのお陰であるのは事実ですから」
『そんなことは、私はただ職務を全うしただけ――』
「ですがそれとこれとは話は別です」
『で、でしょうね……』
「まず年を考えて下さい、ほぼ一回り下です、愛に年齢差は関係無いとは言いますがそれはあくまで成人してからの話、これはほぼショタコンです」
『高校生はセーフと思っていたのですが……』
「アウトです。加えて私は直接服部さんに昌芳くんが好きだと伝えたことはないですが、それを思わせるだけの発言はした筈です、にも関わらず――」
『…………』
服部さんは私の言葉に対し無言になっていました。
ですがここで情を与えるつもりは毛頭ありません、一気に畳み掛けるつもりでさらなる追撃をしようとした瞬間――思わぬ言葉が帰ってきたのでした。
『上尾先生――いや、豊中さん、実は私、チョロくて面倒くさい女なんです』
「……なんですって?」
あれだけ完璧に追い込んでいた筈の服部さんが……突如としていつもの冷静さを取り戻したことに私は少し動揺しまいます。
一体どうして――いえ違います、この感覚は――
『豊中さんのお気持ちは当然ながら承知しているつもりです――ですが、私も一度火が点くと全焼するまでは止まらないタチなんですよ』
「服部さん……貴方まさか――」
『私のような生き遅れ気味な女が本気を出すと、相手を引き倒してでも前に進みますよ』
「…………」
……やはり、そういうことでしたか。
薄々感づいてはいましたが、どうやら彼女は私と同種の生き物です。
そしてそうとなればちょっとやそっとでは彼女を制圧出来ないでしょう、不用意に手を出そうものなら逆に頸動脈を引き千切られる可能性すらあります。
……まさかこんな身近な所から一番厄介な敵が生まれていたなんて。
なんて面倒な――どうやら私も、1人の女として彼女を消し去るしかないようですね。
「――――分かりました、服部さんの意図は十分に理解致しました」
『そう言って頂けますと助かります――これからも良き関係を築いて行ければ何よりでございます、上尾先生』
「そうですね。では早速この録音済みの証拠持って『服部真依は未成年者略取をしている』と編集部に伝えておくことにします」
『待って下さいそれは勘弁して下さい』
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