第37話 正解は誰にも分からない

いもよ」

「いもて」


 夕食後に仮眠をしてしまったせいか、目が冴えていた俺はゲームを蛍と二人でしていた。


 因みにボードやカードと言った類のゲームではなく普通のスマホゲー、FPS系のバトルロイヤルでチームを組んでプレイするというもの。


「あ、NW方向に二人」

「お、ど、何処だ?」


「二人共倒した、後S方向にも4人かな、距離も割と近い」

「マジか、ちょっと待ってくれよ――」


「終わった」

「早いって! 俺ほぼ置物になってるから!」


 以前にも触れたが、蛍はゲームと呼ばれるもの全般に対し相当の実力を誇っている。


 故にこのゲームにおいても、元は俺がやっていたものを妹が興味を持って始めたのだが、今となっては足元にも及ばないくらい引き離されこのザマ。


 最近ようやく3本指になれてプレイの幅が広がったのに、こいつはいつの間にかパッドまで購入して8本指でやってるからな、マジオクトパス。


「それで? 兄はこのいもになんの用でございますか」

「あーいや……実はちょっと言いづらいことではあるんだけどさ……」


 言おうとしたはいいものの、いざ自分の口から言うとなると非常に憚られるものがあった。


 しかしそれでも……、今の状況を誤魔化し、見なかったことにするのはあまりに無理がある気がする。


 だが、残念ながら俺にはそのことについて話が出来る相手がいない。


 今まではそれで良かったかもしれないが、如何せん一人で考えるにはあまりにも整理が難しい所まで来てしまっている……。


 まあ、大した人生経験を積んでこなかった俺が悪いのではあるが……。


 つまるところ俺にはそんな話を出来る相手は妹くらいしかいなかった、という訳なのである。


「秘密なら別に誰かに言う気もないし、親にも言うつもりはないから大丈夫ですよ、まあ私が的確な答えを持ち合わせているかは保証しないけど」

「寧ろそれくらいの方が助かる――あ、E方向に1人」


「SR《スナイパーライフル》ヘッショ一撃で倒した」

「このチーターめ……」


「何とでもいいなされ。で? それはいいけど何の話?」

「あーえ、えーとな……あのさ……もし俺がモテ期かもしれんって言ったら蛍はどうする?」


「少し前なら『でも画面から出てこないの?』って言ってるとこだけど、まあそうだろうね、とは今は思ってる」

「へ?」


 自分でも痛々しいことを言っているつもりなので、まさしくその言葉が帰ってくると思っていたのだが、すんなり受け入れる妹に俺は呆気に取られてしまう。


「あー……兄余所見するから死んじゃってるじゃん」

「えっ――まあいてもいなくても変わらなかったし……というか、随分とあっさりな反応だな、もっと馬鹿にされるもんかと思っていたんだが」


「だから言ったじゃん、少し前ならねって、でもあの光景を目の前で見せられて勘違いも甚だしいとは到底言えないというか」

「あの光景ってのは……お前が黒芽先輩を勘違いした奴か」


 あの件に関しては色々とあったので蛍としても当然ながら覚えてはいるのだろう、そこから瞬時に察せられるのは流石だとは思うが。


「私もビックリしましたからね、結果的に迷惑はかけちゃったけど」

「まあ……ここ数週間で唐突に起こったことではあるからな、無理もない」


「んで? 兄はモテ期に対して何かお悩み事でもあるんですかね」

「悩み事……というか、どうするのが一番いいのか迷ってる部分はある」


「ほう?」

「勿論こんな俺に好意的でいてくれるのは嬉しい、だからそれにちゃんと向き合って、自分が出来ることはしたいと思ってる、でもそれが本当に正しいのかどうか――」


「正解なんて、ある訳ないじゃん」

「へ?」


 蛍は画面から目を離さなかったが、その言葉に俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「人間関係に正解があるなら今頃世界は平和でしょ、兄が人との関わり合いが殆ど無かったから心配なのは分かるけど、悪いけど関わってても心配しかないよ」

「お前でもそういうもんなのか?」


「そういうもんだねえ、だから模索しながらやるしかない」

「模索しながら……か……」


「多分兄のことだから相手が傷つくのは嫌とか思ってるのかもしれないけど、付き合って行く上でそれは無理だからね? 下手すれば一方は嬉しくても、一方が傷つくことだってある訳だし」

「ううむ……」


 そう言われると返す言葉もない。


 何が正解で何が不正解が無いのであれば、経験を積んでよって限りなく正解に近い何かを選んでいくしかない、それは分かっている。


 だが1つの正解を選び、他全てを不正解にする……そういった選択肢を選ぶはあまりに辛い、だから俺はそういった面倒事を避けて生活してきた。


 しかしもうそれは――と考え始めた矢先に、蛍は画面から顔を上げ笑みを見せると、こう言った。


「結局兄が決めることだからアレだけどさ、1つだけ無責任なことを言おうと思えば言うことは出来るよ?」

「ん――? どういうことだ?」


「全員を幸せにする覚悟があるなら、その道を進めばいいだけだよ」


 ま、無理だから止めといた方がいいけどね、破滅する可能性もあるし。


 と言った所で、蛍は100人中の1人になると、俺にガッツポーズするのであった。


       ◯


「昌芳くん……? 大丈夫ですか?」

「――え、あ、ああ大丈夫ですよ、どうかしましたか?」


 ふとそんな数日前のことを思い返しボーッとしてしまっていると、黒芽先輩に声を掛けられた俺は我に返る。


 そうだった、俺は黒芽先輩が修学旅行に行かないことを後悔させないよう、今は楽しい時間を増やすと決めていたのだった。


 その先にあるものを今は考える必要はないし、考えてもしょうがない、それで今が駄目になっては何の意味もない。


 俺はそう思うと軽く深呼吸をして自分の気持を入れ替える。


「着きましたよ、ここが私の家です」


 そう言って彼女が指差した先にあったのは、2階建てのアパートだった。


 俺の家からも然程遠くはない、駅から国道沿いを歩いて10分くらいの距離で、近くにあるコンビニは俺も利用したことのある場所。


「さあ来て下さい、足元、気をつけて下さいね」

「あ――く、黒芽先輩」


 黒芽先輩にぱっと手を取られ引っ張られてしまった俺はそのアパートの2階へと上る、そのまま一番奥にある部屋まで辿り着くと、彼女は部屋の鍵を開けた。


「少し散らかっていますけど……どうぞお入り下さい」

「いえそんな、で、ではお邪魔します……」


 黒芽先輩と川西が俺の家に来た時も大層緊張したものであったが、黒芽先輩の家という、女の子が普段暮らしている家に入るのは一層緊張するものがある。


 とはいえ今更無かった事になど出来るはずもないので、俺は緊張を抑えながら軽く頭を下げると、家の中へと入った。


 すると。


 妙なことに1K程度のこじんまりとした殺風景な部屋の中心に、布団が1つだけ敷かれており、そこには『YES』と書かれた枕が置いてあるのであった。


「ん…………ん?」


 意味が分からず、思わず黒芽先輩の方へと目をやる。


「昌芳くん――実は私、今一人暮らしなんです」


「一人……暮らし……?」

「はい……なので家には誰もいません、私と昌芳くんの、二人だけです」

「二人……だけ……?」


 それがどういうことなのか、本当はこの布団の意味を理解すればすぐに分かるのだが――


 その思考が及ぶ前に、バタンと扉が閉められ、ガチャリと鍵を掛けられたのであった。

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