第35話 豊中黒芽の恋は盲目

「は……? なに、どういうこと?」


 山中は俺の隣にいる黒芽先輩の姿を見て、唖然とした表情を見せた。


 時刻はお昼休み、普段はあまり昼食も食べるタチではない(それよりも寝ていたいので)俺は珍しく購買部でパンを買う為に教室を出た。


 理由は、黒芽先輩がお昼を一緒に食べたいと連絡してきたからである。


「えーと……まあ……黒芽先輩だけど」

「それは見れば分かるけど」


「昌芳くん……私のことはクロでいいです、と言いますかそう呼んで下さい」

「いや先輩なんですからそういう訳にはいきませんよ……」


「年齢なんて、私をそんなもので括る必要はないです、私は昌芳くんのモノであってそれ以上も以下もないですから……」

「腹立つなこいつ……」


「ああ……一生昌芳くんの匂いを嗅いでいたい……幸せ……」

「黒芽先輩……あまりこういう所でそれは――」


 場所が場所だけに、廊下を行き交う生徒が冷やかな目で俺を見る。


 というかドン引きされてるよねこれ……まあ言い訳のしようもないし、黒芽先輩を引き離す訳にもいかないから諦めるしかないのだけども……。


「というか……3年って今修学旅行だよね、何でいる訳なの?」

「うーん……説明すると難しいんだが……簡潔に言えば事情があって行けなくなったみたいで、それでこういう状態というか――」

「それで腕組みされるのは分かんないけど」


 俺自身詳細な事情は分かっていないというか、それは敢えて訊かないようにしているのでふんわりとした回答をするが、当然ながら山中は顰めっ面を俺に向けてくる。


 しかし何というか、俺は修学旅行に行かないと言った黒芽先輩の手が微かに震えたのを、放っておくことが出来なかっただけなのだ。


 黒芽先輩には――まあ色々形はあるにせよ、いつも厚意も好意も受け取っている、なのにそこで何もしないのは自分で自分が許せない、そう思ったのである。


「はぁ……それで? 三国くんはこれからどうするつもりなの?」

「取り敢えず購買でパンでも買って、どっかでそれを食べ――」


「昌芳くんが行くのであれば私は何処へだって行きます……教室ですか? 屋上ですか? それとも受水槽の中ですか?」

「入水してるんですけど」

「いつも以上にウザさが増してるねこの人」


 因みに本当は購買に寄った後に3年生のフロアで待ち合わせする予定だったのだが、教室の扉を開けた瞬間黒芽先輩がいたものだから、まあどうにもならないよね。


 そしたら後から山中が来て――ただ、あくまで黒芽先輩が楽しんでくれることが一番の望みではあるので、結局いつも通りとなってしまうのは……。


「どうでもいいけど……このパイセン私のことなんて眼中にもないって感じがまた――三国くんなにか変なことしてないよね?」

「へっ? い、いや全く疚しいことはしてないけど……」


「昌芳くんにならいつ抱かれても大丈夫ですよ、何なら今すぐにでも」

「ここでは流石に痴女ですよ先輩……」


「いや退学だから」

「退学……それもいいかもしれません。もしそうなった時は私がずっと昌芳くんのことを養ってあげますから、いや養わせて下さい」

「むむむ……」


 黒芽先輩が発言すればする程山中の機嫌が悪くなっていく、ま、まずいな……。


 彼女とは先日のデートの件――というか観覧車のジンクスで色々あり、正直俺は次の日の学校が非常に不安ではあったのだが、それは杞憂ではあった。


 寧ろ彼女から行き過ぎた行為(俺はそうとは思っていないし、あれは黒芽先輩のこともあるから仕方がない)に対して謝罪をされて、お陰で親交が深まりかけていただけにこれは……。


「あ、そうです、昌芳くん」

「ど、どうかしましたか? 黒芽先輩」


「あ、あの……1つだけ我儘を言ってもいいですか?」

「我儘なんてことは決してありませんから、何でも言っていいですよ」


「ありがとうございます……そ、その、私の家にご招待しても……いいですか?」


「先輩の家……ですか……?」

「ぬなっ!?」


 言うまでもないが、俺は女の子の家というのに一度も行ったことがない。


 あるとしても妹の部屋くらい……ただあいつの部屋は女の子らしさが皆無というくらいボドゲの海に飲まれているので参考にはならんだろう。


 ましてや彼女は上尾先生でもある、黒芽先輩の為という気持ちが大前提とはいえ、いちファンとしてはその環境は気にならないと言えば嘘に――


「はい……そ、その嫌でしたら勿論無理にとは――」

「い、いえ断る理由はないですよ、いつにしますか?」


「えっ! 行くの!?」

「! ま、昌芳くん……! う、嬉しい……」


 黒芽先輩がぱあっと明るくなると、縋るような目で見つめてくる。


 う――か、可愛過ぎるだろこれは……。


 黒芽先輩はいつも無条件に好意をくれる人ではあるが、あまり自分がどうこうしたいと言う人ではない、だから余計に刺さってしまうものが……。


「で、では……今日でもいいですか? 私は一度帰らないといけませんが……」

「問題ありませんよ、場所は何処にしましょう」


「いやいやいやいや……」

「私が学校まで迎えに行きます、いえ迎えに行かせて下さい、授業をしている間に昌芳くんの為に色々準備しておきますので……」


「早いよ、早いって、ペースが早すぎる」

「お、俺は構わないんですけど、黒芽先輩はそれでいいんですか……?」


「はい勿論です、私にとってそれが一番の幸せですから……」

「そ、そういうことなら……」


「家には誰もいませんので、何も遠慮はいりませんからね」


「…………ん?」

「まずいって……これは絶対にまずいよ、リードを奪った筈なのにいつの間にこんな……」


 黒芽先輩とは対照的に山中の表情がどんどん怖くなっているのが気になって仕方がないが、今の俺に彼女を止めることは出来ない……。


 例えどれだけ俺がヤバい奴と思われようが(というか既に思われているが)最低でも修学旅行の期間中は黒芽先輩の為の俺でいないとなのだから……。


 ――まあ、その思考がどれだけぬるま湯に浸かった考えなのか知るのは、後に知るのだが。


「昌芳くん、お昼休みも大分過ぎているのでそろそろ行きませんか?」

「え、あ、そ、そうですね……でも山中――」


「何が食べたいですか? 一番高いものでもいいですし、何でしたら購買部そのものを買って昌芳くん専用にしてあげますよ」

「いやそれは……」

「あ――ちょ、ちょっと待って! 私も行く!」


「いや貴方は来なくていいです、シンプルに邪魔なので」

「私も購買部でパン買うだけだから! 寧ろ私の方が日課だから!」

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