第30話 デートは既に始まっている

「顔よし、服よし、笑顔よし!」


 私は駅近くの公衆トイレで鏡を見ながらそう言うと、最後にニッと笑ってその場で身体を一回転させた。


 白のシャツにチェックの入ったゆったりめのパーカーを羽織り、下は黒のスカート、カジュアルながらも清楚さを意識したコーディネート。


「大丈夫……だよね? 可愛いよね?」


 ワンポイントでアクセサリーも付けてるけど落ち着いたものだし、ナチュラルなメイクも意識したから派手過ぎる感じにはなってない……筈。


「でもちょっとスカートが短過ぎたかも……軽い女とか思われちゃったらどうしよ……」


 家を出る前までは完璧だと思っていたのに、いざ最終確認をすると色んな部分が駄目に見えてきて、本当にこれで良かったのかと思い始めてしまう。


「はー……まだ三国くんが好きと決まった訳じゃないんだけどな、そりゃ気になってはいるけど……その段階から気にしたって――」


 あれ、でももうこれって好きってことなんじゃ……。


 今まで誰かと遊ぶ時にここまで真剣に服装とか考えたことなかった。


 男の知り合いとも女の子を交えてなら遊んだことはあるけど、それでも見た目を気にしたことなんて殆どなかったし……。


「いや……でもこれはデートだから、初めてのデートだからちょっと自信がないだけ……それに三国くんならそんな気にしないだろうし」


 今日告白する訳でもないんだから、もっと気楽に、落ち着いていけば大丈夫。


「よし! 頑張れ私! ふぁいおー!!」

『きゃっ! び、ビックリした……』

「はっ! ご、ごめんなさい……」


 気持ちを入れる為に大きく声にしちゃったら人が入ってきちゃった……は、恥ずかしい……。


 私はその女性に頭を下げるとそそくさとトイレを後にした。


 調子が狂わなきゃいいけど……あー緊張しっぱなしだな、私。


       ◯


「――お、山中、こっちこっち」

「三国くんお待たせ、ごめん待った?」

「いや、全然待ってない、お互いまだ約束の時間前だしな」

「まあね、それなら良かったよぉ」


 うわー……これはデートの常套句過ぎちゃったかな……と少し反省、まあ三国くんは本当に待ってなさそうだから気にしてなくて良かったけど。


 そんな三国くんのコーディネートは白のプリントTシャツに黒のMA-1を羽織り、下は足のラインが分かる細身のデニム。


 ふむふむ……三国くんの私服、意外と悪くないでございますね、少し地味っぽさはあるけど格好いいし、同じカジュアルだから相性も良き。


 ただ――


「三国くん、いつもより目の下のクマ凄くない……? 大丈夫?」

「え? そ、そうか? うーん……まあ死んでなきゃ大丈夫だろ」

「その考え方は絶対に死ぬ奴だと思うけど……」


 確かに三国くんはいつも眠そうで、目の下にクマがあるのはいつものことだけど、今日は一段とその色が濃いように見える。


 りんちゃんはまだいいとしても……あの女が三国くんの睡眠を追い詰めているのだとしたら……ちょっと心配だな。


 最近一層教室からいなくなってるし……私もあんまり三国くんに負担をかけるようなことはしない方がいいかもしれない。


「ところで今日は何処に行くんだ? 何も予定を聞いてなかったからずっと気になってさ」

「ふふん? やっぱりデートだしね~? やっぱり気になっちゃう?」


「へっ!? ま、まあ……そういうとこも……あるけども……」

「えっ、そ、そうなんだ……」


 ちょっぴりからかって余裕を見せるつもりが、三国くんが思いの外正直な気持ちを言うものだから私もついドギマギしてしまう。


 いけないいけない……もっと自然体でいないといけないのに。


「ま、まあ予定に関しては着いてからってことで! そろそろ発車しそうだし、行こっか?」

「お、おう、そうだな……」


 ぎこちないというか、初々しさが丸出しで始まってしまった私達は、そのまま大阪行きの急行列車へと乗り込んだ。


 休日の朝ということもあって乗っている人も少なく、私達は容易に椅子に座ると一息つき数十分の時間をゆらゆらと揺られて行く。


「…………」

「…………」


 あんな始まり方をしてしたせいか、隣同士で座っているのに全く会話が生まれてこない……ううむ、これはまずいと思った私は自分から話題を振ることにした。


「そういえば、三国くんって最初と比べるとホント喋るようになったよね」

「そ、そうか? まあ学校では殆ど喋ってなかったからな……その頃と比べるとかなり状況が変化してるし、嫌でも矯正させられるというか……」


「前にも聞いた気がするけどさ、何で三国くんは学校では喋らなかったの? まあ……色々事情はあると思うけどさ」

「……学校に面白みを感じなかったからかな、家で娯楽に時間を費やしている方が楽しかったし、それなら学校は寝てればいいっつーか……」


「じゃあ今は楽しくない?」

「うーんどうだろう……」


 少し思い切った質問をしちゃった気がするけど、三国くんは嫌な顔をせず唸った声を上げると、車窓を眺めながらこう言ってくれた。


「――上手く行かないこともあるけどさ、楽しいことも沢山あるんだなって今は思ってる」

「そりゃ良かった」


「……でも」

「でも?」


「何で俺なんだろうな……って思わないこともない、黒芽先輩も川西もだけど、何の取り柄もない俺に良くしてくれて……何もしちゃいないんだけどな……」

「……三国くん、きっかけなんてのはさ、大したことじゃないんだよ」


「……大した……ことじゃない?」

「そ、誰かと友達になる時だって、きっかけは些細なことじゃん、でも一緒にいるにつれて色んなことを知って、仲が深まっていくでしょ?」


「ううん……そういうもんかね……」

「だから皆三国くんのさり気ない良さを見て、それで気になって、付き合いを続けていく内に良くしてあげたいって思うようになったんだよ」


「……山中も……そうなのか……?」

「えっ!? ど、どうなんだろうね……」


 思いがけないストレートな言葉に思わず私は濁してしまう。


 でも、実際学生なんて、私を含めて皆自分のことで精一杯なのが当たり前。


 それなのに下心がある訳でもなく、しかもそれを面倒とも思わず、眠い目を擦ってでも向き合おうとするなんて、本来ならあり得ない。


 だからそんな人と出会ったら――その人の為に何かしてあげたいと思うよ。


「……ああ、そっか」


 そりゃ好きになるよね、だって格好いいもん。


 多分あの二人はきっかけこそ別であれ、三国くんのそういう所を見て、好きになっていったんだ、それは私も見ていて分かること。


 じゃあ間違いない、私もこのデートでそんな三国くんを直に知ったら――


「参ったなぁ……デートが始まる前から気づいちゃうなん……て……?」

「ぐう……」

「三国くん……それは攻めすぎだよ……」


 静かな車内で揺られて、温かい日差しが身体を温めてくれたんだろうね。


 寝不足な三国くんは私の肩に頭を乗せて、眠ってしまっていた。


「デートで寝ちゃう男は嫌われるんだけどだなぁ……」


 でも、悪くない。少なくとも私の心はふわふわした気持ちになっている。


 勿論恥ずかしさはあるけど。これから駅も進むにつれて車両は混雑するから、こんな二人がいたら確実に視線を向けられちゃうだろうし……。


「――いつもお眠りさんな三国くんが悪いんだからね」


 だから、私はそれを知らんぷりする為に、三国くんの頭の上にぽてんと自分の頭を乗っけると一緒にお眠りさんになった。

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