第28話 川西凜華の意外な才能

「豊中先輩……大丈夫でしょうか」


 以前起きた蛍の勘違いの一件に対して、今日は黒芽先輩と川西に家に来て貰う約束があったのだが、思わぬ形で頓挫してしまった。


 黒芽先輩が風邪を引いてしまっていたのである。しかも彼女は身体を引きずってまで来てしまったものだから、幾ら何でもじゃあやりますか、となる筈もない。


 しかも黒芽先輩にしてはいつになく余裕がなかった……ああいう一面にドキりとさせられなかったと言えば嘘にはなるが、相手は病人だ、邪な気持ちは良くない。


 それに――もしあれが関係しているのだとしたら、少し心配だな……。


「布団で眠って貰って、氷嚢で首筋を冷やしておいたから楽になってくれればいいけど、目が覚めたら市販だけど薬を飲んで貰おう」

「そうですね――それにしてもどうしましょうか……」

「うーん、そうだなぁ……」


 病人がいるから湿っぽくなるのもなにか違う気がするし、かと言ってほったらかしにして大騒ぎするのもはもっと違う……どうしたものだろうか。


「――そういえば、ゲームというのはどんなものをするつもりだったんですか?」

「うん? ああ、色々あるにはあるんだけど、我が家は結構ボードゲームとか、カードゲームとかそういうタイプのものが一杯あってな」

「はー……それはまた珍しいですね」

「大体そういうのって小学生で終わるものだしな」


 ただ、実は我が家の場合揉め事や意見が対立するとゲームで勝敗をつけて解決するという謎のルールが存在しているのだ。


 将棋やチェス、麻雀といったプロも存在するボードゲームから、トランプやウノといった王道のカードゲーム。


 人生ゲーム、モノポリー、カタンといったものも多数揃えており、マイナーなものまで含めるとその数は多岐に渡る。


 特に妹の蛍がこの類にドハマリしており、しかもどれを取っても中々に強い、何かとつけては勝負を吹っ掛けてくるので妹ととは毎日が勝負なのである。


 なので三国家はゲームの強さが権力の強さ、まあ基本は楽しくやれているので特に不満もない。


 因みに蛍が今ハマっているのはキャプテンリノ。


「正直妹も急用でいないから、無理にやる必要はないんだけどな、どうせなら本でも読んで静かに過ごすのも悪くは――」


「あ、あの……折角なので……や、やらせてくれませんか?」


「ん……? いや俺は別にいいけど、川西はいいのか?」

「わ、私もこういうのは小学生以来殆どやった記憶がないと言いますか……本しか読んでいなかったので、普段と違うことをやるのも、悪くないと思いまして……」


 なる程、それならば有り難いというか、何だかんだ言って蛍も色々考えて準備はしてくれいたので無駄にならずに済むのは助かる。


 それに家族以外の人とプレイするのは初めてだし、鍛え抜かれた俺の実力を披露出来るというのも存外悪い気はしない。


 無論、川西は初心者なのだから力の加減は必要だが。


「そういうことなら……手始めにオセロでもやってみるか」

「オセロは流石に分かるので大丈夫です、何を賭けて勝負しますか?」

「へっ? な、何か賭けるのか……?」

「え? あっ……い、いえ、ごめんなさい……そ、その、小説を読んでいるとこういう勝負事は何か賭けていることが多いので、つい……」


 どうやら川西は頭脳、心理戦が横行している小説がお好みなようだ。


 とはいえ、家族でやる時も緊張感を高める上で家の掃除を賭けて勝負しているので抵抗はない、川西が望むのであればどんと来いというもの。


「いいよ、なら勝った方は学校で一度飲み物を奢るってのはどうだ?」

「わ、分かりました……手始めはそれでいいと思います」


 手始め……? 何だろう、その内命を賭けて勝負されるのだろうか。


 川西の妙な闘争心に若干怯みそうになったが、経験で考えれば俺が有利なのは変わりはない。


 接戦を演じつつ、まずは1勝をもぎ取ってやるとしようではないか。


       ◯


「ま、負けました……」

「あ、ありがとうございました……」


 板状に並ぶのは、白銀の世界とでも言わんばかりの白石のみ。


 俺はまさかの人生初のパーフェクト勝ちを川西にされてしまっていた。


 川西は序盤中盤終盤一切隙のない立ち回りを見せ、俺は足掻く暇なく瞬殺という有様。


 え、川西さん、もしかして初心者のフリしたプロですか?


「す、凄いな川西……」

「あの、その……ご、ごめんなさい……」


「いやいや謝る必要は全くないって、これだけ出来るのは川西の祕めたる才能なんだし」

「で、ですが……」


「ゲームで勝った方が落ち込むなんてそんな馬鹿みたいな話ないんだから、素直に喜んで貰わなきゃ俺も悔しがれないしな」

「せ、先輩――」


 それに、ある意味ここで分かっておいて良かったかもしれない。


 もし全員が揃った状態で川西の無双が起こっていたら、彼女は恐縮しっぱなしでゲームを楽しめなかった可能性がある。


 蛍に至っては失神していたかもしれない、あいつ結構負けず嫌いだし。


 だが……どうやら俺も少しは本気を出さないといけないようだな……。


「……わ、分かりました! で、では私も全力で、楽しくさせて頂きます!」

「その意気だ! よし……なら次は将棋だな、賭けるのは学食の奢りでどうだ」

「お、おーけーです! ではいざ神妙に勝負しましょう!」

「ふっ、さっきみたいに上手く行くとは思うなよ?」


 だが、ここから酷いものであった。


 無論川西がではなく、俺が、である。


 川西に遠慮が無くなったことにより才能が遺憾なく発揮され始めると、頭を使う王道ゲームでは一縷の望みなく負ける羽目に。


 それならばと川西が知らないようなマイナーゲームを繰り出すが、彼女はゲームを瞬時に理解すると、緻密な戦略を組み立て俺に襲いかかり、これも呆気なく敗北。


 果ては運の要素が強いゲームで何とか一矢報いようともしたが、最早ゲームの女神と化した彼女に太刀打ちする術はなく、気づけば驚異の全戦全敗。


「先輩、ゲームって凄く面白いんですね! 色々教えて下さってありがとうございます!」

「はは……それは良かった……俺のライフはゼロだけど」


 うむ……まあ川西が思いの外楽しんでくれたのであれば嬉しい限りだが……しかし全敗を喫した俺は大量の負債を抱えることに。


 ただでさえ娯楽にお金を使い過ぎているので、これは少し節約しないとな……と思っていると、川西は笑顔を見せてこう言うのだった。


「でも――やっぱり賭けたものに関しては私、全部お返ししますね」


「え? でも勝負は勝負なんだからそういう訳には――」

「いいんです、こんなに楽しい時間、きっと先輩がいなかったら過ごせませんでしたから――だからそれだけで全ては相殺されてしまったので、大丈夫です」

「川西……」


 決してそんな展開を望んでいた訳じゃなかったのだが、こんなにも満足そうな笑みを浮かべる彼女を見るのは初めてだったので、俺は何も言えなくなってしまう。


 ――まあでも、川西はあの時は仕方ないとして、基本的に謙遜をすることはあっても、無意味に嘘をつくことはしない奴だと思う。


 だから本当に満足しているのなら、無理にするのも良くないだろう。


「あ――いつの間にか、お昼過ぎちゃってますね」

「お、本当だな、ちょっと黒芽先輩の様子を見てくるとしようか」

「私も手伝います」

「助かるよ。じゃあ勝手に冷蔵庫開けちゃっていいから、お茶と……あと先輩の為にスポーツドリンクを取ってきて貰えるか?」

「分かりました、では失礼して――――? 何か紙が――」


 黒芽先輩の看病も忘れてはならないので、そうやって手分けして行動に出ようとした時――川西が何かを見つけそれを拾い上げじっと見つめ始める。


 何か落したっけ……? と様子を伺っていると、少し声のトーンが落ちた川西が、こんなことを言うのであった。


「……先輩、あの」

「? どうした川西」

「――豊中先輩の看病ですけど、役割を交代させて貰ってもいいでしょうか?」

「ん……? 別にいいけど……どうかしたのか?」


「……一度ちゃんと、話をつけるべきだと思ったので」


 …………へ?

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