第27話 ぐずる黒芽と羨む凜華

「まさかこんな短期間で二度も訪れることになるとは思いませんでした……」


 金曜日が終わりを告げ、迎えた土曜日の午前10時頃。


 私はまた、三国先輩の家の前に立っていました。


 以前訪れた時は私は自分を見失ってしまっていて、先輩には本当に迷惑をかけてしまい、あまりにも反省の多い1日でした。


「先輩の温情があったので、私は何の問題もなく過ごせていますが……」


 なのでもうあんなことは二度とするまいと心に誓った私は、それから先輩の安眠を守ることだけを考え色々な策を練ってきました。


 ですがお布団大作戦に関しては……先輩は喜んでいてくれたようなのですが……イマイチ記憶が定かではありません。


「それに……つぐ先輩とは結局どうなったのでしょう……?」


 意識がはっきりとした時には私は布団の上に座っていて、汗でびっしょりで……先輩はいて、つぐ先輩はいなかったので何事も無かったとは思うのですが……。


 しかし、お陰で半歩ずつではありますが、先輩の安眠は確保出来ていると言ってもいいのかもしれません。


「そうです、先輩が学校で熟睡出来ることが私の目標ですから……!」


 それはそれでどうかとも思いますが、私は先輩の為ならそれぐらいの覚悟はあります。


「それに……私は先輩が好きですから……」


 好きという言葉を使うと途端に胸の鼓動が早くなります、それは私が先輩を好きなのだという気持ちを何よりも証明していました。


「先輩と寝れるのであれば――私を抱き枕にして欲しいです」


 強く抱きしめて頂き、なでなでして欲しいです。


 そして幸せそうに眠る先輩の顔を見ながら、先輩の匂いに包まれて私も眠りたいです、きっと安眠どころか快眠をするに違いありません――


「……はっ! わ、私は何を朝から考えて……! こ、これから先輩の家に入らせて頂くのに不埒過ぎます!」


 ですが、最近先輩のことを考えれば考えるほど気持ちが昂ぶってしまうのです、妄想が加速し過ぎてしまって……。


「そ、そろそろ呼び鈴を押さないといけませんね……前のように都合よく誰かが声をかけて下さることはないんですから……」


 私は首を横にブンブンと振ると気持ちを入れ直します。


 それに――今日は私と三国先輩だけではないのです、豊中先輩というとても大きな存在がいるのですから、浮ついた心でいてはいけません。


 ですが……何をするのでしょうか? 結局それは分からずじまいなまま今日を迎えてしまったので何も準備をすることが――


『嫌です! 私は離れましぇん!』


「……へ?」


 そんなことを思いながらようやくインターホンへと手を掛けた私だったのですが、扉越しに玄関から妙な声が聞こえてきます。


『で、ですが先輩……それは流石に良くないですって……余計に悪化してしまいますよ……また機会は作りますから、今日はゆっくり休んで――』

『やです……昌芳くんと一緒にいます……一緒じゃなきゃや……』

『黒芽先輩……』


 これは……三国先輩と……豊中先輩……でしょうか?


 しかしそれにしてはらしくない……と言いますか、いつもクールな雰囲気を漂わせる彼女からはとても似つかわしくない声色です。


 今すぐにでも扉を開けて入りたい所でしたが、それはあまりに礼儀を欠いているので私は声をかけることにしました。


「あ、あの……! 先輩! そこにいらっしゃるんですか?」

『へっ! あ、ああ……川西か……悪いなわざわざ来てくれて……』

「いえそれは……あ、あの中に入っても大丈夫でしょうか?」

『そ、そうだな……は、入ってもいいんだけども――その……今度はあんまり驚かないでくれると……助かる……』

「……は、はい……分かりました……そ、それでは――」


 豊中先輩の声が聞こえる以上、玄関に二人がいるのは分かっています。


 まさか前の水着以上に刺激的な格好を……? 豊中先輩の先を行く行動にはいつも動揺させられますが、しかしここで怖気づく訳には――


 私は自分の胸に手を当てて再度心を落ち着かせます――大丈夫です、今回は正々堂々となのですから、私は私の出来ることをするまでです。


 そう言い聞かせ、敷地内へと足を踏み入れた私は、いざ扉を開けます――


「お、おじゃま……します……?」


 が、そこにあったのは、前とは違う意味で予想外なものでした。


「お、おう、川西……来てくれて悪いんだが実はな――」


「と、豊中先輩……風邪を引いちゃったんですか……?」


 ひしっと、三国先輩の胴体にしがみついた豊中先輩の姿はいつもと変わらないのですが……その代わりに彼女の口元には大きなマスクと、額には冷却シートが張ってあるのでした。


「そうみたいでな……だから今日は休んで日を改めようと言ったんだけど……」

「ましゃよしくん……あったかいです……」


 私の主観の限りで言えば豊中先輩は凛としていながらも大胆さを持ち合わせているような、そんな人なのですが、今はそんな雰囲気は微塵もありません。


 意識も朦朧としているのか私にすらまるで気づいていませんでした。


「私は帰りましぇんから……ましゃよしくんと一緒にいます……」

「ど、どうしましょうかこれは……」

「予定は順延するしか……でも川西には折角来てくれたのに帰って貰うのは悪いしな……」

「それは……別に構わないのですけど……」


 と言いつつも、私は何とか家に上がり込む口実を考えていました。


 もしここで帰ってしまえばまたしても豊中先輩の独壇場ですし……と考えていると、突如彼女の頭がカクンとなり、先輩の膝の上に顔から落ちてしまいます。


「えっ! だ、大丈夫ですか……? 死んでない……ですよね」

「いやそれは……多分風邪なのに無理したから疲れて眠ったんだと――しょうがない……空き部屋に布団を敷いて休んで貰うしか」


「あ――わ、私、手伝います」

「一人で大丈夫――と言いたい所だけど、正直助かる、悪いな迷惑かけて」


「いえそんな、私は何をすればいいでしょうか?」

「階段を上がって左手の一番奥が空き部屋なんだが、入ってすぐの押入れに布団があるから敷いて貰ってもいいか?」

「はい、任せて下さい、それではお邪魔し――あ……」


 そうやって何とか理由を作って先輩の家に上がり込むのに成功した瞬間――先輩は「ごめんなさい先輩」と言ってから器用に豊中先輩をお姫様抱っこしたのでした。


「む、むむむ……」


 し、仕方がないのです……豊中先輩は風邪を引いているのに無理を押して来たかもしれませんが、とても一人で歩ける状態ではありません。


 で、でも……それは羨ましいです……他意はないのだとしても私だってして欲しいです……。


 早くも彼女が得に得をしている状態に、心中穏やかではありません。


「ずるい……」

「へっ? どうかしたか川西?」

「い、いいいえ! な、何でもないです!」


 いえ、ここは一旦冷静になりましょう――豊中先輩は実質的に参戦は不可能になる訳なのですから私に大いにチャンスがある筈です。


 ……つまり、それだけ先輩といられる時間が長くなるかもしれないということ――


 ならばと、私は先輩に質問することにしました。


「あの、先輩、因みになんですが、本来は何をする予定だったんですか?」

「ん? あー……実は蛍の提案で……と言いながら当人は急用で留守中なんだが……何ていうか、ゲームをする予定だったんだよ」


「……はえ? げ、ゲーム……ですか?」


 あまり縁のない物事だったので、思わず気の抜けた声を上げてしまいます。


 勿論ゲームにも色々ありますが……しかし、どうしてゲームなのでしょう?


 後に分かったことではあるのですが――どうやらそれが、三国先輩一家の物事決める上でのルールと言いますか、しきたりだったようなのです。

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