第21話 恋愛巧者は恋愛素人

「ねーキヨ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 祝日明けの金曜日、お昼休みの時間。


 私は昨日の休みの日からずっと考え事をしていた。


 考えるべき相手は勿論三国くんのこと、私が彼に対して抱きつつある感情に関して冷静に分析を続けていたのである。


 彼の人間性を知った時、私は確かに三国くんを良いと思った、それは今まで出会った男の子の中では一度も抱いたことのない感情。


 そして彼のように周囲に振り回されない人間になりたいと、そう思ったのも事実、だから色々と話し掛けたり、興味を持って貰えそうな行動もした。


 でもあの時、りんちゃんや豊中の三国くんへの気持ちを見て――私は自分の中にあったもう一つの感情に目を向けたのだった。


 でもそれは――あくまで好きかもしれないに留まっている。


「んー? つぐがご相談とは珍しいね」


 キヨは相変わらずお弁当を食べながらスマホで動画を見ている、目線は私の方には向けなかったけど、それはいつものことなので気にしない。


「あのさ、キヨって確か彼氏いたよね、5組の」

「んー……? あー、別れちゃったけどね」


「え? そうなの? 聞いてないんだけど」

「まあ正確に言えば冷却期間って奴? だからつぐに言おうかちょっと迷ったんだけどあんまり進展ないし、多分別れると思うから今言う」


「なにそれ……全然私に何も言ってくれなかったじゃん」

「何ていうかちょっとしたことがキッカケでガラガラとって感じでさ――それに最近つぐは妙に三国にご執心だったし」

「そ、それは……」


 キヨから三国くんの名前が出てきたので思わず言い淀んでしまう、確かに最近はお昼御飯を食べ終わったらすぐに三国くんを探しに行ったりしていたからあまり強く出ることが出来ない。


 けどそんなに引きずっている様子でもないのか、キヨはあっけらかんとした態度で口を開いた。


「それで、それがどうかしたの? 惚気話が聞きたかったなら残念ながらもう無理なんだけど」

「あーいや、まあ訊き辛くなったってのはあるけど……あの、キヨはさ、その人を好きになったきっかけとかってあったの?」


「ん……? どうだろ、女テニと男バスで交流があって、バスケしてる姿とか格好いいし、話もそれなりに合ったからかな?」

「いや、何というかもっとこれがきっかけで! みたいなのは無いの? 怖いお兄さんに連れて行かれそうになった所を助けて貰ったとかさ」


「あるわけないじゃん、漫画じゃあるまいし」


 こんな片田舎にそんなメルヘンな出会いある筈もなかろうに、とキヨに鼻で笑われてしまう。


「誰かを好きになるとかさ、顔が好きとか、スポーツをしている姿が格好いいとか、話をしていて楽しいからとか、そんなもんでしょ?」

「まあ、それは……そうだけど……」

「つか、つぐもそうなんじゃないの?」

「え! そ、そりゃ勿論そうだよ、学生なんてそんなもんだよね」


 はははーと変な乾いた笑いをしながら、私は誤魔化すようにしてぐぐっとパックのミルクティーを吸い込んだ。


 ……実は私は、キヨだけじゃなく、周囲の友達にも今に至るまで誰とも付き合ったことがないことを秘密にしている。


 まさかキヨが私がまっさらぴんの女の子だなんて知る由もないだろう、でもそれを決して悟られぬよう振る舞い続けているのが今の現状。


 だから――私は本当に三国くんを好きになっているのか、確証がないのだ。


 でもそれを素直に言ってしまえば確実に馬鹿にされる、何せ私は『百戦錬磨の恋愛巧者』と言われているんだから――いやそれただのビッチやんけ。


「……まーでもあれだよね、理由は多岐にわたれど、一つだけ確実なのはその人を見たり、一緒にいたりすると胸が良い意味で締め付けられるのは違いないね」

「……キヨ?」

「それがある以上はきっと好きなんだと思うけど、悲しいかな、私はもうあいつに対してはそんな気持ちは無くなっている気がしますわ」


 胸が……締め付けられる。


 それがどういう感覚なのかは、流石に私でも分かる。


 でもそれを三国くんに対してそうなったことがあるかと言われれば、それははっきりと自信を持って言えない部分がある。


 何故なら私は今まで好きという想いに目を向けていなかったから。


 だけど少なくともあの二人は胸を締め付けられているのだろう、三国くんという存在に、恋をしてしまっているのだろう。


 だったら――やっぱり私も確かめないといけない。


「まー……何にせよ、私はあんまり偉そうなことは言えないけど、取り敢えず頑張ってみなさないな、つぐが決めたなら私は応援してやりますよ」

「え?」


「いや……何でもないよん。ただそうだねえ、私から思う所が一つあるとすれば、マメなやり取りってのは大事かもしんないね」

「マメなやり取り?」


「そ、チャンスってのは転がっているもんじゃないから自分から作りに行くもんなの、それを何度も続けている内に気持も固まってくるし、相手もより一層意識するようになる、まさに一石二鳥」

「な、なるほど……」


「積極的な行動もいいんだけど、敢えてそういうのはここぞという時に出す、普段は細かいやり取りで親交を深めて、会いたい気持ちを膨らまさせるって訳」


 言われてみるとキヨの話は確かに的を射ている気がする、恋愛っていうのは駆け引きが大事とよくいうし……。


 それに……何よりそういったやり取りを深めることで私の気持ちに確信を持てるのは大きい――うん、キヨに訊いてみたのは正解だった。


「き、キヨありが――」

「とはいえ? そんなことつぐなら知ってて当然だと思うけどね~?」

「へっ!? あ、当たり前じゃん! 何でそんなこと今更私に言ってんの!」


 キヨが不敵な笑みを浮かべながらそんなことを言うので私は慌てて取り繕う。


 あ、危ない危ない……これでも百戦錬磨の恋愛巧者で通ってるんだから、恋愛下手なウブな処女なんてバレたら何を言われるか分かったもんじゃないよ。


 だから、精一杯の余裕の表情を顔に浮かべてみせると、私はこう言ってみせた。


「と、となるとやっぱりまずはSNSのID交換からだよね~?」

「寧ろそれすらしていない人って大丈夫なのって感じだよね~?」

「だ、だよね~!」


 や、やっぱりそうなんだ……マメさ出す為にも交換は必須と……だ、大丈夫大丈夫、交換くらい今まで何十回とやってるんだから……。


 自分の気持ちをはっきりとさせるのは当然として、あの二人に出し抜かれない為にも、三国くんとの距離を縮められるよう頑張らなきゃ……!


 そうやって、直近の方針が決まった所で、私はちらりと三国くんの席を見る。


 そこに三国くんの姿はなかった、正直最近三国くんがいないと私の心は少し複雑になるから、連絡先を交換して解消されるなら最早一石三鳥ですらある。


 ならやらない後悔よりやって後悔! 当たって砕けろの精神で行くっきゃない!



「それにしてもこんなウブな子が私の近くにいたなんてねえ……ふっふっふっ、これは大いに楽しませて貰いましょうかな」

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