第17話 蛍、修羅場に降臨す
「き、来てしまいました……」
私は三国先輩の家の前に立っていました。
正直、自分自身の中にここまでの行動力あったことに驚いています、何せ家と教室と図書室と書店以外何処にも行くことが無かったのですから……。
「だ、大丈夫……ですよね」
私はちらりと紙袋の中身を再度確認します。
以前先輩に渡し忘れた御礼の品々、厳選した小説とそれなりに評判の良い洋菓子……。
「すぅ……ふぅ……」
そしてそっと深呼吸をして気持ちを入れました。
特におかしなことはありません、ただ先日の御礼を告げて、この紙袋を手渡すだけです、それは至極自然でありふれた光景の筈……。
「そ、そこからお家に上げさせて貰えたり……なんて」
考えていないと言えば嘘になると言いますか、やはり淡い期待を抱いてしまいます。
先輩のお家で二人で黙々と本を読み耽け、気がつけば夕方になっていて、そこから読んだ作品のお話をして名残惜しさを覚えつつも帰路に着く――
理想中の理想ではあります。ですがそこまでは欲をかきすぎている気も……。
第一先輩はご予定があって家にいない可能性もあるのですから……最悪ご両親に紙袋を渡すだけになることも視野に入れておかないと……。
「そ、それに……」
つぐ先輩と豊中先輩に先輩が翻弄されているのは間違いないのです……それが要因でいずれ図書室でお休みになる暇もなく、もし倒れられてしまったら……。
やはり思い立ったが吉日、お二方に飲み込まれてしまってからでは遅いのです……!
「こういう所から一歩ずつです……先輩にはもっと図書室に来たいと思って貰わないと……」
きっと昨日のことが影響しているのだと思いますが、身体の底から湧き出るような強い気持ちに押されると、私は呼び鈴へと指を掛けました――
「お家になにか御用ですか?」
「ひゃあっ!?」
が、背後から突然声を掛けられたことで、私の鉄のように硬いと思われていた意思は、ガリウムのようにドロドロに溶けてしまいます。
まさに未曾有の事態に私はそれ以上声を出せず、ただ口をパクパクとさせながらおっかなびっくり後ろを振り向くと――1人の女の子がいました。
「あっ、ごめんなさい、脅かすつもりはなかったんですけど」
「え、あ、えっと、わ、私の方こそ……も、申し訳ありません……」
黒髪のショートボブ……という奴なのでしょうか、そういった髪型に、前髪をヘアピンで止めていて、目元もぱっちりとした、私とは対局の位置にいそうな雰囲気を感じさせます。
ただ少し幼さも感じる表情は……年下、でしょうか? しかしとても整った綺麗な顔をしていて何だか羨ましさを覚えてしまいました。
そんな彼女を横目ながらもまじまじと見てしまっていると、首を傾げた彼女は少し不思議そうな表情を浮かべてきます。
「ええと……もしかして兄に御用だったり……します?」
「え? あ、アニ……ですか?」
「あーごめなさい、兄というのは
「ほ、ほたるさん――妹さんだったんですね……」
落ち着いて考えるまでもなく妹さんがいるのは何もおかしなことではありません、ただ後ろから急に声を掛けられてしまったので警戒してしまっただけで……。
何だか、先輩は周りの方は親族にもこんなに可愛らしい人がいるなんて本当に不思議といいますか……同時に自分の自信も無くなっていくといいますか……。
とはいえ、妹さんを前にしてあたふたしているのは失礼なので、崩れかけた気持ちを何とか持ち直すと私は言葉を紡ぎます。
「え、えっと、そ、そうです、三国先輩にお渡したいものがあったので、それでご訪問をさせて頂いていたのですが――」
「ふうん……? まさかいつも引き篭もってる兄にこんな美人な彼女さんがいたなんて……」
「へっ!? わ、わわ私は別にそういう訳では……」
「あれ、そうなんですか? まあでもお友達でも良かったです。兄ってこのまま家族以外の女性を知ることなくベッドの隅で転がって死ぬんじゃないかと思ってたものですから」
「は、はあ……」
サラッと自分の愚兄具合を説明されてしまったような気がして少し呆気にとられます、先輩……そんな人じゃないと思うんですけど……。
「まあまあ、そういうことでしたら、お家に上がっていって下さい」
「えっ、そ、そんな、悪いです、私はあくまでお渡したいものがあったので来ただけですから、上がらせて頂くなんて――」
「気にしないでいいですよ、兄の為に女の子が家に来るなんてそれだけで一家としては大喜びですし、女の子が遊びに来て悪い気がする男なんていませんから」
「そ、そうなんですか……? でも本当に宜しいのでしょうか……?」
「大丈夫ですって、どうぞおかまいなく」
「で、でしたら……し、失礼致します……」
精一杯の謙遜をしつつ、私は妹さんに会釈をするとお家の門をくぐってしまいます。
妹さんの存在は想定外でしたが……ま、まさか理想中の理想がこんな形で目の前に迫ってしまうなんて……。
立て続けに起こる事態に心臓の鼓動がとてつもなく早くなってしまいます、わ、私、顔赤くなっていないでしょうか……?
「どうせ兄は寝ていると思うので、そのまま付いてきて下さい」
「は、はい……」
そう促されるままあっという間にお家に入ってしまった私は、家中に立ち込める香りで本当に三国先輩の家に来たのだと自覚します。
頭がぽーっとしそうになりながらも玄関で靴を脱ぎ、上がると同時に靴の向きを整えるとそのまま妹さんの後ろを付いていきます。
「……ん? んん……?」
その瞬間、ほんの一瞬だけ妹さんが何かを見て険しい表情をしたのですが、すぐに2階へと上がっていったので私はそれに続いて行き――
ついに先輩のお部屋の前にまで辿り着いてしまいました。
「兄~! いつまで寝てんの! お客さん来てるから!」
「ひっ! そ、そんな妹さん、先輩は疲れて寝ていると思いますので……」
「いいんですよ別に、こんな時間まで寝てる方が悪いんですから」
そわそわする私を余所に、妹さんは扉をドンドンと叩くので慌てて嗜めますが、妹さんはどこ吹く風と言った感じで強めの対応に出ていきます。
だ、大丈夫なのでしょうか……とハラハラとした気持ちが芽生えながらも見守ります。
『待て妹よ! 俺は今人生最大の岐路に立たされている!』
すると、ややあって先輩の焦りにも似た声が帰ってきたのでした。
先輩起きていたんだ――と少し安心感を覚えるのですが、妹さんは何故かそれに対して軽く舌打ちをしてしまうと。
「は? 家に誰もいないからってついにヤったのは分かってんだけど?」
奇妙な台詞と同時に乱暴に扉を開け放ってしまったのでした。
少し強引な入り方になってしまったことに申し訳ないな……と思いつつも、私は開いた扉から先輩の部屋に顔を覗かせます。
「は……へ……?」
しかし、私はその場で固まってしまいました。
「い、妹よ……そ、それにか、川西……?」
「あ、妹さんですか、私は昌芳くんに全てを捧げた豊――」
「先輩待って! 今それ言うとかなりややこしくなるから!」
何故ならそこには、顔面蒼白で焦りっぱなしの三国先輩と、派手な水着姿の豊中先輩が、三国先輩を今まさに押し倒そうとしていたのですから。
あまりにも予想だにしない展開に頭が真っ白になってしまう私――だったのですが、静かな妹さんの怒りが先輩の部屋にこだましたのでした。
「ふぅ……兄、ちょっとそこに座って、あとデリヘル嬢さんも」
「えっ?」
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