第18話 デリヘルのオプションではない

「兄よ、妹は悲しい」


 俺の妹である蛍は、俺を正座させるとそう切り出した。


 妹は俺の2つ下の中学3年生なのだが、非常によく出来た妹である。


 というより我道を征く優秀な妹である、とでも言うべきなのか。


 三国一族の悪い部分を一手に引き受けたのが俺だとするならば、良い部分を全て混ぜて生成されたのが三国蛍という存在だ。


 容姿端麗、学業優秀、スポーツにおいても中学2年生までは新体操で輝かしい成績を残しており、幼顔ながらもその抜群のプロポーションは凶器とさえ言える。


 因みに兄妹仲は悪くはない、というより良いぐらいだろう、多少口は悪いが露骨に嫌われたこともないし、お互い暇なら一緒に遊ぶことも割とある。


「兄は確かに今まで全然モテなかったかもしれない、それは私も凄く心配していたことではあるよ? でもそんなに追い込まれてたなら相談して欲しかった」

「い、いや蛍、話を聞いて――」

「それに兄はまだデリバリー出来る年じゃないんだよ! ピザとかお寿司みたいに気軽に頼んでいいものじゃないんだからね!」

「蛍、流石にそれは俺も知ってる」

「あの――妹さん、宜しいでしょうか」

「デリヘル嬢さんもですからね!」

「いやあの」


 流石にデリヘル嬢と言われたことはなかった(人生において中々言われることはないのだけども)のか、いつも圧倒的強さを見せつける黒芽先輩も如何ともし難い顔になる。


 とはいえ……扉を開けたら水着姿の黒芽先輩が俺を押し倒していたら誰だって情事の現場と思うわな……。


 言い訳ではないのだが、俺は自宅へと侵入してしまった黒芽先輩を折角のタイミングだと思い、色々話をしようと考えていた。


 それは単純に自分の全てを捧げると申し出る程の彼女の存在と、なあなあでいるのは良くないと思ったからである。


 実際彼女は俺の為であれば何でもしようとしてくれる……それでいて黒芽先輩はそうしている時は特に可愛いのだ。


 それはあまりに俺程度の人間にあまりに多くモノを与えてくれている――ならば俺も俺で彼女のことをより理解し、返せるものは返さないといけないのだ。


 ただまぁ、俺も大分懐柔されつつあるよな……というのは否定し切れないが。


――実際その中途半端さよって、黒芽先輩は暴発してしまった。


「蛍、落ち着いて聞くんだ、この人はデリヘル嬢さんじゃない、豊中黒芽さんといって同じ学校の先輩で――」

「本当につい最近まで彼女なんている筈もないし、出来る気配すらないと言っていた兄が、急に女性のしかも先輩を連れて来て、しかも派手な水着姿なのは不自然でしかないんですけど」

「ごもっとも……」


 実際黒芽先輩の水着姿はかなり刺激的である。


 所謂モノキニビキニ、という奴らしいのだが接地面積が多いように見えてところどころが肉抜きみたいな、布と素肌が交互に見えるという仕組みをしている。


 それはスタイルの良い黒芽先輩には兎角映えていて、加えて制服に隠れていた豊満なお胸が顕になることにより俺も男ゆえ冷静ではいられなくなってしまっていた。


 というか黒芽先輩のことを知りたいという話だったのに何故水着を着ているのかという話なのではあるが、彼女曰く「私の身体も知って欲しい」とのこと。


 そんな彼女の暴走に抗えずにいてしまった結果――このザマである。


「兄も男だから欲求を抑えられないのは分かるよ? でもその努力を妹としては彼女を見つけることに注いで欲しかった……」

「くそ……状況証拠が完璧過ぎて何も反論出来ない……」


「……妹さん、私は本当にデリヘル嬢ではないんです、私は昌芳くん同じ高校で、その……親しく――させて頂いていまして、ええとこちらに制服も」


「……オプションにも見えるのですが」

「でしたら学生証もありますので、ご覧になって下さい」


 蛍の猛追撃に最早打つ手なしと思っていた矢先、慌てず冷静な表情になっていた黒芽先輩は、妹にそう説明すると学生証を手渡す。


 無実の罪で家族裁判にかけられること必至だった俺に一気に光明が差す、黒芽先輩が制服で来てくれていて助かった……。


 お陰でずっと怒っているような、悲しいような表情を浮かべていた蛍であったが、その学生証を見てようやく少し軟化した表情を見せてくれる。


「確かに兄の高校の学生証ですね……ということは本当に兄の先輩なんですか? そういう設定ではなくて?」

「蛍、設定とかいうな」


「はい、本当です、確かに勘違いをさせるようなことをしてしまったのは申し訳ありませんでしたが、間違いなく同じ学校の先輩なんです」

「ふむう……でしたら何故そんなエッチな水着を――」


「これは……あの、妹さんは新しい服を買ったりした時誰かに見せるならこの人に一番最初に見せたい、とかは思ったことはないですか?」

「それは――ありますね、やっぱり見せたい人に見せて『似合ってる』と言われたら嬉しいですから」


 ははぁ……そういうのはやっぱりあるんだな。


 事実妹にも散々女の子に「似合っている?」とか「この服どっちが良い?」とか言われたら一切否定せずに同意だけするのだと言われ続けてきた。


 まあそれを告げる機会は今まで蛍にしか無かったのだけども……。


 すると黒芽先輩は蛍の回答に対してこう口を開くのだった。


「その通りなんです。だからまだ季節的に早いかもしれませんが……折角買ったので、そ、その、やっぱり昌芳くんに一番に見て欲しくて、それで――」

「く、黒芽先輩――」

「豊中さん……、それってまさか――」


 やけに恥じらいを見せつつそう答える黒芽先輩に、妙にドキドキしてしまう。


 水着のせいで妙な艶めかしさも感じるからだろうか、俺は言葉に詰まってしまい、声も発せずにその様子を見てしまっている――


 と。


「す、すいません、ちょっと待って下さい」


 その様子をじっと見守っていた川西が、その沈黙を破ったことにより。


「川西さん? どうしたんですか?」


「こ、この制服――ほ、本当に私達の高校の制服なのでしょうか……」


 蛍の持つ鞘に収まりかけた刀は、再度抜かれてしまったのであった。

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