第16話 焦らなくても大丈夫
私の目標、『昌芳くんの側にい続け添い遂げる』。
早計過ぎる? それはいくら何でも無謀?
そうかもしれません――でも時間は待ってはくれませんから。
「昌芳くん……美味しいですか?」
「は、はい……もうそう尋ねられるのは20回目ですけど……」
「良かったです……おかわりも沢山ありますからね」
昌芳くんは何度も説明をする必要もありませんが、とても素敵な人です。
何故なら空っぽになっていた私に、目の前にある些細な幸せを教えてくれた人だから。
でもそれは今となってはきっかけに過ぎず、今は彼の色んな側面を見れば見る程、私の心を優しく埋めていってくれています――だからこそ昌芳くんへの想いは日に日に強くなっていきます。
遠く、届く筈もないと思っていた理想の住人が私の手を取って話し掛けてくれる、これ以上の幸せなんてある訳がない。
だからこそ私は全てを捧げる、昌芳くんの為なら何でもしたいし、何をされたっていい――私にとって彼はそれぐらいの人。
「けど、やっぱり現実は穢らわしさで溢れています……」
「黒芽先輩?」
昌芳くんがこんなにも素敵過ぎるが故なのは仕方がないです……、でも彼に近寄る価値もない女共があまりにも多い。
特にあの同級生面をした女、まるで当然の顔をして昌芳くんに話しかける姿は見ているだけでどうしようもないくらい不快な気持ちになる。
ただ……昌芳くんはきっとそんなことは気にしないでしょう。
でも違うんです、あんな女の子と一緒にいたら昌芳くんは駄目になってしまう、付き合うなんてなった日には――穢れていく彼に正気ではいられないかもしれない。
「ご馳走さまでした――いや本当にとても美味しかったです、ありがとうございます黒芽先輩」
「いえそんな……昌芳くんがそれで幸せになって下さったら、それは私の幸せでもあるので……私こそありがとうございます」
本心を口にしつつ、私は同時に別のことも考える。
後はあの図書室にいた女も警戒しないといけない……一見すると大人しそうで口下手な印象だったからあの女よりは無害に見えなくもないけど――
私は、彼女の瞳の奥にある蒼い炎を見逃さなかった。
あれは自分は二番でもいいから側にいさせて欲しいとまで言い出すタイプ……ああいうのはかなり厄介で、そして一番昌芳くんを狂わす存在であると言える。
はっきり言って想像以上に厄介な相手が昌芳くんの周りにうろついてしまっているのが今の現状――でも私は何があっても彼から離れるつもりはない。
「さて……流石に朝食を作って貰ったのに何もしないのは悪いですから、片付けとお皿洗いはさせて頂きますね、黒芽先輩はゆっくりしていて下さい」
「いえそれは駄目です、昌芳くんこそゆっくりしていて下さい、あくまで私が勝手にしたことなのですから、昌芳くんは何もしなくていいんです」
「い、いやでも……」
そう、これは全て私が彼の為に予め用意していたこと。
昨日のあの時、あの瞬間、昌芳くんを他の女に取られる訳にはいかないと思ったその時から私はこうなることを考えていました。
昌芳くんの身持ちの固さはとても素晴らしいことなのですが、ご両親は、特に母親であればやはり彼女がいないことを多少は心配する筈。
また昌芳くんのご両親は休日があまり関係のない仕事をされているも知っているので、休日も当然ながらいつもと同じ時間に家を出る。
故に私はあたかも約束をしていたかのように挨拶をしてしまえば、いつも寝ていることの多い昌芳くんを家に入って起こしても構わないと言ってくれるに違いないと踏んだのです。
案の定それは成功し今に至る――だからこそ私はこの機を逃すことなく目標を達成してみせ、薄汚い泥棒猫は全て排除してみせる。
その為にもまずは昌芳くんに私が快適な存在だと思って貰うことから――そうすればきっと彼は私に一杯求めてくれる……ああ……。
「昌芳くんはお部屋に戻って頂いて、ゆっくり今日の予定を考えておいて下さい、私、昌芳くんのしたいことでしたら何でもしたいので」
「いやいや……気持ちは嬉しいですけど、流石に申し訳ないです――」
「そんな……! 私は昌芳くんに尽くしたいだけなんです」
「う、うーん…………い、いや、やっぱり駄目です!」
悩んだ表情を浮かべていた昌芳くんでしたが、不意に意を決したような表情になると、ビシっと私にそう言ったので胸がキュンとしてしまう。
あれ、昌芳くんに強く言われるのって凄く気持ちいい……。
「昌芳くん……もっと私のこと罵倒して下さい」
「何がどうなってそうなったんですか急に」
「『黒芽いい加減にしろ! 胸がデカいだけの癖に!』とかでもいいです」
「いや言いませんけども」
ああ……昌芳くんに本気で怒られたら私どうなるんでしょうか……不思議なくらい昌芳くんには何をされても快感に変わってしまう。
そんな心地よい気分に襲われていると、昌芳くんは深く溜息をついた。
「兎に角、そうじゃなくてですね……このままですと平行線になるだけだと思ったので、一緒にするのはどうかなと提案したかったんです」
「……? 一緒に、ですか?」
「単純に作業効率も良くなりますし、それに手伝える状況にありながら待っているだけなのは性に合わないと言いますか……」
「一緒にするのは……嬉しいですけど……」
「それに――」
と、昌芳くんは少し照れ臭そうな顔を私に見せてくれると、こう言うのでした。
「どうせなら、もっと黒芽先輩のことを知りたいなと思いまして」
え――
昌芳くんが私のことを知りたい――でも私はその意味が分からなくて。
「どうしてですか?」
と訊いてしまっていた。
「どうして? ううん……そうですね、俺は本来自分から関わったり、関わって来なければ人でも物事でもあまり興味を持ったり知りたい思うタチじゃないんです、でも」
「……でも?」
「俺のことを好きでいてくれる人のことを、何も知らずにただ流されたままでいるのは――それは多分違うんじゃないかと思いまして」
「…………!」
「なので先輩が良いのであれば、黒芽先輩のお話を聞かせて下さい、何でしたら今日の予定はそれでもいいと思っています」
……やっぱり昌芳くんは、理想の世界の住人だ。
自分でも抑えられない衝動を、昌芳くんは気味悪がったりしないし、それどころかこうやって正面から受け止めてくれようしてくれている。
――何度だって言います、私は昌芳くんを愛しています。
「黒芽先輩……? むおっ!」
「いいですよ……何でも教えます、私でいいのでしたら、昌芳くんに私の全てを教えてあげます、何でも訊いて下さい」
私は無意識の内に昌芳くんを抱きしめて、そう言っていた。
「……分かりました、ありがとうございます先輩」
その時間は、他のことなどどうでもよくなるくらい、私の心を満たしてくれていた。
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