第15話 仕組まれたひとつ屋根の下
昨日は……人生で一番目まぐるしい1日だった気がする。
朝から黒芽先輩が家の前で待っていて、その途中で山中と出会い、二人は心底穏やかではない会話を繰り広げられたことで遅刻し、先生に怒られ。
そして昼休みはは少しでも英気を養おうと、二人に気づかれないようコッソリ図書室でほんの少しだけ眠りにつくが、首筋に何故か水が落ちてきて中途半端に覚醒。
放課後は授業が終わったと同時に黒芽先輩に拉致され、「私は貴方の下僕です、頭を撫でて頂けば何でもします」と言われながら強制的に撫でさせられるという謎極まりない展開を経験し。
果ては川西のおトイレ乱入により事態は混沌と化す。
山中が間に入ってくれたお陰で事態は収束した気はするけど……帰り際の3人の目つきは俺でもただならぬ何かが起きようとしていると感じさせてしまっていた。
「俺は……一体どうすればいいのだろうか」
何一つとして断定出来るものはないが、彼女達の行動はただ毎日寝ていただけの俺に対してする行いの範疇をとうに超えてしまっている。
つまり何かがきっかけであることには違いないのだ、それを見つけないことには行動をしようにも俺みたいにな人間では確実に失敗を起こすことになるだろう。
「しかし黒芽先輩はともかく、残りの二人は訊き辛いよなぁ……」
何で俺にこんな構うの? はウザ過ぎるし、俺のこと好きなの? はキモ過ぎる、何かしら理由はあるにしても自意識過剰なのだけはマジでヤバい。
もっと自然な感じである必要はあるだろう、会話力の低い俺に出来ることはなにか、まずはそれを考えて行かなければ――
「……それにしても、俺はもう目を覚ましているんだがな」
それだというのに何故か目の前は真っ暗、小さく呟く独り言もやけに籠もっているし、何なら少し息苦しさすら覚える。
布団の中に籠もった状態で目でも覚めたのだろうかと思い、身体を動かそうとする。
「…………あれ?」
しかし全く以て身体が動かない、何だこれ、固定されているのか?
いやしかし固定されているにしては縛られているような感覚はない、それに何だか甘い匂いもしてくるし……。
「んんっ!?」
待て待て何か頭を撫でられてないか俺……? しかもこの香りはまさか――
「昌芳くん……昌芳くん……昌芳くん……昌芳くん……昌芳くん……昌芳くん……昌芳くん……昌芳くん……昌芳くん……昌芳くん……昌芳くん……昌芳くん……」
妙に艶めかしい吐息と、ひたすら俺の名前を呼ぶ声で全てを理解した俺は、グリグリと身体を捻るようにしてその束縛から抜け出すとムクリと起き上がった。
「ああ……昌芳くんの匂いが体中に染み付いて……幸せ……」
「……わーお、本当に家上がってくるんですね」
「あ、起きられたんですね、おはようございます、昌芳くん」
どうやらついに黒芽先輩の住居侵入が成立してしまったようである。
何なら、俺のベットにまでガッツリ入り込んでいた。
だが、不思議と心は冷静だった。どうやら人間ってのは特異な状況に何度も放り込まれると意外と耐性が付いて行くものらしい。
「先輩駄目ですよ、勝手に家に上がりこんだら、日本の法律は仕事をするんですからね?」
「はう、昌芳くん違うんです……確かに入ろうとは試みたのですが」
「入ろうとはしたのね」
「その……丁度昌芳くんのお母様とお会いしまして、ご挨拶をしたら大層お喜びになられて『あの子お寝坊さんだから起こして上げて』と」
まさかの親公認という既成事実を作り上げられていた。
何をやっているんだと言いたい所ではあるが、母親には日々『お前ホント女の気配ねえよな、高校生でそれはヤバいからなマジで』と汚物を見るような目で唾棄され続けている。
まあ、その程度で俺は動じるはずもないのだが……親からすればこんなに嬉しいこともなかったのだろう、誰か助けてくれ。
「にしても家族以外この部屋に最初に入った女性が黒芽先輩とは……」
「え……! 私……昌芳くんの初めての女になれたんですか……」
「色々とね、言葉が足りていないよね」
「あの……じゃあ記念におっぱい揉みますか? わ、私は本番でも全然――」
「記念の概念が壊れる」
つうか、黒芽先輩目が物凄くうっとりしてるな……。
今の今に始まったことでもないので今更止めてくれと言うつもりもないが、とかく黒芽先輩は俺の匂いはドラッグなのかと言いたくなる程に嗅ぐ。
何なら今もずっと俺の掛け布団を抱きしめて嗅ぎながら会話をしているのだが……何だろう、男としては嬉しいけど、俺としては恥ずかし過ぎて目を合わせることが出来ない……。
とはいえ、いつもまでもこの時を過ごしている場合じゃない、また遅刻をしたら次は無いぞと立ち上がろうとすると、黒芽先輩が声をあげた。
「あ、そうでした!」
「へ? ど、どうしましたか……?」
「あの、私、昌芳くんの為に朝食を作ったんです……」
「え、朝食、ですか? この家で?」
「はい勿論です」
黒芽先輩がまたしても明るい笑顔を見せるものだから思わずドキッとしてしまう。
というかそこまで許可していたのか……俺の親おかしくない?
でも気持ちは有り難いが時間が……と思いながら時計を見ると――まだ家を出るまで30分以上も時間があった。
どうやらいつもより大分早く起きてしまっていたらしい――そういうことなら。
「折角作って頂いたものを食べないのは失礼ですし、勿論ご馳走になります」
「昌芳くん……! 嬉しいです、ありがとうございます……好きです……」
「い、いえ、こちらこそ……」
「では、冷めてはいけませんのでこちらに来て下さい」
「あっ、ちょ、ちょっと」
黒芽先輩に手を掴まれた俺はベッドから降ろされると、急ぐ彼女にに引かれるようにして階段を下へと降りていく。
正直……こうしている時の黒芽先輩はとても可愛い、健気というか、凛としていながらも何処か怖さのある姿を微塵にも感じないからだ。
もっと彼女のことを知りたくなるくらいには、とても魅力的に映ってしまう。
◯
「さあ、どうぞお召し上がり下さい昌芳くん、お口に合えば良いのですが」
「おお……」
基本的に朝食は取らずに寝ることを優先する為、その光景は新鮮だった。
炊きたての御飯に鮭の塩焼き、筑前煮に味噌汁と、お浸しまで付いている。
どれも綺麗に盛り付けられていて、黒芽先輩の料理スキルの高さも伺える、凄いなこの人……何でも出来るんだな……。
当然ながら俺以外の家族は誰もいない為、普段は家族で囲むテーブルに俺と黒芽先輩が席につく、それはとても不思議な光景だった。
「ええとそれでは……いただきます」
「昌芳くんが生まれてきてくれたことに感謝して……いただきます」
「ん?」
神に感謝ぐらいの扱いを受けた気がしないでもないが、気を取り直して筑前煮へと手を付ける――牛蒡や蓮根が程よく煮込まれており、味付けも絶妙な塩梅になっていた。
「うん――凄く美味しいです、先輩料理も出来るなんて凄いですね」
「本当ですか……? そう言って頂けると光栄です……昌芳くんに満足して頂く為にレシピを全て頭に叩き込んで練習をして良かったです……」
「それはそれで凄すぎる気がしますけど……」
しかし事実として美味しいのだから仕方がない、導入剤的なものを盛られていないかだけ心配だったがその箸を止める理由にはならなかった。
そんな風にして朝食に舌鼓を打っていると、黒芽先輩が妙な質問を投げかけてきた。
「昌芳くん、食事の後は何をする予定なんですか?」
「へ? いや……普通に学校じゃないんですか?」
「? 今日は祝日ですよ昌芳くん」
「え?」
そう言われてカレンダーに目をやると――確かに数字が赤に染まっており、それは間違いなく祝日であることを明確に現していた。
どうやら疲労が蓄積し過ぎて祝日すら忘れていたらしい――だが――
「いや……でも……黒芽先輩、制服じゃないですか」
「私、私服を殆ど持っていないんです、それに昌芳くんなら制服の方が喜んでくれるんじゃないかと思って、それで――」
「な、成る程…………と、ということは――?」
「はい、間違いなく今日はお休みです――だから昌芳くん、今日は何をなさいますか……?」
そう言って笑う黒芽先輩の目の奥は、微かに濁っているように見えた。
あれ……? これ詰んでね?
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