第8話 用法用量を守って正しく登校しましょう
え、ちょっと待って、何これ意味分かんない。
この女誰? どうして
私は昌芳くんのことは全て余すことなく理解しているつもり――だってその為に彼のことは可能な限り全て調べたんだから。
その上ではっきりしているのは彼には汚れがないということ、女の子の陰なんて万に一つも感じさせない完璧とも言える清純さを持ち合わせている。
その筈なのに……なに、どういうこと? 全然意味が分からない。
「え、ええと……ど、どちら様でしょうか……?」
「えっ、あ、あー……えーと、この人は――」
「
「へえっ!? す、全てを捧げ――?」
「はい!? ちょっと黒芽先輩何言っているんですか!?」
私の言ったことに対して昌芳くんがやけに慌てた表情になる。
でも私は本当に彼に全て捧げているのだから、それ以外にこの女に説明をする方法がない。
「や、山中違うんだ! こ、これには変な意味はなくて……」
「はー……三国くんにはそういうの無いと思ってたけど……もしかして噂もある意味間違ってなかったのかな……?」
「は? う、噂……?」
「ところで、名前を聞いておいて自分は名乗らないのはどうかと思いますが」
やけに昌芳くんと親しげに話すこの女に少しムッとしてしまった私は、つい語気を強めてしまう。
けど、もしこの女が昌芳くんに群がる悪い虫だった場合、最初から牽制しておかないと何をされるか分かったものじゃない。
何か見た目も清楚を売りにしたビッチ臭いし、昌芳くんとは比べ物にならない不快な匂いも漂ってくる、香水? これ。
「あ、私ですか? 私は
「んん……? ま、まあそう……だけど……」
「は?」
は? 何なのその私達は同じクラスアピールは、それ今言う必要あった?
同じクラスだからお前とは違って距離が近いとでも言いたいの? そんなちゃちなことでイニシアティブを取ろうとするなら私も昌芳くんと同じクラスで授業受けてもいいんだけど?
それにお喋りしてるって……お喋りしてるだけだすよね、その程度誰でもすることだから、それ如きで私と張り合おうとしているのが片腹痛い。
ああ私の一番嫌いなタイプですこの女、小さい事をまるで鬼の首でも取ったかのように話して自分の存在を大きく見せようとする矮小な輩。
全く……そんなスカスカな実力で昌芳くんに近づかないで欲しい――と思っている所でふと彼女の発言を思い直す。
……でもこの女普通なら『友達』とか『親友』といった言葉で紹介すればいいのにわざわざ『お喋りしている』で留めていましたね……。
彼女が矮小ガールであればその表現をしたのはおかしい……つまり昌芳くんとの間柄はまだ自慢出来る域にすら到達していないという……こと。
「ふ、ふふふ……」
「く、黒芽先輩……? ど、どうしたんですか急にそんな顔して」
「なんか凄い勝ち誇った顔してますねー」
所詮顔だけの女はこの程度ですか、胸もたいして大きくないし、負けているとすれば精々安産型であるかどうかくらい、ハリボテで作った見た目では限界がある。
勝った……いえ勝ち確と言ってもいいです、これなら昌芳くん程の人ならその薄っぺらさに気づいていつしか相手もしなくなる。
そう思うと急激に落ち着いて溜飲が下がった。しつこいようなら私も容赦しないけど、これなら放っておいて問題ない。
「昌芳くん、早く学校に行きませんか? 遅刻したらいけないですし」
「あ、は、はい……えっと、ですが――」
「全然気にしなくていいよ三国くん! 私も急に呼びかけちゃって悪かったし、それに学校でまたお喋り出来るしね」
ふん、チワワが吠えよるわ。
弱い犬ほどよく吠えるとは言ったものだけど、全く以て人間も同じですね、室内犬なら室内犬らしく内弁慶を発揮していればいいものを。
「ちょ――! せ、先輩……!」
ここまでする必要はない気もしたけど、一応力の差を見せつける意味でも私は昌芳くんの腕を取りその距離を一層縮めてみせる。
彼に全てを捧げることも出来ない女にはちょっと刺激が強すぎたかもしれませんが……ま、でもこれで彼女が身を引くなら好都合というもの。
「三国くんまたねー!」
「お、おう……ま、またな……」
負け犬の遠吠えに心地よさを感じながら、私は勝利の一歩をその大地に向かって踏みしめる。
が。
「また後で放課後何処遊びに行くかの話をしようねー!」
の一言で、私はその大地へと踏みしめた足をギリっとねじった。
「…………は、何それ、どういうこと、遊びに行くって……は? 怖い」
「や、山中よ……」
昌芳くんが頭を抱えたように見えたけど、今私の頭の中はこのチワワが既に彼をたぶらかし済みである可能性で一杯になっていた。
そして、気づけば踵を返しそのまま一直線に山中とかいう女の元へ。
「昌芳くんと遊びに行くって、どういう意味ですか」
「? どういう意味もこういう意味もないですよ、今日の放課後私は三国くんと二人で遊びに行く約束をした、それだけの話です」
私と対峙した彼女は臆することなく、飄々とした顔でそう答える。
「は? そんなの昌芳くんが了承する筈ありません、彼の意向を無視して無理やり連れ回す真似は止めてくれませんか?」
「えーやだなぁ、そんなことする筈ないじゃないですかぁ、確かにお誘いしたのは私ですけど、三国くんも了承の上ですよ?」
その勢いで彼女は「ね! 三国くん!」と同意を求めようとする。
それに対して昌芳くんは渋い顔をしながら首を縦に振った。
「ああ……なんてこと……」
これは間違いなく強引に連れて行かれようとしている……なんて可哀想なの昌芳くん……私が彼を守ってあげなきゃ。
いたたまれなくなった私は昌芳くんの元へと駆け出すと、ひしっと彼の身体を抱きしめた。
「い――!? く、黒芽先輩……!」
「もう我慢なりません、ハッキリと言います! 貴方は昌芳くんに近づかないで下さい!」
「ひゃーおっかない先輩ですねぇ――でも思ったんですけど、豊中先輩って別に昌芳くんと付き合ってる訳じゃないですよね?」
「え、そ、それは……」
「付き合っているなら分かりますけど、付き合ってないなら別に昌芳くんが誰と遊ぼうが関係無くないですか?」
「ぐ……」
一番痛い所を突かれてしまった私は、思わず黙ってしまう。
ですが、だとしてもそんなことは問題ではないということを、何とか口にしようとしていると、そんな私を余所に、いつの間にか距離を詰めいた彼女はあっという間に昌芳くん隣へと並んでしまう。
「ちょっと、何をして――」
「気が変わったんですよ、登校中に今日の放課後の話を決めてしまおうと思いまして――あ、豊中先輩はそのままでいいですよ、どうぞお気になさらず」
こ、このアマ……。
思わず歯をぎりりと鳴らしてしまう、まさかチワワはチワワでもとんだ発情したメス犬だなんて……。
もう許さないと、私は彼女に喰ってかかろうとした時――突如昌芳くんがすっと私の前を遮った。
「え――ま、昌芳……くん?」
「……お前ら、良い事を教えてやる」
そしていつもの優しい感じとは違う、真剣な顔と声色を見せるものだから、私は胸がトクンと鳴ると同時に思わず息を呑んでしまう。
この女もまた、そんな昌芳くんを見たことが無かったのだろう、少し驚いた表情を見せながら昌芳くんに顔を向けていると――
一度目瞑り、ゆっくりと開いた昌芳くんは――震えた声でこう言うのだった。
「もう……授業始まってるからな……」
「「えっ」」
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