第3話 豊中黒芽は養いたい
俺には主に3つの寝床がある。
一つは自分のクラスの机、日々の大半はここで寝て過ごしているのだが、最近山中が何かと声を掛けてくるようになったので優良とは言えなくなりつつある。
二つ目は図書室、主に利用するのは昼休みのみだが、とても静かな場所なので実に快適な睡眠を得られると言っても過言ではないだろう。
ただし図書委員長である川西に面目が立たないので利用は週に1回程度、当人は構わないと言うが寝るために図書室を利用するなど基本的には失礼だ。
そういった経緯もあり……俺は3つ目の寝場所を確保していた。
それは屋上である。
本来立入禁止の屋上は当然ながら人はいない――では何故俺が屋上に出入り出来るのかと言えば単純に鍵を持っているからである。
実は寝床を求め彷徨っていた時に『屋上』と書かれた鍵を見つけたのだが、職員室に返しに行くと、恐らく鍵を無くしたと思われる張本人の教師から『新しく鍵を作ってしまったから貸してやる』と言われてしまったのだ。
どうやら問題になる前に自分で解決をしてしまったのだろう、教師としてどうかと思うが、折角なので俺は今もその鍵を持っている。
そんな経緯もあり俺は屋上を最後の寝場所として利用するのだが、正直環境としては一番最悪と言ってもいい。
横になることこそ出来るが当然ながら地面は固いし、何より汚い。
雨の日は当然利用出来ないし、夏や冬ともなれば到底外で寝ることなど不可能。
故にこの時期だけの、最終手段として利用する場所だったのだが――
「
ここ最近寝不足が祟っており、そんな固いコンクリートの地面でもぐっすり眠っていた俺は、頭を撫でられる感触と、妙な女性の声で目を覚ます。
「へ……」
「あ、昌芳くん、おはようございます」
「え――……だ、誰……?」
まだ頭が回っていないのもあるのかもしれないが……眼前に見える限り、見知らぬ女子生徒の顔がそこにはあった。
そして――いつの間にかその彼女に俺は膝枕をされていた。
「いいっ!?」
反射的に状況を理解した俺はその場から飛び起き3歩4歩と後ずさりをする。
い、いや、マジで誰だ!? つうか何で俺は膝枕をされて寝ていたんだ!?
「昌芳くん、どうかしましたか?」
心臓の鼓動が一気に早まってしまったが、俺は深呼吸をすると再度彼女を見据える。
背中まである長い黒髪を綺麗に切り揃えており、きりっと上がった目尻もあってか和の風貌が漂うその顔つきは、圧倒的な美貌を体現していた。
そして何より胸がデカい、下手すると川西よりも大きいんじゃ――
なんて馬鹿なことを言っている場合ではないのだが……しかしどれだけ彼女の顔を見ても、俺の記憶の中には彼女は全く存在していなかった。
「あの……失礼ながら、どちら様でしょうか……」
「私? 私は
「豊中……」
いざ名前を聞いてみたものの、やはり知っている名前ではない。
というか、そもそも何がどうなったら俺は誰もいる筈のない屋上で謎の美女に膝枕をされる事態になるっていうんだ……?
だが、そんな困惑しっぱなしの俺を知ってか知らずか、彼女はおもむろに俺が頭を乗せてしまっていたスカートすっと持ち上げ始める。
座っているお陰でギリギリセーフ、しかし直視する訳にもいかず俺は慌てて目線を逸らすと――
あろうことか、彼女はそのままスカートを一呼吸おいて嗅ぎ始めたではないか。
「!?」
「ああ……昌芳くんの匂いがする……もうこのスカート洗えない……」
何の前触れもなく始まった、呼吸をする度に恍惚とした表情を浮かべる彼女に対し、俺の思考はショート寸前。
嬉しい以上に恥ずかしい、恥ずかしい以上に恐怖すら感じてしまい、最早どうしたらいいのか分からなくなるが――それでも何とか口を開いた。
「あ、あの……豊中さん……?」
「黒芽って呼んで下さい、昌芳くん」
「と――く、黒芽さんと俺って、面識ありましたっけ……?」
「もっとなじる感じでも良かったんですよ……? まあそれはいいとして……ええと、私と昌芳くんですか? 無いと言えば、無いのでしょうか」
え? 無いのに膝枕したり、俺の頭が乗ったスカートを嗅いだりするの……? ますます訳が分からなくなってくる……。
それにあの胸に付いている校章の色を見る限り、彼女は3年生……だよな?
例外的に川西を除けば俺は下級生と上級生との絡みは皆無に等しい、大体同級生すら山中をカウントしなければゼロといっていいのに。
つまるところやはり無いと言えばというより、無いのである。
だとしたらこの数々の不可解な行動は一体……?
「…………」
そんな手応えのまるでやり取りに途方に暮れそうになっていると、地面に座っていた彼女はすっと立ち上がり、ゆっくりとその歩みを俺の方へと進めて来た。
「う……」
彼女は確かに美人だ、だがそれ以上に俺の中で何かがヤバいと警鐘を鳴らすものだからその歩みに対し一歩、また一歩と後ずさりをしてしまう。
そして――そんな逃げも虚しく柵へとぶち当たり、これ以上下がれなくなった俺に対し、彼女は畏怖すら感じる笑みと共にその顔を最大限にまで近づけてきた。
あれ? 俺殺されるのかな?
「く、黒芽……せんぱ……」
「……言う通り、私と昌芳くんは面識が無いのかもしれません――でも好きになってしまったら、そこに面識があるとか無いとか、そんなの不要だと思うんです」
「そ、それは一理ありますが……――って、す、好き!?」
まるで後ろからぶん殴られたみたいな、あまりにも自然な言葉に俺は動揺してしまい、眠くならなければ読もうと思っていた本を落してしまう。
その勢いで落下した本はバサりと音を立ててブックカバーが外れる。
現れたのは川西からオススメされていた上尾藍(うえおあい)先生の新作だった。
「あ――」
「昌芳くん……これは――」
するとそれに気づいた彼女は俺が落した本を拾い上げると、その本と俺を見比べながら、何とも愛おしそうな表情を見せてくる。
「ああ……やはり運命……いえ宿命を感じます――」
「は――な、何が……?」
「だって――昌芳くんが私の書いた小説を、手にとってくれているんですから」
「へ……? え、は……? な、なんて……?」
容赦なく起こる奇想天外な出来事に、俺は最早言葉にならない言葉を発することしか出来ない。
い、今彼女は……上尾藍はこの私だと、そう言ったのか……?
衝撃過ぎる衝撃の事実に脳の何処かがキュっと変な音を立てた気がしたが――それに構わず彼女は、黒芽先輩は立て続けにこう言ったのだった。
「昌芳くん、私お金は沢山あります――だから貴方を養わさせて下さい」
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