第2話 川西凜華はお話がしたい
「……三国先輩、おはようございます、あと15分でお昼休み終わりますよ」
可能な限りトーンを落した、しかし何処か優しく囁くような声に耳元が少しゾワッとしてしまった俺は、目を覚ますとゆっくりと身体を起こした。
「ああ……わ、悪い、もうそんな時間か……」
「はい、図書室は5分前までは開放しておきますので、今の内に身体を起こしておいて下さい」
基本的に俺は自分の机を主戦場として眠るのが殆どだが、あまりに教室が騒がしかったりするとこうして図書室へと赴いたりする日がある。
本来図書室は読書をする所であり、俺のような惰眠を貪りたい人間か来るような場所ではないことは重々承知しているのだが――
ふあ……と一つ欠伸をしてから目を軽くこすると、俺の目の前に座って読書している彼女に対して口を開く。
「何か……いつも申し訳ないな、別に起こさなくてもいいし、正直寝てる奴なんて非常識過ぎるから追い出してくれてもいいんだぞ?」
「いえ、図書委員長の私がいいと言ったらいいんです、それに三国先輩は本が好きな人ですし、寝息も静かですから、何も気になりません」
そう言って柔和な笑顔を見せる彼女の名前は
1年生の彼女はロングな黒髪におさげにしており、パッと見インドアな印象を覚えてしまうのだが普通に美人、陰気というよりはお淑やかな感じを纏っている。
それでいて……まあ口には出せないが恐らく隠れ巨乳、山中もある方ではあるが彼女の方が断然大きい――って何を言っているんだ俺は。
「……? どうかしましたか? 三国先輩」
「あ、いや――な、何でもない……」
因みに彼女とのきっかけは前から気になっていた本を読もうと図書室に訪れた際、迂闊にも居眠りをしてしまった俺を彼女に起こしてくれたのである。
はっきり言うまでもなく褒められた行動では無かったので、流石に謝罪をしたのだが……何故かクスリと笑われてしまうと。
『もし良かったらまたお休みに来て下さい』と言われてしまったのだった。
それを真に受けるのは厚かましいにも程があるので、週に一回くらいで留めてはいるのだが……。
それでも嫌な顔一つしない彼女は、何故かこうやって話し掛けてくる。
「にしても……図書室は本当に静かだな、5月も終盤に差し掛かってどんどん暖かくなってきてるし、陽気にやられてついウトウトしてしまう」
「ふふっ、図書室自体お昼休みに利用されることが滅多に無いですから、それに――前は少し煩かったですが、今はそれも無くなりましたし」
「そういやそうだったな……」
俺が図書室に初めて来た時は今とは比べ物にならないくらい騒がしかった。
この学校は図書室に漫画が置いてあるせいもあって、グループで遊びに来た男子生徒が談笑しながら入り浸っていたのである。
正直その光景はあまり良い気分のするものではなかったが……いつの間にか彼らはいなくなり、今のような静けさを取り戻していた。
まあ、俺も含め学生の興味の移り変わりなんてのは早いもんだから、別に興味が移ったのだろう、何にせよ図書室が静かなのは良いことだ。
「あ、そういえば三国先輩、
「ん? あー……そういえば昨日発売だっけ、忘れてたな……」
上尾藍とは最近話題になっている作家さんで、高校生の青春を題材としたSF《すこしふしぎ》小説をメインに書いている人だ。
俺も川西に勧められて知ったのだが、10代特有の繊細な心理描写を文字に起こすのがとても上手く、主に中高生を中心に支持をされている。
一応小説は読む方ではあるのだが、それでも本読みであれば知っていて当たり前くらいの有名所にしか手を付けていなかったので、駆け出しの新人まで手広くマークする川西のチョイスは、俺の琴線に見事に触れたのだった。
「あ……そ、そうですか、もし読まれているのでしたら新作のお話をと……と思っていたのですが」
「悪いな……、授業が終わったらすぐに買いに行って読ませて貰うよ」
「い、いえ! 全然大丈夫ですから三国先輩のペースで読んで下さい――そ、その、た、タイミングはいつでも構いませんので……」
「因みに今回も期待通りの面白さだったのか?」
「はい、とても良かったです――楽しい記憶が突如無くなり、辛い記憶だけが残る現象に陥ったヒロインを、主人公が片時も離れることなく、彼女を救う為に奔走するお話で――」
「そりゃまた……聞くだけでヘビーそうな内容だな」
「そうなんです! でも最後は涙なしでは読めない怒涛の――って、す、すいません! まだ読んでいないのにベラベラと喋ってしまって――」
「いやいや俺が聞いたんだし、それにお陰で俄然読みたくなったよ」
本好きが高じてなのかは定かではないが、どうやらうっかりネタバレをしそうになってしまったことに対して川西は落ち込んでしまう。
慰める……ということはないが、流石にこれだと彼女が可哀想だったので俺はそう伝えると、恐る恐るといった感じで顔を俺に向け口を開いた。
「ほ、本当ですか……?」
「ああ、読み終わったら話をしにまた図書室に来てもいいか?」
「は……はい! 勿論です! 私の方こそお待ちしていますね!」
曇っていた表情がぱあっと明るくなったので、俺もホッと胸を撫で下ろす。
そういえば……俺は山中相手だと自分の会話能力の無さを痛感してしまっていたのだが、川西が相手だと割と自然に話せている気がしないでもない。
まあ、共通の話題があるとつい饒舌になってしまうのだろう、俺も現金なやつだな――と思っていると、予鈴のチャイムが図書室内に鳴り響く。
「あ、もうそんな時間か……じゃあそろそろ戻るとするよ」
「そうですね、私も戸締まり確認をしてから戻ります――――あ、あの三国先輩……」
「ん?」
立ち上がろうとした所で何やらもじもじとした態度見せる川西に、俺は動き出そうとした足を止めて待っていると、彼女は最後にこう言うのだった。
「わ、私はいつも図書室にいますので……気が向いたらいつでも来て下さいね」
寝ているだけなのに……? いいのかそれで? と思ったが、彼女の厚意を無下にも出来ないと思った俺は「分かった」とだけ告げると図書室を後にした。
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