第8話 来客
「はぁ、早く役所を見たいのに」
あの少女の前から走り去って、町の中心部とは逆の方向に来てしまった。太陽は真上で輝き、照りつける日差しは暑く感じている。
少し走ったせいで、汗ばんでしまっている。首にかけている白く輝くペンダントを、一旦外して服のポケットに入れる。
少し日陰を通りながら、役所を目指す少年。
この後、三十分ほどかかって、やっと役所に着いたのだった。
「さて、『渡り』が禁止になったが、そっちはどうだ?」
白髪の老爺が、一人の男性に話しかけている。
「迷惑ばかりですよ。ゆったりと暮らしていたかったんです」
「まぁ、そうだろうな」
「良かったですよ。ここから様子が伺えるなんて。……とても心配しているので」
「それはそうだろうな。お前の立場に立ってみたら、誰だってそうなるに決まってる」
「ただ一つ、彼に持たせたものが──」
「そうかい。なら安心だろうな。『叡智の化身』」
「やめてください、その呼び方。勝手につけられて色々と困るんです」
「良い名だと思うがな」
髭を触り、老爺が笑いながらそう言った。
「今回はどうなると思いますか」
男が老爺に冷たい声でそう聞く。
「『代役戦』か。儂には分からん。だが、終わった後に多大な被害が出ることは、充分にあり得る」
「……そうですよね」
「様々な命の炎が消えて、結果として残るものなど殆どない。奴らの揉め事のために振り回されるだけだ」
老爺は髭を触りながらそう言った。
「死なないでくれよ」
見守ることしかできない男は静かにそう言った。
──いつからだろうか。
暗闇の中に生きる少年は考える。太陽の光さえ届かぬ地で今まで生きてきた。生まれてから一度も太陽の光を浴びたことなどない。ただひっそりと闇の中を彷徨うだけ。
──誰が望むのか。
生物の命を奪い、色んな者を苦しめて何の価値があるのか。これから幾千もの命がこの世から消える。そう思うと胸がとても痛んだ。
結局何が正しいのか、少年には分からなかった。
「この戦争、君はどう思うかね?」
「相手の実力は未知数。一概に言えないでしょう」
「そうか」
「ただ一つだけ言えることは、敵軍は人間ではないということです、陛下」
「そうか」
玉座に間に二人の男がいる。玉座に座っている陛下と呼ばれる男。もう一人は家来らしき人物だ。
「兵の数は大丈夫なのか?」
「はい。臨戦態勢の兵がざっと二万ほどおります」
「なら大丈夫だろう」
次の瞬間、玉座の間の扉が勢いよく開いた。息を切らしながら無作法に入ってきたのは偵察兵だった。
「陛下! 軍師殿!」
「無礼者! 場をわきまえろ!」
「いや、良いのだ。何か起こったのか?」
「ご報告します! 西部の町に敵軍が侵攻を開始しました!」
陛下も軍師も驚いた様子だった。
「数は!?」
「敵軍はおよそ十万ほど!」
「我が軍の五倍の戦力……」
「今すぐに各所のギルドに伝令を! 冒険者を集うのだ!」
「承知致しました!」
兵は玉座の間を飛び出していった。
「陛下……」
「これから忙しくなるぞ」
「はい!」
「お帰りなさいませ、坊ちゃん」
庭の手入れをしている執事が少年を迎えにいく。とても広い庭だからか、週に一回はこの光景を見ている。
「ただいま。役所を見てきたけど凄かったよ」
「左様ですか。それは良かった」
「人がごった返してたよ。何かあるのかな?」
「世間では物騒な話題が飛び交っております。充分に気をつけてくださいませ」
「うん、分かってる」
そのまま、執事と一緒に屋敷へ入っていく。扉を開けると宮廷魔法師が待っていた。
「おかえり」
「ただいま帰りました」
宮廷魔法師は執事に向け「下がれ」と手で指示をした。執事はそれを受け取り、少年と宮廷魔法師に一礼をし、また庭へと向かった。
「ちょっと来てくれないか」
宮廷魔法師は少年に声をかける。
「分かりました」
少年は何かあるのか分からぬまま、宮廷魔法師の後をついていく。
連れてこられたのは応接室だった。以前言っていた友人が来ているのだろうか、など考えながら応接室に入る。
部屋に入ると、灰色の髪の男が来客用の椅子に座っている。背を向けているので顔はよく見えないが、服装からして異邦の地からやってきたように見える。
「待たせたな」
男は宮廷魔法師の声を聞き、こちらに振り向いた。六十から七十くらいの歳をとっている。老爺と呼ぶべきだろう。また、額に十字の傷の跡が。何かで切られたように残っている。
「遅い。私を待たせるとはどういう事だ」
男は少年の方へ目線を向ける。ぎろりと睨まれるかのように目線を向けられ、少年は少しぞっとした。
「その子は何だ」
鋭い目線が二人に突き刺さる。
「私の養子だ」
淡々と宮廷魔法師は答える。そうすると老爺は立ち上がり少年に近づく。至近距離でじろじろと老爺は少年を見る。
「ふむ」
「な、なんですか」
老爺は少年を見るのをやめて椅子の隣にある剣を持ってきた。鞘から取り出すと、片側にしか刃がない不思議な代物だった。
「この刀を握ってみろ」
「刀?」
「いいから握ってみろ」
恐る恐る刀と呼ばれる剣を持つ少年。芸術とも言える美しい刃。刀は白く輝いている。
「やはり」
「ど、どういうことですか?」
どういう事かさっぱり分からない。
「どういう事だ?」
宮廷魔法師も老爺に向かいそう言った。
「お前は儂の後継者になれる資質を持っている」
「後継者ですか」
後継者と言われても話が見えない。そもそも、この人は誰で何処から来たのかも知らないような人だ。
「ほう、お前のか」
宮廷魔法師は何か分かったようにそう呟いた。
「あ、あの、話に全くついていけていないんですが」
「紹介しよう。私の友人の月守真之だ」
「不思議な名前なんですね」
少年には違和感しかない名前だ。今まで聞いたことのあるような名前ではなかった。
「儂は極東の地から来た者だからな。こっちじゃ珍しがられることも多い」
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