第7話 少女と傷口




「こんな所があったなんて」


 屋敷からすぐにある、町に出ることにした少年。前の家からもそう遠くはない場所にあったが、一回も来たことがなかった。森の近くであった為、森の方に興味が湧いていたのだ。

 町は活気にあふれていて、色んな人が行き交っている。武器を担いでいる人、店を開いている人など多種多様である。

 町の中心部の近くには、役所があると使用人に聞いた。そこの中には冒険者ギルドや鍛冶屋など様々な施設があるのだと言う。


「ちょっとだけ、行ってみるか」


 そう言って、町の中心部へ向かう事にした。

 途中で、美味しそうなリンゴが売っていたので買って歩きながら食べる。少年はこれまで買い物をしたことがなかったが、何も気にすることなくいつもやっているように済ませた。

 何気ない瞬間も彼にとって、新鮮なものばかりだった。自分が見たことのない世界を見てみたいという願望をいつも抱いている。


「えっと、確か橋を渡って真っ直ぐだったよな」


 途中にある、石でできた橋を渡る。その下には透き通る水が流れている。水に映る自分の姿に何か違和感を覚える。勘違いなのか、はたまた、自分が短時間に変わってしまったのか彼には分からない。橋の欄干に肘をついて水の流れをじっと見つめる。

 太陽が照っているのにも関わらず、自分の影はできない。否、自分が見えていないのかもしれないと彼は思った。それこそが違和感の正体なのではと彼は考える。リンゴはすでに食べ終わり手には何も乗っていない。

 自分のお気に入りの剣も今日は持ってきていない。首にかけている魔鉱石のペンダントが太陽の光を反射して白く煌めく。

 元々、常時ではないが白く光る事がある。現在も石自体が光っている状態で、太陽の光によってより輝いていた。彼の存在を知らしめるかのように。

 無意識に彼はペンダントを強く握りしめる。何がそうさせたのか、彼は知る由もなかった。


「そろそろ、行くか」


 ぼっとしていたのに気づいた彼は、欄干に置いていた肘を離して橋を渡りきる。爽やかな風が彼の白髪を撫でた。


 町の雰囲気を見ながら歩いていく少年。中心部に近づくにつれて、人の量も増えて行きている。彼が興味を持ったのは鍛冶屋だ。その鍛冶屋を見ながら通り過ぎる。

 そうしていると、体の前側に何かがぶつかって少し押される。少年は鍛冶屋から目を離し、ぶつかったところを見る。


「いたた……」


 少年の前には少年と同じくらいの歳の女の子が尻餅をついていた。恐らく少年にぶつかった正体はこの子であろう。茶髪の三つ編みで純白のワンピースがよく似合うお嬢さんというべきだろう。それに帽子もかぶっている。


「大丈夫ですか?」


 少年が手を伸ばす。


「あ、ありがとうございます」


 少年の手を取り起き上がる。ふわっと香る花のような香り。


「怪我とかしてないですか?」


「少し、手を擦りむいちゃいましたけど、大丈夫です!」


 服についた砂を払いながら、元気よく笑顔でそう答える少女。彼女の手には少し血が滲んでいる。


「少し貸してください」


「何をですか?」


「手を出してください」


「は、はい」


 言う通りに少女は少年の前に手を出す。ワンピースに負けないくらい白い肌。やはり少し出血をしている。

 少年は少女の傷口に手をかざす。


「何をするんですか?」


 少し困惑する少女。しかし少年はそれに答えない。少年は目を閉じて何かをしている。


「もしもし? どうかしたんですか?」


 彼女がいくら話しかけたところで、彼はそれに応じない。




「治癒魔法を教えてほしい?」


「うん!」


 花に水をやる母親にそう頼んだ。


「なんで、治癒魔法を教えてほしいの?」


「お母さん、前に僕が怪我した時に、傷を治してくれたから、どうやってやってるのかなと思って」


「本当にそれだけ?」


 少年の真の目的は他にあると、母親は分かっていた。少年は本当の目的を話し始める。


「前、お父さんが魔法を使うときは、『自分が傷ついた時』か『自分の大切な人が傷ついた時』って約束したでしょ?」


「そうね」


「そこで、少し考えたんだ。魔法を使える時は自分を含めた、『大切な人』が傷ついてるってことだから、その傷は誰が癒すのかって話になる」


「うん」


「だったら、自分でその人を癒せば良いんだって思ったんだ」


「優しい子ね。分かったわ、教えてあげる」


「ありがとう」




 ──まずはこの子の脈拍を感じるんだ。


 ドクン、ドクンと鳴り響く心臓の音。少年の脳内でその音が繰り返される。


 ──異物を取り払って出血を止める。そして、傷口を皮膚組織を再生する細胞を傷口に集中させる。


 元々なかった異物が消え、血が流れるのが止まり、傷口がどんどん塞がれていくイメージを彼は想像をした。




「もしもし?」


「終わりました」


 笑顔でそう答える少年。


「何がですか?」


 困惑する少女。何を言っているのか分からなかった。


「手、見てください」


「手ですか?」


 手なら傷がある。そんなのを見てどうするのか。そう思いながら、少女は少年へ向けていた目線を自分の手へと向ける。

 そこには、傷口が──綺麗に無くなっていた。あるはずの傷がなくなっている。いつの間にか痛みも消えていた。


「え?! 傷口がないです!」


 不可思議な現象が起きたと、彼女の頭の中は混乱していた。


「なんでないんですか!?」


 前のめりになって少年に聞く。


「僕が治したのでないですよ」


「あなたが……治した?」


「はい」


「どうやってですか?」


「あ、それは秘密で」


「教えてください!」


 何とかして、その秘密を聞きたい少女。それに対して、役所がどのようなところなのか早く見たい少年。


「あ、僕用事があるのでもう行かないと」


「あ、待ってください!」


 そう言って、少年は小走りで彼女の前から立ち去った。

 少女は手を伸ばしたが、届かない。


「かっこいい……」


 そう一言だけ呟いて、彼女の脈拍はどんどん加速していた。太陽がきらきらと輝く、昼のことだった。



「はぁ、早く役所を見たいのに」


 あの少女の前から走り去って、町の中心部とは逆の方向に来てしまった。太陽は真上で輝き、照りつける日差しは暑く感じている。

 少し走ったせいで、汗ばんでしまっている。首にかけている白く輝くペンダントを、一旦外して服のポケットに入れる。

 少し日陰を通りながら、役所を目指す少年。

 この後、三十分ほどかけて、やっと役所に着いたのだった。

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