第31話 我が家にて2

第31話 我が家にて2


 葛藤した気持ちを落ち着けて、洗面所の前で深呼吸をしてしまう。


『つぐみさん、まだシャワー浴びてますよね。着替えの用意ができたので、洗面所に入りますよ、平気ですか?』


『ええ、まだお風呂場でシャワー使っているから平気よ。おかげさまでかなり気持ちよく成ってきたわ』


『それは、良かったです。ここに置いておきますね。あと、ドライヤーも用意してあるから使ってください、ってブラシとか有ったかな』


 洗面台の下に何かの付録に付いていたものを入れて置いたはず。屈んで探すと、奥にそれらしいものが見付かった。それを洗面台に置きながら、何気無く風呂場を見てしまうと、つぐみさんのシルエットが曇りガラスに映っている。


 まずい、ドキッとしてしまった。シャワーの水音が響くなか、全裸のシルエット、どうしても想像してしまう。今ここで、風呂場に突入したら、と。


 洗面所の扉を後ろ手で閉めて、ほっと胸を撫で下ろす。衝動に突き動かされてしまってはいけないのだが、どうしてもエロい方向に頭が行くのは止めようもない。


 そうだ、つぐみさんが出てきた時の飲み物を用意しておこう、何かをしていれば気が紛れる筈だ。


 冷たいものと、暖かいもの。両方を準備して

おく。何故か、すごく汗をかいている。これは、頭からエロい事が離れない為に……


 ではなく、帰って来て窓を開けていないので、部屋の温度が高くなってきていたからだった。取り敢えず南と北の窓を開けて風通しをよくすると、体感温度もすぐに下がり始める。


 準備も一段落したところで、ドライヤーの音が聞こえてくるのに気が付いた。もう出てきたんだ。次は自分の番だが、つぐみさんの後にはいる、このシチュエーションには余り動揺はない。それよりも、今どんな姿で髪を手入れしているかを想像する方が、ドキドキしてしまう。


 よくある、下着1枚にタオルを首から胸にかけて、歯磨きやドライヤーをする、みたいな絵面は色々な媒体で見た気がする。聞けば答えてくれそうな気もするが、なぜ聞くかと問われて返す答えが思い付けない。


 あの弾力の有る胸の上で揺れているタオル、ま、まずい。また、妄想が暴走しそうだ。


 ドライヤーを終えて、Tシャツかトレーナーどちらを着ようか一瞬考えてから、タオルを外して鏡に写った自身の上半身を見る。左右バランスが取れているか、こっちの方が大きいかな、って触って……


『遅く成っちゃってごめんなさい、今着替え終わったから出ますね』


『あ、はい。リビングに飲み物用意してあるから』


 やっぱり、暴走してしまった。これは、健全な成年男子の思考回路、だと、思う。気を取り直して、向きを変えると、リビングの入口にダブっとしたTシャツに、短パン姿のつぐみさんが立っている。


 洗いざらしの髪が、ドライヤーでフワッと成っていて思わず抱き締めたく成る。が、自分がまだ汗だくなのを思い出すと、その一歩を踏み出す事は出来なかった。


『暖かいものと、冷たいもの、両方用意したので、これを飲んでくつろいでいてください』


『ありがとう、取り敢えず冷たいものから頂きます』


『じゃあ、その間にシャワー浴びてきますね』


『行ってらっしゃい』


 声をかけてくれるだけで、何か楽しい。どうしても頭はエロい方に行きがちだが、恋人たちが過ごす時間の大半はこういったさりげない絆でお互いと過ごす中にある喜び、なのかもしれない。


 洗面所に行って、洗濯機を見るとまだつぐみさんの服を洗っているようだ。持ってきた着替えを置いて、洗面台を見るとそこにはきちんとコードが束ねられたドライヤーが置かれていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る