第21話 神島邸にて(リビング)
第21話 神島邸にて(リビング)
目の前に置かれたグラスを手で持ったまではいいが、持ち上げることが出来ない。お父さんの言った言葉の意味を考えて、頭は酔いで回った部分を加速させてフル回転している。
そんな俺の状態を知ってか知らなくてか、お父さんはグラスを揺さぶって、中のお酒を回している。
やがて、重くなっていた口を開いてくれた。
「俊哉くん、君はこの後どうしていきたいんだい?」
「それは、つぐみさんとの事をですか? それとも、仕事とかの展望をでしょうか」
「全てだ。君がこれからつぐみと付き合ったり、仕事をしたり、いままでやって来たことや、これからやりたいこと何でもいいから、話してくれ」
これは。飲み会で上司の愚痴を聞かされるのの逆どころではない。入札のプレゼン並みにしないといけない。が、頭は回しすぎてしまったせいか、話の構成すら思い浮かばない。なので、思いつくままに話すことになる。
「通勤電車でつぐみさんを見かけるようになったのは、いつもの電車でいつものっている車両に乗れなくて、手前の車両に乗り込んだ時でした。車両を移って行ってもうすぐいつもの車両という時に、駅に着いたんです。そしてドアが開いてつぐみさんが乗り込んできたときに、時間が止まったと思いました」
手に持ったグラスに口をつける。
「気が付くと、入ってきたドアの脇にたたずんでいるつぐみさんを、反対側のドアに寄りかかって見ている自分がいました。それからは、そこが、自分の特等席に成ったんです」
「仕事は、社内の情報処理をする部署で……」
何故か、とりとめもなく話している自分がいるし、それを遮りもせずに聞いてくれるつぐみさんのお父さんがいる。
とりとめもなく話は進んで、バンドで演奏していた話から、自分に音楽の才能が有ると自惚れていて、挫折したことや、覚えていなかった様な事まで話している。
ただ覚えているのは、すすめてくれたグラスに口をつけて、こぼしそうになったのでそのまま飲んだところ迄だ。
気が付くと、リビングのテーブルに突っ伏している自分がいて、肩には毛布が掛けられている。
お父さんも、ソファーに座ってお腹に毛布をかけている。朦朧とした頭で、誰がかけてくれたのか等と考えながら、徐々に覚醒していく。ふと隣をみると、ラルカが座っている。夕方から姿が見えなかったが、何処に行っていたんだろう。確か、俺に憑依してるとかだったので、一緒にいたのかもしれないが……
『おはよう、ラルカ』
『お目覚めか、殿』
『何処に行っていたんだい』
『うぬは、日の出ている時にしか、姿を見せられないのじゃ。ところで、宴は終わったのかえ』
『これを宴と呼べるのなら、多分終わったと思う』
あんなに呑んだのに、頭は朦朧とはしているが痛くはない。いつもならのたうち回っていてもおかしくないくらい呑んだ筈だが……いいお酒だったのかもしれない、お酒自体が高級というだけでなく、つぐみさんのお父さんが美味しく呑ませてくれたんだと思う。
テーブルの上のボトルは、最初に見たときよりも5割増に成っているような気がするし、その上その半分以上が空だ。
親父ともこんなに呑んだことは無いし、自分の事をこんなにも話したことも無いような気がする。本当に娘のために俺の事を知ろうとしてくれたんだと感じる。ただ、自分が何をどこまで話したかと、お父さんが何処まで覚えているかは疑問だが。
ところで、今は何時なんだろう? ラルカが日が登らないと、姿を表せない云々を言っていたからには、太陽は登っているのだろう。恐る恐る時計を見ると、6時半過ぎ。何時もは、こんなに早く起きたりしないが、もう目が冴えてきている。
爽やかな朝の気配を感じていたが、それが杞憂だった事を知るのは、もう少し後になる。
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