第16話 災い転じて福となる~?
振り向いた先には、つぐみさんのお父さんが立っていた。
「お父さん」
つぐみさんも、驚いて見上げている。肩を掴んだ手に力が入って来て立つように促されている。立ち上がると、そのまま、空いたテーブルに連れていかれ、向かい合わせに座ることになる。
「あ、あの、初めまして、織田俊哉と言います。つぐみさんとは、真剣な気持ちでお付き合いさせて頂きたいと考えています」
「ゴホン、つぐみの父の神島秀治だ」
「よろしく、おねがいします」
「こちらこそ、じゃなくて、あっすみません、コーヒーを2つ、え、ディナータイムですか、では同じものを二人分、君も付き合え」
「あ、は、はい」
そして、前菜が運ばれてきて、ディナーの2サイクル目が始まった。
つぐみさんたちは、食後のお茶に成っていたので、店員が気を利かせて、四人掛けに案内し直しており、つぐみさんも、心配そうに席を移動している。
『つぐみさん、お父さん、怒っているのかな』
『たぶん、驚きの方が強かったと思うわ。怒っていたら俊哉さんの言ってた、”娘はやれん”、が出たと思うの』
『ありがとう、しっかり話してみるよ』
「で、織田くん、君はつぐみと何処で知り合ったのかな?」
「はい、毎日の通勤電車で見掛けていて、声を掛けさせて頂いたのが切っ掛けです」
「今日、つぐみが会社を休んで、えーなんだ、運命の出会いをしたとかいうのは、君の事か」
そこまで、聞いているって、お母さん話しすぎー。
「僕の事を、運命って言って貰えると、すごく嬉しいのですが、今日は共通の友人の手助けをすることになって、二人で色々と友人の為に動いたりして、その共通の友人というのは、つぐみさんに声を掛ける切っ掛けをくれた方なんです」
お袋が遠目に、ラルカの事を話しちゃえば、と言っている様に見える。つぐみさんのお母さんは、うちの旦那が済みませんね、的な態度でお袋に話しているし、つぐみさんに至っては、両手を握って祈っている、かと思ったらデザートをパクついていた。
なんか、張っていた気が少し弛んで来た感じだ。
『デザートはどうですか?』
『絶品よ、最初のあなたの分は私が頂いておくわ』
『はい、お願いします』
「で、つぐみの何処が気に入ったのかね」
「見ていた時は、お嬢様然としたおとなしい方かと思っていたのですが、一緒に行動して活発な面や考え方、優しいところ等知れば知るほど好きに成りました」
「うん、うん、そーだろ、そー、ゴホン」
つぐみさんのお父さんは、運ばれてきたスープを口にして、俺の言葉に同意してしまった事を、ちょっと考えているようだ。
「織田くん、親バカと思われるかもしれないが、つぐみは私たちの愛娘なんだ。君の事を知らないうちは、私たちとしては娘に良いとは言えないし、逆に駄目だと頭ごなしにも言えない」
「はい、ですから僕たちのお付き合いを認めていただいて、自分の事ももっと知って頂きたいと思っています。今日は色々な経緯があって、お父様への連絡が出来ていませんでしたが」
「あの織田くん、私はまだ君に”お父さん”と呼ばれる立場ではないと思うのだが」
『俊哉さん、父がもったいぶった感じで話している時は、肯定よ』
「はい、ですから、お父さんにつぐみさんとのお付き合いを、認めて頂きたいです。お願いします」
つぐみさんのお父さんは、運ばれてきたメインに手をつけながら、ひとしきり考えているようだ。沈黙の時間が流れ、メインの肉を切り刻む食器の音しか聞こえない。
この沈黙は重すぎる。先程食べた時は美味しかった肉の味が全く分からない。食欲は有るので、喉を通ってはいるが…
皿の上の物が無くなった頃、つぐみさんのお父さんの口が開いた。
「私は頭ごなしに、つぐみとの付き合いを否定するつもりは無いんだ。男友達も居なさそうだったのに、突然、結婚なんていう言葉を聞かされれば、戸惑うのは当然だろう」
「ええ、そうですね」
「君の事は、家内からの又聞きで、つぐみから直接聞いていた訳でもないし、心の準備というか、もっと知ってからでないと、親としての判断は出来ない、が本音だ」
「自分も、色々な事が急に展開して戸惑っている面は有りますが、つぐみさんの事を思う気持ちはより深くなったと思っています」
「よし、俊哉くん、明日は休みだろ、この後家に来て一杯どうだい」
「はい、喜んで」
『お父さん、私も母も晩酌付き合わないって、いつも言っていたから、お願いね』
『余り強くはないんで、数杯ってところかな』
『父もそんなに強くないから平気よ』
「織田さん、俊哉くんお借りしてもよろしいですか」
「ええ、ご迷惑でなければ」
そして、この後、神島夫妻とつぐみさんと俺は、一路、神島邸に向かうことになる。
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