第9話 わが家にて

 コーヒーハウスのある駅前のブロックの隣のブロックが、我が家のあるマンションの建ち並ぶ一角だ。


 彼女の家と同じ、電鉄系不動産会社の建てたマンション群で、俺のところは11棟建ってはいるが、バブルの前から一棟づつ建ててきたので、微妙に仕様も違ってきている。


 ちなみに、隣のブロックのマンション群は6棟一気に建てたようなので、管理もなにもかも6棟一緒だが、うちは各棟の管理組合やら全体管理やらで、複雑怪奇になっている。役員を一回はやったぐらいでは理解は不可能なレベルだ。


 敷地内に入って、マンション群の中を抜けていく。住宅街に於いてはかなり高層なので、棟の間隔はかなり広く、沢山の植栽が植えられている。無論、そこでは今、蝉の大合唱が奏でられている。


 入り口から入って、棟の間を抜けていく。途中の池には大きくなったカルガモの親子もいて、彼女は、珍しそうにキョロキョロとしている。


『つぐみさん、ここ来たことないんですか?』


『ええ、敷地内に入って良いものか判らないので』


『公開空地として、居住者以外も入れる場所が設定してあるんです。ここの場合はこの池辺りまでがその範囲だけど、動物を連れては禁止なんだ』


『どうしてなの』


『ここのマンションはペット禁止だから、敷地内もなんだ』


『ふーん、あなた独り暮らしだと勝手に思っていたけれと、ここってファミリータイプよね。もしかしてご両親いらっしゃる?』


『いや、旅行にいったまま、まだ帰ってこないんだ。九州廻ってくるって夫婦で出掛けて、なんか気に入ったらしくて部屋借りて、もう2ヶ月ぐらい経つかな』


『いつも、そんなに行ったきりの旅行をされてるの?』


『そうだね、海外旅行に行ってもそんな感じだから、定年生活を満喫してるんじゃないかな』


『そうなの、残念』


 えっ?残念っていってたよね。って、俺の両親に会ってみたかったということ?


 彼女の横顔を見ても、言葉の真意は読み取れない。


 セキュリティキーで、ドアを開けエレベーターに乗って、家のある階まで上がっていく。


『結構上の階なのね、見晴らし良さそう』


 エレベーターを降りて、部屋の鍵を開けて彼女を招き入れる。


「『おじゃまします』」


 元気の良い彼女の声が、家のなかとに響く。


 取り敢えず、リビングに彼女達を連れていって、窓を開け放つ。熱気の籠った部屋の温度は、風が通り抜けることで、一気に下がって行くのに併せて、蝉の大合唱も聞こえてくる。


『つぐみさん、暑かったらクーラーいれますけど、それともベランダ出てみます?』


『出て良いの、じゃあ』


 ベランダにあるサンダルを履いて、欄干に手をのせて遠くを眺めて、とはいっても視界の半分は向い合わせの他の棟が占めているのだが。


『右手に、晴れてれば富士山も見えるよ、って君のところでも見えるよね』


『家からも見えることは見えるけど、隣家に遮られてるから。風、気持ちいいー。ラルカちゃんもおいでー』


 リビングに正座をしているラルカをベランダに誘っている。その間に、俺は飲み物や食器の用意をして、配達人が来るのを待つだけだ。


 ベランダを満喫した彼女は、リビングに戻ってきて、


『あなたの部屋は?』


『えっ、散らかっているけど』


『見せられないくらい?』


と意味ありげな笑みを浮かべている。まずい、見せられないものが出てはいなかったか必死で思い出す。特には無い筈だが。


『ちょっと、待っていて』


 慌てて自室に行って、ざっと片付けておく。


『つぐみさん、いいですよ』


って、振り向いたら入口で部屋を覗き込んでいる。


『結構片付いているのね』


と部屋に入って中を見回している。


『何か?』


『そうね、思ったよりも本が多いかな、でもコミックも結構あるわね』


と本棚を端から見ている。奥の列にはちょっとまずいものが隠されているので、先手をとって、取る仕草をする。


『目ぼしいものは有りましたか?気に入ったのが有ったら貸しますよ』


『ええ』


と彼女が答えたと同時にインターフォンの呼び鈴が鳴る。慌ててセキュリティロック解除するために、インターフォンに出る為にリビングに行って確認する。


 小さな画面なかには、ピザの配達人と見知った顔が見えた。

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